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柞刈湯葉の新境地『人間たちの話』【2020年3月に読んだ本まとめ】

投稿日:2020年3月31日 更新日:


今月のベスト1冊

柞刈湯葉『人間たちの話』

 『横浜駅SF』以来、久々に読む柞刈湯葉先生。すみません、正直言うと『横浜駅SF』の一発屋だと思ってました…。あれはあれで面白いんですが、ネタありき設定ありきといった感じでストーリー的にはそんなに刺さらなかったんですよね。ところが初の短編集であるこの本はレベルが違った。上から目線な言い方に鳴っちゃうけど、「一皮むけた」という感じ。特に良かった3本を紹介したい。

 一本目の「冬の時代」は『横浜駅SF』の流れを汲んだ感触のある小品。ちょっと地味なんだけど、それにしてもかなりのハイレベルな作品で、著者自身が言うように椎名誠のSFを連想する。「氷域」という仮題が付けられていたのも面白い。気候変動かなにかで寒冷化し、文明が崩壊した世界を旅する二人組の話。「玉兎」なる異常な生き物を解体するくだりの生々しさや魚を食べて自律行動する除雪車といった要素が楽しい。

 ジョージ・オーウェルの古典ディストピア『1984年』を下敷きにした「楽しい超監視社会」は著者らしいシニカルな視線が冴える爆笑の一本。『1984年』の三大超大国「イースタシア」の日本を舞台にしていて、オセアニアの指導者が「豚兄弟」(ピッグ・ブラザー)と呼ばれていたりしているのが面白すぎる。ちなみにユーラシアは崩壊しているらしい。テレスクリーンで監視されているのは『1984年』と同じなのだけど、監視しているのがビッグブラザーではなく、住民相互というはデイヴ・エガーズの『ザ・サークル』のような「ビッグブラザーからリトルピープルへ」という流れで、近年のディストピアSFらしい。面白いのは監視されているにも関わらずみんな「映え」を気にしているという点で、多くの人に監視されると「信用値」が上がるという、「一億総Youtuber社会」になってる点で、ここまで人間の本能に突っ込んだディストピアSFというのもなかなか無い。

 表題作である「人間たちの話」は著者の代表作の一本になるであろう傑作で、個人的には今年の短編ベストには入れたい作品。様々なレベルの軸が設定されていて一言で説明するのは難しいのだけれど、個人的には「わたしとあなた」の話だと理解している。火星の地中で見つかった多孔質の岩石。無数の小部屋に分かれたその中では複雑な化学反応が生じてメタンが生成されていた。主人公の新野境平はその岩石を「史上初の地球外生命」と認定するためのチームに所属する科学者。この広義の「ファーストコンタクトもの」が一つの軸だが、さらに境平と同居することとなる甥の累の存在が作品に深みを与えている。そこには、政治や人間関係といった力によって自らの定義を歪められてしまう存在たちが描かれていると同時に、そういった人間たちの思惑からは離れて存在していくという現実も描かれている。人間は世界を定義するが、世界は人間とは関係なく進んでいく。ジョージ・R・R・マーティンの「ナイトフライヤー」を思い起こすような孤独感と、身近な「他者」へと向き合うという希望のある結末。とにかく素晴らしい。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

大久保篤『炎炎ノ消防隊』第22巻

 バーンズ大隊長の信仰をめぐるシリアスな展開から始まり「桜備に”蟲”を入れろ」でまさかあんな展開になるとは思わないじゃん。普通に爆笑してやばかったわ。このシリアスとギャグの切り替えセンスどうなってんだよ…。筋肉で弾くという展開は誰も思いつかないだろ…。鎖も筋肉で千切り切ってるし捕まっていた意味とは…。それにしても連載当時『ダンベル何キロ持てる?』のアニメが話題になったのを踏まえての展開っぽいんだけど、数年後だとコンテクストがわからなくない?と思ったり(「眠れない夜もあっただろうに!!」の応援とか)。

 騎士王VSドラゴンの戦いも凄まじいテンションでアガる。紫電一閃が効かないのはなんとなく読者にも予想が付くんだけど、そのあと弾き飛ばされたアーサーがぶつかる寸前に建物のの角を切り取って衝突回避するカットとか、その発想も無かったわ。新技の「プラズマント」もわけわからんけどかっこいい。

 後半のシンラとバーンズ大隊長の決着はかなりの尺を取って描かれていて実に見ごたえがあるし、物語の一つの決着が着いたという感がある。22巻冒頭で置かれたバーンズの聖陽教に対する疑義と信仰の強化と呼応するように、シンラは幼年時代から憧れとしていたバーンズに立ち向かう。延々と続く戦いの中で言葉を交わしていく二人がいい。「どうしていいかわからないなら足掻くしかないんだ!!」と叫ぶシンラの姿は、先行きの見えない現実の自分たちと重なっていく。ここには老人対若者という世代間闘争の構図があり、すべての攻撃を受けとめつつ倒れていくバーンズの姿もまた美しい。

池田邦彦『国境のエミーリャ』第1巻

 第二次世界大戦の集結とともに日本は東と西で分割され、それぞれソ連と連合国によって分割統治されることとなった架空歴史の日本が舞台。新海監督の『雲のむこう、約束の場所』と同じような設定なのだけど、こちらはドイツと同じように東京も分割されていて、北区と文京区を境として東側は「日本人民共和国」、西側は日本国として独立している。境界には高い壁が越境者を見張っている。

 まんまベルリンの壁を中心とした「国境越え」もので、主人公のエミーリャは脱出支援組織の工作員という設定。一話完結で東日本からの脱出者を巡るドラマが展開され、このあたりも読み応えがあるのだけど、やはり見どころはソ連ナイズされた下町東京の有様で、例えば巨大なレーニン像が立つ「十月革命駅」(旧上野駅)とか例によって飯が売り切れてる人民食堂とか西と東のスパイが暗躍する異世界トウキョウであったりとか、細かい設定だけでかなり楽しい。

 国境越えものなので予想に違わず後味がイヤーな話が多く、絵柄もかなりクセがあるので(だがそこがいい)、おすすめしづらいのだけど、これは一読の価値ありです!

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