本のレビュー

【本のレビュー】アン・レッキー『叛逆航路』:ラノベっぽいニュー・スペースオペラ(良い意味で)

投稿日:2016年1月19日 更新日:


 とにかくとっつきにくい作品、というのが第一印象。人類は銀河中に1に広がり、人類の起源となった惑星は忘れ去れられている程度の遠未来2が舞台。文化慣習が違っているのは当然の事ながら、主人公が数千年の時を生きるAIというのがまた混乱に拍車をかける。しかも軍艦のAIであり、とある事件によって本来の身体ともいうべき船体を失っている。…のだけれど、この世界の軍艦のAIは<分躰>(アンシラリー)と呼ばれる人間の身体を使った生体端末とでもいうべきものを複数(数十体単位)持っており、物語開始時点ではそのうちの一体が活動しているという状況で、この時点でもうよくわからない。物語自体はこのAI(=<トーレンの正義>=ブレク=1エスク19)の視点で語られるのだが、回想場面になると複数のアンシラリーからの情報が同時に語られるのも難解さに拍車をかける。4次元空間を3次元から見た光景とでも言うべきか。そして決定的なのが、性別の表記。主要な勢力として登場し、メインの2人(ブレクとセイヴァーデン)がかつて所属していた専制君主国家ラドチが物語の一つのキーとなるのだが、そこでは全ての性別の区別を記述する方法がなく、全て「彼女」として表記されるのだ。登場人物の性別がわからなくなるだけで、これほどまでに情景がイメージしづらくなるというのは正直に言って全くの未体験だった。いかに我々がジェンダーというものを世界観構築の鍵にしているかが浮き彫りになる。

 というような設定のわかりづらさはもちろんあるのだけれど、これは同時にこの世界の独自性が色濃く表れているとも言えるし、根幹となる物語自体はそれほど複雑ではない。一言で言ってしまえば「復讐劇」ということになるのだろうか。幕開けはラドチの中心から遠く離れた惑星で、あるものを求めてこの星を訪れたブレクは、偶然にも1000年前に自分(ラドチの軍艦としての<トーレンの正義>)に乗艦していた士官セイヴァーデンを拾う。「オチもの」ならぬ「ヒロイもの」とでも言おうか。1000年の冷凍睡眠から目覚めてラドチ帝国での住民登録も無くされ、すっかりヤク中になっていたセイヴァーデンを介護しつつ、旅を続けるブレク。なぜブレクが自分の船/分躰を失ったのか、なぜラドチ皇帝に復讐しようとしているのかが、数十年前の回想を交えて語られる。AIにおける自我の目覚めが一人の人間に執着する中で発生するのが、とても「人間くさい」。

 肝心の復讐劇とはいえば、「絶対無敵のラドチ製シールドを破ることができる宇宙で唯一の銃」という中二病的な武器で、支配地域全域に同時的にクローンが存在しつつ、2つの陣営に分かれて闘争を繰り広げているラドチ皇帝アナーンダ・ミアナーイ(の一部)を殺す、というもので、これもまた一言で説明しづらい。ちなみに、ラドチ皇帝の本拠地はダイソン球だったりする。後半からブレクがセイヴァーデンにデレ始めるあたりから面白さと読みやすさが加速していく。結局、この2人の性別は全く描写されないのだけど、どうしたってブレクが女性でセイヴァーデンがヘタレ男っぽいイメージになってしまうのだよなあ。復讐劇(のようなもの)を通して身体を自分のものとし、居場所も手に入れた人工知能のサクセス・ストーリーとしても読めるのが面白い。三部作の第一作ということで続刊も楽しみな作品。この独特な世界がどのようにして広がっていくのか。

 なお、読んでいる途中でよくわからなくなったら巻末に目を移そう。詳しい用語集があるぞ!(読み終わってから気づいた)

NOTES

  1. という表現はないが、いわゆる「ゲート」を使って恒星間に進出している
  2. 余談だけど、あの前フリは続刊のどっかで「地球探し」に出るんじゃないかと思ってる。「ファウンデーション」みたいに。

関連コンテンツとスポンサードリンク

-本のレビュー

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

高山羽根子『オブジェクタム』は今年の短編ベスト入り確定!【2018年10月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊】

2018年10月に読了した本の感想まとめです。今月の一押しはゴリラSF作家・高山羽根子先生の短編集『オブジェクタム』!表題作がとにかくいいんです(語彙力)。今年の短編ベスト入り確定の一本。

【本のレビュー】『アルテミス』:月面DIY小説!(アンディ・ウィアー著、‎小野田和子訳)

『火星の人』でおなじみアンディ・ウィアーの新作『アルテミス』(原題:Artemis)のネタバレなしレビューです。今度の舞台は人類初の月面都市アルテミス!主人公がノリよくて下品で最高!

ダウナー系異能力バトル『君待秋ラは透きとおる』を推していく。【2019年6月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊くらい】

2019年6月に読了した本の感想まとめです。ネタバレすくなめ。ノーチェックだったミステリー畑の人が書いた異能力SFバトル『君待秋ラは透きとおる』がめちゃんこ良かったです。みんな買って…。

ウィリス久々の現代長編『クロストーク』は予想通りの大傑作!【2018年12月に読んだ本 感想レビューまとめ/全12冊】

2018年12月に読了した本の感想まとめです。今年はいい本ばかりだったけど、今月は特に豊作!なかでも『航路』のコニー・ウィリスによるオリジナル単発現代物長編『クロストーク』が出色!文句なしの年間ベストです!森見登美彦先生のメタ物語『熱帯』、執筆9年の飛浩隆先生の大長編『零號琴』も必読!

読もう!『別式』!(第3巻)【2018年5月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊】

ライフログです。2018年5月に読了した本の感想まとめ。TAGRO『別式』第3巻、早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』、ヨコイエミ『カフェでカフィを』第2巻ほか。

search