とにかくとっつきにくい作品、というのが第一印象。人類は銀河中に1に広がり、人類の起源となった惑星は忘れ去れられている程度の遠未来1が舞台。文化慣習が違っているのは当然の事ながら、主人公が数千年の時を生きるAIというのがまた混乱に拍車をかける。しかも軍艦のAIであり、とある事件によって本来の身体ともいうべき船体を失っている。…のだけれど、この世界の軍艦のAIは<分躰>(アンシラリー)と呼ばれる人間の身体を使った生体端末とでもいうべきものを複数(数十体単位)持っており、物語開始時点ではそのうちの一体が活動しているという状況で、この時点でもうよくわからない。物語自体はこのAI(=<トーレンの正義>=ブレク=1エスク19)の視点で語られるのだが、回想場面になると複数のアンシラリーからの情報が同時に語られるのも難解さに拍車をかける。4次元空間を3次元から見た光景とでも言うべきか。そして決定的なのが、性別の表記。主要な勢力として登場し、メインの2人(ブレクとセイヴァーデン)がかつて所属していた専制君主国家ラドチが物語の一つのキーとなるのだが、そこでは全ての性別の区別を記述する方法がなく、全て「彼女」として表記されるのだ。登場人物の性別がわからなくなるだけで、これほどまでに情景がイメージしづらくなるというのは正直に言って全くの未体験だった。いかに我々がジェンダーというものを世界観構築の鍵にしているかが浮き彫りになる。

 というような設定のわかりづらさはもちろんあるのだけれど、これは同時にこの世界の独自性が色濃く表れているとも言えるし、根幹となる物語自体はそれほど複雑ではない。一言で言ってしまえば「復讐劇」ということになるのだろうか。幕開けはラドチの中心から遠く離れた惑星で、あるものを求めてこの星を訪れたブレクは、偶然にも1000年前に自分(ラドチの軍艦としての<トーレンの正義>)に乗艦していた士官セイヴァーデンを拾う。「オチもの」ならぬ「ヒロイもの」とでも言おうか。1000年の冷凍睡眠から目覚めてラドチ帝国での住民登録も無くされ、すっかりヤク中になっていたセイヴァーデンを介護しつつ、旅を続けるブレク。なぜブレクが自分の船/分躰を失ったのか、なぜラドチ皇帝に復讐しようとしているのかが、数十年前の回想を交えて語られる。AIにおける自我の目覚めが一人の人間に執着する中で発生するのが、とても「人間くさい」。

 肝心の復讐劇とはいえば、「絶対無敵のラドチ製シールドを破ることができる宇宙で唯一の銃」という中二病的な武器で、支配地域全域に同時的にクローンが存在しつつ、2つの陣営に分かれて闘争を繰り広げているラドチ皇帝アナーンダ・ミアナーイ(の一部)を殺す、というもので、これもまた一言で説明しづらい。ちなみに、ラドチ皇帝の本拠地はダイソン球だったりする。後半からブレクがセイヴァーデンにデレ始めるあたりから面白さと読みやすさが加速していく。結局、この2人の性別は全く描写されないのだけど、どうしたってブレクが女性でセイヴァーデンがヘタレ男っぽいイメージになってしまうのだよなあ。復讐劇(のようなもの)を通して身体を自分のものとし、居場所も手に入れた人工知能のサクセス・ストーリーとしても読めるのが面白い。三部作の第一作ということで続刊も楽しみな作品。この独特な世界がどのようにして広がっていくのか。

 なお、読んでいる途中でよくわからなくなったら巻末に目を移そう。詳しい用語集があるぞ!(読み終わってから気づいた)

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NOTES

  1. という表現はないが、いわゆる「ゲート」を使って恒星間に進出している