本のレビュー

【本のレビュー】『アルテミス』:月面DIY小説!(アンディ・ウィアー著、‎小野田和子訳)

投稿日:2018年1月16日 更新日:



主人公のノリの良さが最高!

 リドリー・スコット監督の映画『オデッセイ』の原作『火星の人』でおなじみ、アンディ・ウィアー先生待望の新作!それにしても『オデッセイ』とかいうクソダサタイトルはどうにかならなかったのだろうか?みんなが忘れても言い続けていきたい。あまり火星っぽくなかったし。

 閑話休題。さて、今回の『アルテミス』の舞台は人類初の月面都市!主人公はサウジアラビア国籍、月面生まれの女性ジャズ・バシャラ。前作の孤独なサバイバルから一転して近未来都市を舞台に、クセのある連中が入り乱れる政治策謀劇が繰り広げられる。

 前作と全く異なる方向性の作品なんだけど、独特のあまりお上品ではないノリと勢い、そしてテンポの良さは健在。主人公のはジャズは表向きは都市内のポーターだが、裏の顔は密輸業者でヤリマン。マーク・ワトニーもいいキャラだったけど、こっちのジャズもとてもいいキャラ。例えば、月の大富豪であり違法輸入品である煙草の得意先であるトロンドから非合法な仕事を依頼された際のやり取りにこんなのがある。

 だめだ。わたしは密輸業者だ。破壊工作員ではない。それに、この話全体が、なんだか匂う。
 「残念だけど、やっぱりあたし向きじゃないわ」わたしはいった。「誰かほかの人を探して」
 「報酬は一〇〇万スラグだ」
 「取引成立」

アンディ・ウィアー『アルテミス』(上)pp.87-88

 個人的にはこの場面で連想したのは神坂一の名作ライトノベル『スレイヤーズ』シリーズの主人公リナ・インバース。欲に負けて事件に巻き込まれるあたりなど、めちゃくちゃ既視感がある笑 有能だが、お調子者でノリがいい女主人公ジャズが月面を右往左往七転八倒するドタバタっぷりがこの小説の最大の魅力と言ってもいいだろう。

月面だけど空気あるよ!

 そして、それ以上によくできているのが舞台となる都市・アルテミスの設定。小国ケニヤが赤道直下という軌道投入資源を活かして作り上げたというその成り立ちも面白いが、それゆえに、この都市は表向きは多国籍企業によって、裏ではマフィアによって運営されている。観光の他に資源がないので人類最初で最後の月面都市だ。

 これまでも宇宙都市を描いた小説はいくつもあったけど(最近良かったのは小川一水の『天冥の標』「V 羊と猿と百掬の銀河」の小惑星パラスでの暮らしとか)、本作もそれらに劣らず緻密な設定で楽しませてくれる。驚いたのは、真空のはずの月面で「空気」が余りまくってること。月面にふんだんにある灰長石からアルミニウム、シリコン、カルシウム、そして酸素を精製しているので、空気はただみたいに使えるというわけ。ちなみに街の動力は27メガワットの反応炉が2つ。逆にゴムなんかは地球から輸入しないといけないので超高価。ジャズが「繰り返し利用可能コンドーム」なんてもののモニターを頼まれたりする(ヤリマン設定!)笑

 そして、この都市の設定が人々の暮らしに深く根付いていて、さらに物語の展開と密接に関連しているのが良い。例えば、物語の序盤で起こるガラス工場の火災事故の場面などは、密閉された宇宙都市における火災の危険性とアルテミスという都市の構造を上手く表現している。…だけかと思いきや、それが後々の伏線となってたりもする。上手い。

テンポの良いストーリーが楽しい

 そして、様々な人間が息づくこの小さな世界の実権を巡る闘争に巻き込まれていく主人公ジャズ。アルミ採掘重機を爆破しに行ったり、殺し屋から逃亡生活を送ったりと割と忙しい。情勢が二転三転するので次に何が起こるかわからない緊張感と驚きがあって飽きが来ないしテンポよく読めます。このあたりは比較的シンプルな展開だった前作よりも好みかも。

 アンディ・ウィアーみを感じたのは随所に出てくるDIY要素!個人的にはアルミ採掘用の自動重機爆破の場面が好きなんですけど、時限爆破のプロセスを細かく描写してるんですよね。でも凡ミスで失敗したりもする笑 あとドームの外壁に穴開けるくだりも面白くて、このドーム、分厚いアルミの壁の間に砕石が詰めてあって、さらにドーム内部との気圧差によって警報がなる仕掛け。このあたり、地球の金庫破りものの雰囲気があって良かったです。設定ほんとよく出来てるわー。あ、おなじみのダクトテープも出ます。

 彼女の周りに集う連中もクセのある連中で楽しいんだけど、特に良かったのが敬虔なイスラム教徒である父親とのエピソードのあれこれ。都市の危機を通じて、ジャズがこの父親との関係を修復していくというのが裏のテーマ。娘のためにいつもの336%の時間をかけるシーンが印象的。なぜジャズが金にこだわるキャラとして描かれているのかというのが、最後の最後で明らかにされるんだけど、これによって非常にさわやかな終わり方になっている。

 さて、今作についても『火星の人』同様、映画化がすでに決定済み。監督は『くもりときどきミートボール』、『LEGOムービー』のフィル・ロード&クリス・ミラー。物語の尺的にもすごく映画向きだし楽しみな作品となりそう。もう一つの主人公とも言える都市アルテミスのビジュアルに期待大です。

関連コンテンツとスポンサードリンク

-本のレビュー

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

【本のレビュー】今年の買ってよかったベスト10冊!【2016年】

2016年に読んだ本でベスト10を選んでみました。漫画と小説メインです。

【本のレビュー】川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』:穏やかで残酷な遠未来史

川上弘美先生の『大きな鳥にさらわれないよう』のレビューです。超遠未来の人間の行く末を描いた叙情性豊かな、しかし果てしなく残酷な、神話のようなSF小説。

【本のレビュー】加納新太『君の名は。 Another Side:Earthbound』:映画の裏側を描く。

新海誠監督の映画『君の名は。』を観た後に絶対読んで欲しい本です。瀧が入った三葉がどんな日常を過ごしていたのか。そして糸守に住む3人のサブキャラクターの視点から見えてくるもう一つの『君の名は。』の物語。特に三葉の父・俊樹のエピソードが衝撃的です。

【本のレビュー】今月読んだ本:『世界の終わりの天文台』で終末に浸る。【2018年1月】

ライフログです。2018年1月に読了した本の感想を適当に書きます。リリー・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』、アンディ・ウィアー『アルテミス』(上下)、星野茂樹(原作)/石井さだよし(作画)『解体屋ゲン』など。

【本のレビュー】今月読んだ本まとめ:『折りたたみ北京』で現代中国SFに触れる。【2018年2月】

ライフログです。2018年2月に読了した本の感想を適当に書きます。ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』、恩田陸『蜜蜂と遠雷』、エラン・マスタイ『時空のゆりかご』、南後由和『ひとり空間の都市論』など。