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伴名練『なめらかな世界と、その敵』、今年ベストクラスの最強SF短編集。【2019年8月に読んだ本まとめ】

投稿日:2019年9月1日 更新日:


今月のベスト1冊

伴名練『なめらかな世界と、その敵』

 伴名練氏の名前を初めて見たのは、確か『伊藤計劃トリビュート』(2015年)だっただろうか。それまで知らない作家だったのだけど、「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」と第されたその短編は、表面的には『屍者の帝国』の部品が殆どないにもかかわらず、伊藤計劃的なエッセンスが凝縮されているようで、強く印象に残ったのを覚えている。その後はずっと最近になって2017年の『年刊日本SF傑作選:プロジェクト・シャーロック』の「ホーリー・アイアンメイデン」、そしてこないだ出たばかりの『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』の「彼岸花」。寡作の著者の作品にしてはそれなりに触れている、という印象がある。

 さて、著者の9年ぶりの単著である本書ですが、個人的ないちおしは最後に収められた描き下ろし作品「ひかりよりも速く、ゆるやかに」これ一本だけでも買う価値があると断言できるし、年間ベスト短編小説のベスト3には絶対に入ってくる作品。なんならオールタイム・ベストに入れてもいいくらいのレベルだ。

 修学旅行帰りの新幹線の時間の流れが突如として2,600万分の一になってしまうというSFらしいトリッキーな設定ながら、その事象をめぐる「人間たち」がしっかりと描かれているのが素晴らしい。主人公はとある事情から修学旅行に行きそびれて難を逃れた男子生徒で、彼は車内に取り残された女子に片思いしている。およそ2,700年後に名古屋駅に到着する新幹線の車内と外の世界、二つの世界に分かたれれしまった世界。と書くとなんだか『君の名は。』(というよりは『ほしのこえ』か)のように聞こえるが、むしろ焦点が当てられているのは、時間がほとんど止まってしまい、あたかも「見世物小屋」のような新幹線とその中に閉じ込められた人々を「コンテンツ」として消費する人々の姿だ。本作の二節目は2,700年後の文明崩壊後の世界で名古屋駅に到着する直前の新幹線が「神獣」として扱われている世界を描いたパートになっていて、初回に読んだときはこういうのに弱いので思わず感動してしまったのだけど、まんまと騙されてしまった…。こういう事件があったら、それをネタにしてネット小説が流行るというのはいかにもありそうだ。ちょうど京都アニメーションの犠牲者氏名の公表がされるタイミングで読んでいたので、色々と考えるところがあった。SF的なギミックのユニークさとテーマの現代性、登場人物の丁寧な描写、中盤からの予想外の展開と爽やかな結末も素晴らしく、今年のベスト1短編小説。

 表題作はなんとなくピンとこなかったんだけども、短編集として他の作品とまとめて読むと著者のテーマとしていることが伝わってくるのが面白い。「テクノロジーによる人間性の不可逆的な変容≒進化」が大きなテーマとしてあると思うのだけど、サイバーパンクの文脈からも伊藤計劃的な一定の距離を置いて独自の世界観を構築しているのが伴名練という作家の特徴だろうか。とにかく2019年を代表する日本SFであることは間違いないし、これからの活躍が楽しみでならない。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』第24巻

 なんか最近ちょっとマンネリ化なあ~って思ってたんですが、ここに来てすさまじい巻が!!いやー、この24巻は驚きましたね。なにしろ主人公が本編に一コマも出てこない。というか主人公サイドの人間が一人も出てこない。描かれるのは異能解放軍の拠点にカチコミをかける敵連合の戦いとその過程で明かされる彼らの過去。ともすれば退屈になってしまいがちな回想シーンが、スタイリッシュな死闘の合間にテンポよく挿入されるという気持ちの良い構成で、さらに回想を経てトラウマを克服した死柄木たちが個性の真の能力を開放するという展開が熱すぎる。

 中でも良かったのは敵連合唯一と言っていい真人間であるトゥワイス(分倍河原)おじさんのエピソード。この人だけ個性もキャラクターも地味なんだけど、その分、あの狂ったメンツの中ではめちゃくちゃ親近感あるんですよね。中身普通のおじさんだし。回想エピソードも彼の精神の繊細さが出ていて良かったし、覚醒後の無限増殖が地味ながら気持ち悪くてまた良い。好きだなあこの人。

 実質、敵連合が主人公面してる巻なのでそうなると異能解放軍が倒すべき敵として描かれるわけですが、こちらも面白いヴィランで、政財界に食い込んで裏から支配しようとするイルミナティとかそのへんの陰謀論を想起させる連中なんですよね。ヴィラン連合、死穢八斎會、異能解放軍と、様々なバックグラウンドと「正義」を持った敵集団を同時に出すことによって、ヒロアカという作品の奥行きが深くなっているように感じますね。戦い方も、異能解放軍は集団で襲ってくるタイプで、幹部の異能も扇動してバフかけたりするあたりが、なんだかリアルとリンクしているようで面白かったりもします。前巻あたりで若干失速したかな、とも思ったけど、やっぱり今一番面白い少年漫画の一つですね。

藤本タツキ『チェンソーマン』第3巻

 いやいやいやいや嘘やん…。まさかのあの人が死ぬなんて…。まだ3巻やぞ??魅力的なキャラをあっさり殺すよなー。思っきりがいいというか。マキマさんはメインヒロインだし、撃たれても死にそうにないから安心してるんだけど、あの人が死んだのはつらい…。実は生きてるパターンに期待…。ていうか、あの楽しげな飲み会の後に新人含めて殺しまくるのイかれてるぜ!!この緩急の付け方、マジで天才だよなー。新幹線での暗殺の場面も前兆を描きつつもいきなり来たし。映像化したら映えるわコレ。

 ところで、今巻のベストシーン、「ノーベル賞」の場面か「デンジの初チュー」の場面かで迷ってるんですよね…。どちらも甲乙つけがたい頭のおかしさで…。まあでも姫野先輩カワイー!!ってなった直後にゲロブワァーー!!は衝撃的だったな…。あんな感動的なキスシーンそうそうねえよ…(無い)。早くアニメ化してくれ。

 あ、そういえば「次にくる漫画大賞2019」コミックス部門第2位おめでとうございます!!普通に5本の指に入るとは思ってたけども…。やったね、これでまたアニメ化に近づいた!(早くアニメ化してくれ!!できればBONSEとかがいい

遠藤達哉『SPY×FAMILY』第1巻

SPY×FAMILY 1
遠藤 達哉
2019/7/4

 なんか話題になってるし、ありきたりな感じなのは予想つくけど買ってみるか〜。と思って買ったんだけど、これが大当たり。疑似家族もの好きなのもあるけど(あさりよしとお先生の『宇宙家族カールビンソン』とかね)、結構危うい関係を成り立たせて、かつきちんと笑えるコメディに仕立て上げているのが上手い。特に主人公がスパイで妻が殺し屋、というのはまああるかな、と思うのだけど、娘のアーニャが実は超能力者というのが面白く、物語的にも上手いこと嵌ってる。ある意味で都合の良い存在ではあるのだけれど、見ようによっては寄る辺なき孤児である彼女が「家族」という居場所を作り出すためにあれやこれやと気を回す作品でもあるわけで、能動的な「子はかすがい」のような面白さが生まれている。

 娘のアーニャが可愛いので、彼女を中心に『よつばと!』的な感じで受け止めるのも楽しい。エピソード的にはスパイ任務のためにアーニャを名門校に送り込む後半の展開が面白い。スパイものとしては気の長い話だなあ、という感じなのだけど、現実でもこんな風に地道に潜り込んでいった例も多かったのだろうな、とも思ったりもしたり。クソ教師との面接のあたりが特に好きですね。校長先生ナイス!

帯屋みどり『ぐるぐるてくてく』第2巻

 いやー、地味だけどほんといい漫画。あの名番組「ちい散歩」では地井武男さん行く先々で地元の人々と交流するのが番組の肝だったわけだけど、この漫画ではそこに住まう人々は全く出てこず、散歩部の少女たち、特に主役である葵と歩の関係に焦点が当てられているのがやはり面白い。散歩、というだけあって目的地と同じくらいそこに向かうプロセスが重視されているのもいい。

 2巻では散歩部に新たなメンツが加わり(というか幽霊部員が復帰しただけか)、にぎやかに。実は猫好きなクール&キュート瑠々華先輩いいですね。池袋でネコチャンと言ったら東池袋中央公園が定番だけど、あえての護国寺ってのがいかにもこの漫画らしくて好ましい。新宿区で「富士山」に登るエピソードも実によくて、こういう首都東京のビルの狭間に隠れているスポットよく探してくるなあ、と感心しちゃいますねー。思い立ったら気軽に「聖地巡礼」できちゃうのも良い。

 かと思えば池袋駅前の喫茶店・タカセまでのほんの数百メートルで一つのエピソードを作っちゃったりするのも上手い。やはりそこに行くまでのポイントも物語なのだなあ。もっと売れてほしい漫画ですね。

大森望 編『NOVA 2019年秋号』

NOVA 2019年秋号
大森 望(編集)
2019/8/6

 こないだ出たばかりだな、と思ったらこれは秋号なのね。年2回このレベルの短編集(しかも描き下ろし)が刊行できるなんて、日本SF界は完全に夏じゃん。まあ創元の「年刊日本SF傑作選」は今年で最後だけども。今回も当然のように高レベルで新人からベテランまで幅広い作品が揃ってるんだけど、特に良かったのは以下の2点。

 アマサワトキオ「赤羽二十四時」は深夜の赤羽を舞台にコンビニが暴れまわる奇っ怪な作品。都内のコンビニは八丈島あたりで捕獲されてきた「野生のコンビニ」が調教されて設置されるという設定からしてまったくもってイカれている。それ以外は現代日本と全く変わらないので、正しくシュルレアリスム的な作品である。アマサワトキオは創元新人賞受賞作である「ラゴス生体都市」からしてかなり狂った奴だったんだけど、本作でも疾走感のあるテンポいい文体が実に気持ちいい。読みやすい。主人公、黒人ラッパーだし。なんで黒人ラッパーが赤羽でコンビニ店員やってんの?ってとこも初っ端からフックになってるし、かつ最後に伏線として回収されるのも良い。今年の短編ベストに絶対入れる作品。

 田中啓文『宇宙サメ戦争』。完全にいつもの田中先生の馬鹿SF。まあ「ドクター・マッコイ」とか出てくるんでそんな感じのアレですね。「サメ宇宙」VS「ヒト宇宙」って設定は草野原々先生の『大進化どうぶつデスゲーム』だよなあ。「モノリス」が「生き物リスト」の略だとか「大きな板」に「ビッグバン」のルビが振ってあったりとか、フカ・シャーク欣二(なーにが宇宙からのメッセージだよww)だとか、いつもの田中ダジャレワールドなんだけども、ダジャレも極めると落語になるんやねえ。これもテンポいい作品で、流石ベテランという感じ。一応、メタ作品っぽい。

片渕須直『終らない物語』

 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が12月に控えている片渕監督のエッセイ集。もともとはwebアニメスタイルで連載されていた「β運動の岸辺で」をまとめて書籍化したもの。だから読もうと思えばwebで無料で読めるんだけども、やはり紙の形で残されるのはありがたいし、読みやすい。

 片渕監督がアニメ業界に入ったほんと最初のところからスタートし、『アリーテ姫』の完成のあたりまでなので監督の代表作となった『マイマイ新子と千年の魔法』『この世界の片隅に』にはほとんど触れられていないのだけど、それにしたって紙で500ページ弱という読み応えの有りすぎる本である。始まりは『名探偵ホームズ』の第2話「青い紅玉」のあたりから。池田ゼミの学生だった片渕青年が宮崎駿の新作のシナリオ公募に応募したら受かってしまったというだけでもなかなかにドラマチックなのだけど、『この世界の片隅に』で存分に発揮されることとなる監督の「調査狂い」がこの頃から片鱗を見せているのが面白い。シナリオ一本作るためにコナン・ドイルのホームズのみならずパスティーシュ本やシャーロキアンの書いた本まで読み込んでいくというのはちょっと尋常ではない。すごい人は昔からすごかったというお話。記憶力もものすごくて、多分なんか記憶はつけてはいたんだろうけど、何月くらいに誰それの家に行ってこうこう話をした、とかまあよく覚えているなあ。

 後半はマイベスト映画である『アリーテ姫』の制作に関わるエピソードが満載で個人的にとても良かった。『アリーテ姫』の話はイベント等で結構聞いていると思ってたんだけど、さすがにまだまだ面白いエピソードがあって奥深い。特にデジタル制作最初期の作品ということで色彩周りの調整に四苦八苦した話であるとか、文字で読むだけでめちゃくちゃめんどくさそう。金色の表現に拘泥したエピソードなんかが最初期のホームズのエピソードと連結されていて、監督の中での問題意識というか問題に対する姿勢が昔から一貫していたんだなあ、と。あと完成した『アリーテ姫』を観たあの湯浅政明監督が褒めているのをこっそり聞いていた話とかも地味に面白い。

 作品制作の裏側が重箱の隅を突くように詳細に描かれるエッセイというのもなかなかないので、片渕監督には是非続編(マイマイとこのせか)も書いてほしいなあ。

ギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説・都市生成論』

方形の円 偽説・都市生成論
ギョルゲ・ササルマン
2019/6/21

 36の架空の都市の歴史が綴られる36の掌編。帯にも書かれているように、やはりイタロ・カルヴィーノの傑作『見えない都市』を連想させる作品。あとがきを読むとちょうどカルヴィーノと同じ頃に書かれているのもなんだか妙なめぐり合わせで面白い。

 「ヴァヴィロン―格差市」から「アルカヌム―秘儀市」、SFからファンタジーまで色とりどりで、ある種とりとめのないところがこの作品の魅力だろうか。アラビアンナイトを連想するようなシュルレアリスム系の奇妙な話も多い。都市の起源から滅亡までを歴史書のように客観的な視点から通史として描くものもあれば、滅亡した都市にやってきた探検家の目を借りて都市を描写するもの、あるいは都市での生活の一場面を活写するもの、と描き方の手法も様々で飽きさせない。

 特に気に入ったのは「プロトポリス―原型市」と「モートピア―モーター市」。「プロトポリス」は古典的なSFに出てくるドーム都市の興亡を描いたもので、高度な科学技術を持ち、完全滅菌されたドーム内がどんどん原始化していくのが面白い。『銀河鉄道999』の「けんか別れ」を思い出す。「モートピア」は無限に拡張・移動する都市で、行く手にある山は平地にし、湖は埋め立て、動物と森林は資源として刈り取るという、『移動都市』をもっと世紀末に寄せたようなやつ。で、住んでるのが「ホモービル」なる車型民族(?)で主要な食料は人間というわけのわからなさ…。

 と、まあこんな感じで正直に言うとわけのわからない話が並んでいるのだが、しかし、『ガリバー旅行記』のような見聞録的な面白さが現代に蘇ったような心地もする。唯一無二という点ではこれに並ぶ作品はなかなか無い。おすすめ。

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