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映画『君の名は。』を観た「後に」必読の本!

 まず最初に言っておきたいのは、映画『君の名は。』を観る前にはこの本を読んでほしくはないが、映画を観た後には是非読んでほしいということだ。それは、本書が映画に寄り添う形で、絡みあう糸のように紡がれる物語だからであり、ネタバレオンパレードだから(特に第四章)。

 新海誠監督の映画『君の名は。』は2時間の枠の中で男女の入れ替わり、別れ、世界の危機、再会をギュギュッと圧縮して、日常から非日常に至る一大スペクタクルを展開してみせた。この本はいうなれば、その圧縮の過程で切り捨てられてしまった残滓のようなものだが、しかしてその残りの部分は実に豊かだ。

 第一章「ブラジャーに関する一考察」は三葉の身体に入った瀧視点の物語。タイトルこそ軽いけれど、「男女いれかわりもの」の定番とも言えるパートを丁寧に描いている。劇中ではRADWIMPSの「前前前世」が流れるシーンがそこにあたるのだけど、そういえば入れ替わった二人がそれぞれの日常を過ごす場面はそれほど描かれなかった1。そういった意味でこのエピソードは映画前半部分を補完するものとなる。瀧in三葉が女性の体についての違和感をぼやくのが新鮮だし、それは映画本編における身体性のテーマにも繋がっていく。

 第三章「アースバウンド」は三葉の妹・四葉が主人公。映画の中でも瀧in三葉に冷ややかな視線を投げかけていたのが印象的だったが、入れ替わりの最中、彼女がどのような思いで自分の姉(っぽいもの)を見ていたのかが伝わってくる。そして、物語のキーとなる「入れ替わり」のメカニズム。四葉は自分の口噛み酒を口にして、過去の人物と入れ替わる。あのシステムが本来持っていた意味の一端が明かされる。あ、それから、自分の体に入った瀧が胸を揉んでいたのを三葉が知っていた理由がわかったりもする。

 そして、特に良かったのが、テッシーと三葉の父親・俊樹のエピソードだ。

映画で描かれなかった「糸」

 映画の中でも時折その影を覗かせていたテッシー(勅使河原克彦)の糸守町に対する愛着と憎悪が彼自身の内面から語られる第二章「スクラップ・アンド・ビルド」。物語の序盤で「普通にずっと、この町で暮らしていくんやと思うよ、俺は」(p.81)のようにさらりと語られていた部分が深く掘り下げられている。

 そういう、背中にゴムの紐が縫いつけられている感覚は、紗耶香にはわからないだろうな。
 勅使河原にも「こんな町、永久に出て行ってやる」くらいの思いはあるのだ。
 でも、そうはいかない。

(p.77)

 「紐」は映画の中でも重要なモティーフだが、そこで描かれた「関係性を結ぶもの」という機能の他に「対象を縛る」という別の側面が見えてくる。そして、同じ境遇にいる三葉に対する共感というもう一つの糸も。映画後半のテッシーの行動原理が補助線2を引いたようにくっきりと浮かび上がる。テッシーにとって、あの事件は故郷の喪失という表の面とともに土地からの解放という裏の面があったのではないかとぼんやりと思う。

もう二人の主人公たち

 本書の中で、とりわけ素晴らしいのが三葉の両親・俊樹と二葉を描いた第四章「あなたが結んだもの」だ。映画の中では主人公たちに立ちふさがる障害物のような扱いをされていたこの父親の視点で描かれているこのエピソードだけでも、一本の映画が作れるほどの熱量と密度を持っている。一介の民俗学者であった俊樹はいかにして二葉と出会い、宮水の家に入ったのか。そして、なぜ幼い二人の姉妹を捨てて、政治家へと転向したのか。馴れ初めのこそばゆい雰囲気、宮司としての生活、三葉と四葉の誕生、そして別れ。劇中では垣間見るだけだった家族の物語が情感豊かに描写されていく。映画ではほとんど描かれない生前の母・二葉の姿を見ることができるだけでも『君の名は。』の世界は大きく広がるが、より興味深いのは二人が死別してからの物語だ。テッシーの話と同じように、ここでもまた、糸守の町に張り巡らされた地縁という名の糸がキーポイントとなる。その糸に対する憎しみ、そして最愛の人を失った喪失感。絶望感に満ちた彼の感情に寄り添って読み進めるうちに、多くの人が疑問に思うだろう「最後に三葉はどうやって父親を説得したのか」という問は氷解していく。『君の名は。』という作品は、やはり運命論に軸足を置いた物語なのだということに改めて気付かされる物語の終わりは、映画のそれにも増して美しい。瀧と三葉が表の主人公だとするなら、俊樹と二葉はその裏側の物語の主人公たちなのだ。

NOTES

  1. とはいえ、あの部分をくどくどと描くとテンポが著しく悪くなっただろうけれど。
  2. 著者の加納は『君の名は。 公式ビジュアルガイド』の中(p.83)でこの言葉を用いて説明しているが、確かに補助線とは上手い言い回し。