本のレビュー

【本のレビュー】川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』:穏やかで残酷な遠未来史

投稿日:2016年9月9日 更新日:


 静かな、とても静かな終末。

 『大きな鳥にさらわれないよう』は今から数千年~数万年後の超遠未来を描いた連作短編集だ。きっちりとしたSFである。過去の幾多のカタストロフの末に、人類は小さな集落に別れ、ひっそりと暮らしている。田中ロミオの『人類は衰退しました』シリーズや芦奈野ひとしの『ヨコハマ買い出し紀行』を思わせる静かな終末の様相が、人々の日々の暮らしを中心にして、川上弘美らしい叙情性豊かな筆致で紡がれる。

 「新しい世界」は我々の生きる現代と同じようでいて、ちょっと違う。例えば、子どもを育てる「母たち」「大きな母」と呼ばれる存在がいる。読み進めていくうちに、それらが自分の知っているそれと異なることに気付く。町には「見守り」と呼ばれる人間がいて、「同じ人物と」定期的に入れ替わる。郊外にある「研究所」にはミュータントたちが集う。ごくありふれた単語が全く別の意味を成すというあたりは、椎名誠の一連のSF作品1を髣髴とさせる。

 物語は、おそらく数千年という長いスパンを通して語られる。明確な場所や時代の記述は無いのものの、「かつて日本と呼ばれていた」「数千年前は」といった言及が、我々の知る世界とのゆるやかなつながりを示唆している。各話は独立しているものの、相互に繋がっていて、ある話で語られた人物や物事が別の話で登場したりといった形で、なんとなく時系列が分かるようになっている。「見守り」の一生を描く「水仙」。衰退の初期、少女が母になるひと時を描く「緑の庭」。均一化された「見守り」から逸脱した一人の子どもと「大きな母」をめぐる「踊る子供」。衰退後の世界のシステムを作った二人の「見守り」と変容しつつある人類を描いた表題作「大きな鳥にさらわれないよう」「Remember」。進化/変異の途上をたどる人類を活写した「みずうみ」「漂泊」「Interview」。衰退後に起こった人類の最後の火花、都市と経済と宗教の再発生が描かれる「奇跡」。「研究所」で出会ったミュータントの少年・少女の交流を互いの目線で写した「愛」「変化」。異形の存在「母たち」、「大きな母」の起源が語られる「運命」。そして、人類最後の二人の少女が新たな世界を創造する「なぜなの、あたしのかみさま」は、冒頭の「形見」へと続いている。初見の際の違和感/疑問がここで解消される、円環のような美しい構成だ。

 それにしても、川上弘美の描き出す人類の最後は、なんと淡々として、そして残酷なことだろう。真っ先に連想したのは、原作版の『風の谷のナウシカ』で、ナウシカが語ったセリフだ。ナウシカは「清浄と汚濁」を選択したが、最後の人類は…。「形見」で、神話と川一つ隔てたところに住む町の人々。最後に残った穏やかな彼らは、果たして人間だったのだろうか。

NOTES

  1. 『アド・バード』『武装島田倉庫』『水域』の三部作が有名かな。

関連コンテンツとスポンサードリンク

-本のレビュー

執筆者:


  1. […]  おひるねラジーズ【本のレビュー】川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』:穏やかで残酷な遠未来史https://ohiladh.com/kawakami-bigbird-review/川上弘美先生の『大きな鳥にさらわれないよう』のレビューです。超遠未来の人間の行く末を描いた叙情性豊かな、しかし果てしなく残酷な、神話のようなSF小説。 […]

comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

【本のレビュー】『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』:彩瀬まる「山の同窓会」が素晴らしい。

『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』のレビューです。各話のざっくりした感想。今年良かったのは、上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」、彩瀬まる「山の同窓会」、小川哲「最後の不良」、伴名練「ホーリーアイアンメイデン」、新井素子「階段落ち人生」、そしてSNSで話題沸騰、八島游舷の「天駒せよ法勝寺」。

「共感」は幸せをもたらすか?門田充宏『風牙』を読もう!【2018年11月に読んだ本感想レビューまとめ/全9冊】

2018年11月に読んだ本の感想まとめです。今月は豊作!中でも新人の門田充宏『風牙』が年刊ベスト級のクオリティでした。必読!

読もう!『別式』!(第3巻)【2018年5月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊】

ライフログです。2018年5月に読了した本の感想まとめ。TAGRO『別式』第3巻、早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』、ヨコイエミ『カフェでカフィを』第2巻ほか。

現代中国SFの最先端。『折りたたみ北京』が面白い!【2018年2月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊】

ライフログです。2018年2月に読了した本の感想を適当に書きます。ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』、恩田陸『蜜蜂と遠雷』、エラン・マスタイ『時空のゆりかご』、南後由和『ひとり空間の都市論』など。

【本のレビュー】『DEATH NOTE 完全収録版』は人を○せそうな厚さなのでみんな買おうな!

『DEATH NOTE 完全収録版』を買ってきました。全12巻を一冊にまとめた無理矢理感あふれる書籍っぽい鈍器です。10月29日公開の『デスノート Light up the NEW world』の予習や筋トレにどうぞ!

search