「強奪(ジャイアン)」というルビがある小説

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すべての原付の光 [ 天沢 時生 ]
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天沢時生(旧:トキオ・アマサワ)先生、待望の初単著『すべての原付の光』。デビュー作である「ラゴス生体都市」がとんでもなく衝撃的で、以来注目していた作家だったのでとても嬉しい。

短編集だが、表題作である「すべての原付の光」があまりにも良い。舞台は滋賀県近江八幡市。ジャーナリストである主人公は田舎のヤンキーの取材に来たはずが、あれよあれよという間に「ガチで半端ねえ機械」の実演に立ち会うことになる。この機械は、そこらで捕まえてきたイキリ中坊を「鉄砲玉(バレットマン)」に仕立て上げて神の世界へ送り込む「特攻機械(ブッコミマシン)」なのだという…。これ以上はネタバレになるので多くは書かないが、特筆すべきは上に上げたようなイカれた言語センス。タイトルにも書いたけど、「強奪する」に「ジャイアンする」なんてルビが振ってある小説は世界広しといえどもこれくらいなのではなかろうか。

他の作品では、ディスカウントストアのドンキホーテをモデルにした小売店が自己増殖して世界中を覆い尽くす「ショッピング・エクスプロージョン」も面白かった。自己増殖する巨大建築物ものといえば弐瓶勉の『BLAME!』や柞刈湯葉の『横浜駅SF』が思い出されるが、これは実在のディスカウントストアのパロディになっているのが面白い。どこかで聞いたようなテーマソングも流れてるし、ペンギンのマスコットも出てくる。

こういう関係性がいいね。

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甘くて辛くて酸っぱい 1 [ はしゃ ]
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あの傑作『さめない街の喫茶店』でおなじみのはしゃ先生による新刊『甘くて辛くて酸っぱい』。30代の女性3人がセカンドハウスとしてのマンションを共同で借りて料理したりおしゃべりしたり過ごす、という、ありそうでなかったパターンのお話。あれですね、これは大人の部活ものだわ。

タイトルの「甘くて辛くて酸っぱい」というのは3人の主人公、甘地、辛島、酢谷から来ているのだけど、ここに象徴されるように、年代こそ近いけれど、様々な属性の女性が集まっているのが、例えば高校や大学の部活ものとは大きく異なるところ。ライフステージ、というか人生が分岐したあとの人々が集まっていてある種の疑似家族的な関係を結ぶというのがいかにも今どきで面白い。彼らは既婚だったり恋人と同棲していたり、在宅勤務だったり専業主婦だったりするのだけど、食という結節点によって結びついている。このあたり、今年のベストドラマの一本でもある『晩餐ブルース』と通ずるところがあるのだけど、男性同士の比較的深刻なケアの問題を扱っていた「晩餐~」と比べると、本作の登場人物は家に居場所がない、といった差し迫った問題を抱えているわけではない。どちらかというと比較的満ち足りた日常をさらにより良いものとするための、そして家庭ではない第二の居場所としてのコミュニティの存在を示唆していて、このあたりがとても進歩的だと感じた。

もちろん、作中に出てくる料理も魅力的。個人的にやってみたいのは紹興酒のかっこいい飲み方のやつですね。

スポ根すぎる…!

友人に誘われ、『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』を鑑賞。ボリショイ・バレエ団にアメリカ人として初めて入団したジョイ・ウーマックの実話をベースにした話で、この分野は疎いのであまり興味はなかったのだけど、誘われて観てみて大正解。

実話「ベース」なので多少誇張はあるのだろうけれど、絵に描いたようなスポ根で、さらに『ガラスの仮面』ばりの陰湿な足の引っ張り合い描写まであって盛りだくさん。特にいいのが目覚まし時計のあたりからの怒涛の展開(ネタバレになるので伏せる)で、いやこれ本人も必死だろうけれど、アレを持ってこられた先生も途方に暮れただろうなあ、と思いますね。どこまで事実なのかは気になるところ。そして一番かわいそうなのは彼女に振り回されるニコライ。これはみんな同情すること必至。

そういった境遇もさることながら、身体的な痛々しさも凄まじい。靴の中にガラス片が入れられるくだりはあからさまだけど、それ以外の通常の練習でも足先に血が滲む描写が繰り返されて、観ているこちらも足先が痛いように感じられるほど。

そしてスポ根という体力と才能の物語の一つ上のレイヤーに「政治」の物語があるのも見逃せないポイント。彼女が圧倒的な才能で満点を取ったにも関わらずアメリカ人であるという一点において入団を許可されなかったり、入った先のボリショイ・バレエ団でも役をもらうための枕営業を断って干される、といったあたりは典型的で、どこでも結局はそういう感じなのだなあ、と嫌な気分になりますね。

映画『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』4/25(金)公開

素晴らしき大団円


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速水螺旋人先生の『スターリングラードの凶賊』、2巻で終わってしまったので「打ち切りかな…」と思っていたのですが、どうやら予定通りということできれいに風呂敷が畳まれていて感服。ルスランカと伯爵令嬢の因縁とかトーシャの正体あたりが明かされてスッキリ。特にトーシャの過去話はなるほど感があって良かったですね。十字路砦の行く末も描かれるわけですが、いかにもあの砦らしい結末で大変いいですね。おまえまさかな…という。その後のしぶとい感じもいいんですが、あの感じだとどこかでまたやってるんじゃないかなあ、という妄想の余地があっていいですね。

個人的に良かったのは幕間に挟まれる性的マイノリティたちの逃避行のエピソード。こういうちょっとした話も抜群に上手いんですよね。