はじめに

 2016年に発売されて2016年中に読了した本の中からベスト10を選んでみました。ほとんど漫画とSF小説ですが…。母数は漫画72冊、小説35冊、その他6冊の113冊です。新訳版・改訳版等は含みません。

①ハニヤ・ヤナギハラ『森の人々』

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 架空の科学者の自伝という体裁をとって語られる不死の人々の謎と一つの世界の崩壊、そして男の破滅。特筆すべきは、恐るべきディテールの豊かさで、例えば前半で語られるペリーナの幼少期のエピソードなんて物語の本筋とは直接的にはほとんど関係ない。にもかかわらず、それがこの男のメンタリティを浮き上がらせ、後半で起こる数々の事件の原因を推測する縁となっていく。一見無駄に思える部分が世界のリアリティを生み出し、そして、それは主な舞台となる架空の島々、ヴ・イヴ諸島の存在感をも支えている。物語の中心となるのはこのヴ・イヴ諸島に住まう不死の人々をめぐる冒険譚だが、数世紀を生きる人々というファンタジーを、あたかも実際のものであるかのように錯覚させるのは、この本が持つメタフィクション的な性質と、そしてやはり細やかな描写の積み重ねだ。チ○ポの形をした奇怪な果物(中に虫が詰まっていて美味しい)、小さな猿を好んで食べる島の人々、不老不死の力を持つ幻の亀。圧倒的な描写力によって、それらが活き活きと再現される。偽書的な側面についてもう少し言うなら、冒頭に掲載された架空の新聞記事、つまり著名なノーベル賞受賞科学者である○○が児童虐待の有罪判決を受けた、という記事だが、これが最後の最後まで物語を牽引する動力ともなっている。果たして、彼は本当に罪を犯したのか? さらに、この「自伝」を編集し、出版したことになっているのがペリーナの親友であるクボデラ博士という設定になっているから話は複雑になる。編集者としての判断によって、クボデラ博士は本の冒頭で掲げられた疑問への回答をあえて削除しているのだ。はてさて、実際にこの疑問は解消されるのか?メタフィクションであることを活かしたこの構成の巧みさには舌を巻く。そしてなにより、この本がハニヤ・ヤナギハラの処女作だということに驚かざるを得ない。いやー、すごい作家が出てきたもんだ!

②小坂俊史『これでおわりです。』

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 1話8ページで紡がれる「終わり」の物語。「4コマ王子」こと小坂俊史らしく、短い尺の中できっちりとした起承転結と意外性のある結末、そしてほのかな叙情性を垣間見せてくれる珠玉の掌編集。どの話も安定して面白い。7年間の夏休みを経て就職活動に挑むアラサー女性の意外な顛末を描く「最後の夏休み」、人々が商品に求めるものは一体何かという命題を斬る「最後の営業日」、定番の九回裏二死満塁ネタの「最後の打者」あたりが特に良い。そして、とりわけ素晴らしく、この本をベスト10に選ぶ決定打となったのが最終話である「最後の「回」。ドラマの最終回を観逃してしまった平凡なOLが、まるでドラマのようなドラマティックな人生(変な表現だ…)を送り…。それまでの「回」が漫画的な「オチ」で終わっていたのとは対象的に、この話では7ページ目までの劇的な物語が、最後のページにして平凡な日常へと回帰していく。これはある意味で「どんでんがえし」なのだけれど、物語の彼方に飛翔していくのではなく、それは私たちの生きるこの世界へと繋がっていく。「人生に終わりなんてないんですよ」「ただえんえんと続いていくのです」。えらく説明的で野暮ったいモノローグだけれども、物語が自ら物語性を放棄したこの話にはピッタリなようにも思えるのだ。

③川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』

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 川上弘美は以前からファンタジー的な作品、例えばデビュー作の『神様』のような作品を書いてきたが、本作は幻想的な雰囲気を保ちつつも、数万年後の未来を描くれっきとしたサイエンス・フィクション。時代も場所も曖昧なのだけれど、今の私達の生活と変わらない穏やかな世界が続いている…とおもいきや、ミュータントは出てくるし、人類を管理する「母たち」は謎めいているし、家族のありようも変わっているし…。ジャンルとしてはポストアポカリプスSFで、雰囲気としては芦奈野ひとし先生の『ヨコハマ買い出し紀行』、田中ロミオ先生の『人類は衰退しました』シリーズ、椎名誠先生のSFシリーズがかなり近いですね。あとジョン・クロウリーの『エンジン・サマー』とか。個々のエピソードは何年、何十年あるいは何世紀も離れているのだけれど、相互にゆるやかに関連していて、あたかも年代記のような装い。人類の黄昏の耐え難い悲しさと美しさ、そして新たな人類の誕生。遠い未来のおとぎ話、あるいは神話のような。

④山本さほ『無慈悲な8bit』第1巻

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 山本先生の作品だと『岡崎に捧ぐ』の方が評価高いと思うんだけど、個人的にはこちらのほうが好きだったりします。「岡崎〜」の方は自伝エッセイ漫画らしい一筋縄ではいかない感情の機微の表現と湿っぽくないノスタルジーが特徴的でしたが、こちらの作品もかなりノスタルジックな漫画です。ファミコン時代の『スペランカー』とか『魔界村』とかのエピソードが、現代の『COD』とか『スプラトゥーン』の話と入り混じって語られるこの一時代感と地続き感。あー、あとごく一部の人にしかわかっていただけないとは思いますが、「ファミ通連載で2ページ」「エッセイ漫画」「ゆるい絵柄」だと、やっぱり連想するのは望月あんこ先生の『ドラネコシアター』!ファミ通らしい連載ですよねえ。基本ゲーム絡みのゆるいエッセイなんですけど、どの話もキレがある(ゆるい感じで)ので楽しい。「断捨離の回」のあるある感、「『ザ・ラスト・オブ・アス』の回」の尻感、「急展開の回」の天才感、「説明書の回」のめっちゃわかる感、「『リズム天国』の回」 の自分も棒立ち感。どれもいい話。「取材の回」で好きなゲームを聞かれて『moon』を挙げてたり、「神様」が『太陽のしっぽ』の原始人だったりして(「懺悔の回」)、「この人、ガチのゲーマーだ…」って感じがして好感度上がりますね。あと山本先生の漫画のジャンプしてるコマ(下に影がある)が可愛すぎて好き。

⑤草野原々『最後にして最初のアイドル』

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 電子書籍ですぐ買えて、値段も120円、そしてささっと読める適度な分量!という三拍子そろった作品なので会う人会う人におすすめして実際に読んで頂いているのですが、どいつもこいつも「この作者の人、シャブやりながら書いたの???」というご意見を頂戴しておりまして、しかして実際にそうとしか思えないマジキチ小説なのでみんな買おうぜ!まあとにかくアイデアの詰め込み具合からしてヤバすぎる。冷凍睡眠、サイボーグ、人体改造、生体宇宙船、太陽フレアによる地球滅亡、テラフォーミング、デザイナーズ・クリーチャー、ポストアポカリプス、ファースト・コンタクト、時間遡行、メタフィクション…etc.と、良く言えばワイドスクリーン・バロック、悪く言えばSFの闇鍋といった風情。でもってちゃんと(?)アイドルものでもあるし1、百合と友情の物語でもあるし、短いくせに何十兆年にも及ぶ物語を強引に風呂敷を畳んで最後に丸く収める構成力も並大抵の人間ではない。それでいてところどころ思い出したようにねっとりとした細かい描写が入ったりする。物語の序盤でヒロインの脳みそを脊髄ごと引きずり出す(嘘だと思われるかもしれないがそういうシーンが本当にあるのである)場面で「まるで芋掘りだ」なんて形容詞が出てきて思わずのけぞる。多分、現存する作家で一番近いのは駄洒落を抜いてシャブ漬けにした田中啓文先生じゃないかな。確かにこの作品は荒削りなんだけど、絶対に光る石だという予感がヒシヒシと感じますね。元々はラブライブ!の二次創作小説だったらしいこの作品を(それをそのまま早川のSFコンテストに送るというのもまた底知れぬヤバみを感じる)特別賞に選んでくれた審査員の方々には心から感謝したい。紙で読みたい人は1月24日発売の『伊藤計劃トリビュート2』でどうぞ! 今一番注目していきたい作家さんです!

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⑥オキシタケヒコ『筺底のエルピス 4 -廃棄未来-』

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 なんの因果か、今年のウルトラヒット映画『君の名は。』に対するアンチテーゼのような全然ライトじゃないガガガ文庫。第一巻は設定の陳列と物語の始まり、2巻は女子高生イチャラブ同棲生活が始まるかと思いきや怒涛の逃亡劇に突入し、そのままエンブリオによる虐殺の第3巻、そして大団円となるこの第4巻!…なのですが、丸く収まったと思わせておいて凄まじい絶望が待っているという、作者自身が言っているように物語の大転換点となる巻。確かに、やりたいことというかテーマはここではっきりと見えてきますね。「こいつは設定上絶対死なないだろうな〜」ってやつがどんどこ死んでいきます。ヒロインはホームレスになるし…。「え、でも時間巻き戻すんだし問☆題☆解☆決じゃん!」って思うじゃないですか?さにあらず!戻る前の時間線はそのまま先に進んでいくんだぜ!っていう…。「まどマギ」も「シュタゲ」も到達しなかった盲点というか、このあたりが本作の新規性であり、これまでの時間SFに対する挑戦状のような作品ですね。裏ヒロインとも言えるヒルデちゃんがまたこのテーマを際立たせるのに一役買っていて、そしてかわいい。はてさて、この後どういう風に物語が進んでいくのか、いろいろ伏線も張ってあるし楽しみですねー。ところで、3巻の「狩人のサーカス」とこの4巻は前後編になっているわけですが、叶ちゃんと一緒に描かれてる黒ずくめのやつ誰やねん…と思っていたらまさかの…。

⑦永田カビ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

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 やっぱり人間って社会の中で生きてる生き物なのだな〜ということを再確認させてくれる漫画。キャッチーなタイトルですけど、基本的にはエッセイ漫画であって、特に前半の部分はカビさんの抱える問題にクローズされていて、けっこう重い。。とはいえ、作者の感情ダダ漏れ、と言っていいのか、あまりにも赤裸々なので、その生々しさはとても良いです。玉砕覚悟の捨て身のさらけ出しはやっぱり強いですよ。「おばちゃんに抱きしめられたい」(p.47)とか、「19歳の頃、レジの中から もう誰でもいい、2秒でも1秒でもいいから抱きしめてほしいと思っていた」(p.49)とか、切実さがとても伝わってくるし、人肌って大事なんだなとも思いました。一人の女性が自分を見つめなおし、自らの欲求を再認識して、社会との繋がりをなんとか再生させようとする物語としても読めますし、タイトル通り、レズ風俗のかなり詳細なレポ漫画としても読めます。「お母さんにお金を借りて風俗に行く」(p.80)あたりは申し訳ないけど笑ってしまいました。続編の『一人交換日記』もおすすめ。

⑧川西ノブヒロ『いい百鬼夜行』

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 一つの町内で起こる妖怪と幽霊と人間の織りなす物語。基本3(4)コマですが、ここぞというところで普通のコマ割りになったり大コマになったり。それぞれが独立したエピソードでありながら、後へと続いていく伏線が巧みに張り巡らされていて、最終的に一つにまとまっていく構成がとても上手い。うっかり死んでしまった女子高生が次第に物語の軸になっていき、結果として彼女の(文字通りの)再生の物語になっている。ご都合主義的に感じるところもあるものの、みんながそれぞれ幸せになっていく大団円は本当に気持ちが良いんですよ。誰にでもおすすめできる漫画です。出て来る妖怪の中ではねこまた様(猫カフェ勤務)もいいんですが、ペンギンにしか見えない河童たちがもうたまらなくキュート!人情溢れるなまはげさんも良いね。あ、あとこのボリュームで900円は高いかと思われるかもしれませんが、フルカラーっすからね!安いぞ!

⑨ジャック・ヴァンス(浅倉久志/酒井昭伸 訳)『宇宙探偵マグナス・リドルフ』

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 う〜ん、このクソジジイ、最っ高!ジャック・ヴァンス・トレジャリーはこの後に『天界の眼-切れ者キューゲルの冒険-』も出てるんですが、キューゲルはホントただのクズい小悪党なんですけど(しかしそれもまたよし)、こっちのマグナス・リドルフは狡猾で老獪なおじいちゃんで、特に正義感ぶってるわけでもないのですが、偶然というべきか毎回毎回、敵が悪いやつ(まあ変な言い方ですが)なので後味すっきりという感じですね。表紙に書かれた石黒正数先生のイラストがまさにイメージにぴったりで、飄々とした紳士的詐欺師というか詐欺師的紳士というか…。なんとなく事件が解決してしまうんじゃないかという主人公的な安心感。勧善懲悪というテイストでもないのですが、意外と「宇宙版性格の悪い水戸黄門(一人)」みたいな言い方が合っているかも。いわゆるスペースオペラ的な世界観というのもこのご時世では新鮮で、最初に収録された「ココドの戦士」の奇っ怪な部族制の異星人の風習、異星の工事現場をめぐるホラーテイストが魅力の「蛩鬼乱舞」に登場する未知の異星生物、凶暴なモンスターが巣食う惑星コマラの謎に迫る「馨しき保養地」、なぜか辺境惑星で鯖缶加工に勤しむことになる「ユダのサーディン」2などなど、どれも楽しい。「宇宙探偵」と銘打っている通り、ミステリー調のものが多く、古典ミステリーのパロディもあります。特に『とどめの一撃』なんかはクリスティーの『オリエント急行殺人事件』を真っ先に思い出しました。あ、あとこのジジイに関わったやつ、たいていみんな酷い目にあいます(笑)

⑩堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』

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 「なぜ女子といえばピンクなのか?」という問から出発する、ジェンダーと色の関係を様々な角度から考察した本。性別と色が結び付けられるようなった歴史的経緯からはじまり、アメリカの女児向け玩具におけるピンクの果たした役割、現代日本での女性の社会進出を妨げる「ピンク」の呪縛、そして「ダサピンク」問題。色、特に「ピンク」という色がこれまで、そして今も、女性をいかにして抑圧してきたのか。まあとにかく読みやすく、わかりやすい。近年の『アナと雪の女王』に代表される新しいディズニープリンセスの分析、 女児玩具における理系要素の導入あたりが特に面白かったですね。注釈が無いのが若干残念ですが、入り口としてはいい本だと思います。

まとめ

 これ以外で取り上げたかった作品としては宮内悠介の『スペース金融道』。思わず間に☆を入れたくなってしまう感じの『スペース☆ダンディ』っぽいスペース・オペラで、奇想天外なアイデアと底堅いテーマが魅力でした。ジョン・スコルジーの新作『ロックイン 統合捜査』とジェイムズ・L・キャンビアスの『ラグランジュ・ミッション』は、「安楽椅子もの」と言えば良いのか、遠隔操作の描く未来、という点でつながっていて、どちらも傑作。そうそう、ピーター・トライアスの『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』も挙げておかないと!「21世紀版『高い城の男』」という謳い文句そのままに、巨大ロボットやら天ぷらバーガーやら日本軍の原爆やらを混ぜ込んでおきながら、最後に残る叙情性が素晴らしい。是非映像化して欲しい作品です。
 続きものの漫画としては野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻、九井諒子『ダンジョン飯』第3巻、近藤聡乃『A子さんの恋人』第3巻、つくみず『少女終末旅行』第4巻、浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』第5巻、速水螺旋人『大砲とスタンプ』第6巻あたりが良かったです。ああ、あと『バーナード嬢曰く。』がアニメ化された施川ユウキの『鬱ごはん』第2巻も忘れてはならないですね。

 来年はノンフィクション系の新刊を増やしていこうかなと思っています。小説は基本SFは変わらず。しかしSFだけ読んでても新刊SF全部読めないというのは…。読書力を強くしていきたい。

NOTES

  1. 生き残った人類を挽肉にして捕食するのを「アイドル活動」と言い張られると何も言えない。。
  2. これなんか『スペース☆ダンディ』っぽさがあって好き。