『2020年代の想像力』:端々から滲み出る強めの皮肉が最高〜

久々に宇野先生の本を買う。早川新書から出るとは思わなかったなあ。

ウェブコラムをまとめたものなので文章が平易で読みやすく、その時のリアルタイムの心情が滲み出てきているのが面白い。固い文章より読者に対する棘が鋭くて笑ってしまうんですよね。例えば、冒頭に置かれた「本書について」からしてもうフルスロットル。

恐るべきことに、今日の情報環境においては本書が「評論集である」ことすらも、批判の対象になるだろう。(中略)アイスクリームを食べて「冷たい」と文句を言うことがおかしいことだと理解できない人たちが、それでも自分は何かを語り得る知性の持ち主だと自分い言い聞かせるためにこうした行為に手を染める。

宇野常寛『2020年代の想像力』p.25

こんな感じの棘が至る所に仕込まれているのも、Twitterでの宇野先生のような素の部分が垣間見えて面白いのだけど、本編の評論ももちろん素晴らしい。2020年代と題されているように、直近で観たり読んだりしたエンタメ作品が評されており、自らの記憶を呼び覚ます呼水にもなるし、新しい視点が提供されて思考に多様性が生まれてくる。

特に共感度が高かったのは『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の第1期最終回をめぐる評文。個人的に作品自体は良かったのに、メタ的な部分(主にTwitterを中心としたSNSシーン)での反応の気持ち悪さが非常に気になったのですが、この項でこの現象を劇中の「箱庭」(学園)と重ね合わせて語るくだりはうまくこの現象を言い表しているし、その上でどのように描くべきかを示しているのがいい。

あるいは2022年のコミックシーンで大きな話題となったタイザン5の『タコピーの原罪』。宇野はここでこの作品を駄作と切って捨てている。そのつまらなさの原因を「作者が「人生」にしか興味がないから」と理由づけているのだけど、これにはかなり納得感がある。ここでの「人生」は要するに「無駄のない物語」なのだけど、「わかりやすい物語」と言い換えてもいいかもしれない。この種の「わかりやすさ」は自分もかなり嫌悪するものなのだけど、『タコピーの原罪』に感じていた違和感、気持ち悪さがきれいに言語化されている。このあたりの価値観の一致は自分がこの評者を強く信頼する理由でもある。

それはそうと2021〜2023年(の途中まで)で「2020年代」と括っているのは気が早すぎじゃないですか?笑

『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』:本編読んでなくても全く問題ない上に抜群に面白い。

先日完結した「工作艦明石の孤独」シリーズの外伝…なんですが外伝感は同じ宇宙を舞台にしていることくらいしかないですね。本編の登場人物は誰も出てきませんし。逆に言うと本編読んでなくても全く問題なく楽しめるってわけ。

物語の舞台は宇宙に人類が版図を広げている植民時代の辺境惑星・シドン。ここには人類の到達以前にビチマと呼ばれる知的生命体が存在していた…のだけど、実はこのビチマがワープアウト事故で3000年前に植民していた人類だったということが物語開始時点の100年ほど前に判明しているとう状況。ビチマの人権回復が進められる中、墳墓のような場所からビチマの惨殺死体が発見される。果たしてこの遺体は植民以後に植民者によって殺されたのか、それとも植民以前に殺されたものなのか…。

この出だしからは「ははぁ、『星を継ぐもの』みたいな話なのかな?」と思って読み始めたのだけど、まさにこのノリを引き継ぐ文化人類学&考古学もの。3000年前に遭難して文明を失ったと思われていたビチマは、どうやって異星で生き延びてきたのか?が発掘につぐ発掘によって次第に明らかになっていくのがかなり面白い。

そしてもう一つのテーマとして人類とビチマの差別問題が置かれているのもいい。それも単純な二元論の構造ではなく、非差別民であるビチマの中でもさまざまな立場があることを描き、彼らの独自の文化を絡ませることでこれにリアリティを持たせている。このあたりの描き方はネイティブアメリカンやアイヌの問題を想起させる。

で、一番面白いのが大トリで明かされる謎の巨大生物「エレモ」の正体。これはシドンにかつて存在していたとされるマンモスのような生物で、ビチマたちは何を食べていたのか問題が「エレモ食べてたんじゃない?」で一旦は説明されるのだけど、ほかに似たような生物もいないし結局なんだったんだろう??まあでも本筋じゃないからいいか…と思っていると最後の最後でとんでもない仮説が披露されて、確かに筋は通ってるんだけど、そんなことある???とかなりの宇宙猫になりました。途中までもめちゃくちゃ面白いのだけど、このオチで面白さが10倍くらいになった感があります。

『エデン』:地味だけどうえのきみこらしい脚本の面白さ。

いまさらに観たんだけど、1クールものかと思ったら全4話なのね。ご飯のついでに軽い気持ちで見るつもりだったんだけど、これが思いの外面白くて。確かにベタなポストアポカリプス&ロボットだし、ロボットの喋り方とか「21世紀にそれ?!」みたいなところはあるのだけど、脚本と演出がいいんですわ。あまりそれっぽくないけどキャラデザも川元利浩さんだったりするし。

脚本のトリッキーさがいいですね。シンプルなストーリーに見えて、そこに仕込まれた二重のミスリーディングのあたりはいかにもうえのきみこさんらしいし、まんまとひっかかりました。あの人が実はあの人というのもかなり面白かったんですが、声が同じなのでさすがにわかってしまいましたね笑

ロボットのお父さんとお母さんがリプログラミングされるシーンも、こんなにベタなシーンないだろ〜と思いつつやっぱり泣いてしまうわ。最終話にはド派手な巨大ロボットバトルもあるし、そこで出てくる破砕ロボットのデザインがかなり最高!

尺的にも映画1本分だし地味にかなりおすすめできる作品。

「アニメ背景美術に描かれた都市」は見どころが濃縮された良展覧会

アニメ背景術に描かれた都市 | 谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館

わざわざ日帰りで金沢まで行ってきたのだけど、その価値はあった。

作品は『AKIRA』『Ghost in the shell 攻殻機動隊』『機動警察パトレイバー The Movie』『機動警察パトレイバー2 The Movie』『メトロポリス』『鉄コン筋クリート』の5作品で、展示室も一部屋しかないのに観終わるまでインタビュー映像含めて2時間たっぷりかかった…。

とにかく一枚一枚の画が濃い!!最初に『AKIRA』の冒頭の背景(爆発が起こる前の東京)があるわけですが、これがもうすごい。あの緻密さだからやたらでかいと想像していたのですが、思いの外小さくて、それゆえに異常なほどの細かさが実感として伝わってくるのですよね。生の原背景を見る意味ってこれですよね。インタビューによるとこの背景、締切の3、4日前になって渡部隆さんが線画を持ってきて一発で塗ったそうで、いやー、それも含めて凄まじい。

ほかにも『メトロポリス』での草森秀一さんによる、これまた超絶緻密かつ空想建築の系譜に連なる魅力的な都市風景、平成の東京の記録映像ともいえる『機動警察パトレイバー The Movie』の背景、4°Cの背景美術を支える木村真二さんによる『鉄コン筋クリート』の宝町の情感豊かな風景など、どれもこれも見応えがすごい。背景美術そのものだけではなく、その背景を描くための周辺資料も揃えられているのが良かったです。『鉄コン筋クリート』の「宝町」の地図や『機動警察パトレイバー The Movie』のシゲさんの下宿の元ネタとなった雑貨店の写真なんかが印象的でした。

アニメの中の建築に興味がある人にはかなりおすすめです。まあ金沢まで行くのはしんどいと思いますが…。これ、他のアニメでもやってシリーズ化したら面白そう。今回は建築/都市がメインテーマだったけど、背景全般になると幅が広がりそうですし。