「原作知らなくても観に行って!」と胸を張って言える構成に慄く。『THE FIRST SLAM DUNK』

原作はちょうどリアルタイムで読んでましたけど、スポーツ物って当時からあまり好みではなくて、なのでこの映画もスルーしようかと思ってたんですが、映画クラスターのみならずあらゆる人々が絶賛しているので観てみたんですが、いやいやいや、少なくともアニメでは今年1,2を争う傑作じゃないですか!Twitterの映画クラスタを信じて良かった…。

鉛筆描きのラフがセルルックのキャラクターになっていく最初のシークエンスからしてかなり最高で、最初のうちは「ルックが良すぎる!」と思って観ていたのですが、構成もすごすぎるんですよね。それなりに長い物語を一本の映画にするときにこれは一つの正解なのではないかと思います。まさか山王戦だけで行くとは思わなかった。その合間に回想シーンが挟まっていくという構成で、基本的には過去のファン向けのようにも思えるのですが、原作全く忘れていた自分のようなほぼ初見の人間でも違和感なく楽しめるというのがすごい。最初はうっすらとしていたキャラクターたちが試合が進むにつれてどんどん肉付けされていく不思議な快感。

原作読んでようが読んでいまいが絶対におすすめできる映画です。すごすぎ。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』

いかにも渡辺監督らしいループ系の傑作。『ヴェクサシオン』

「『テクノブラザーズ』 + 大田原愚豚舎旗揚げ十周年 全作品特集上映【大田原愚豚舎の世界 10th Anniversary】」にて。

こないだ観た『地図にない海』に続き、こっちは主人公が渡辺(弟)バージョンの『七日』。渡辺監督の作品、大きく分けて直線系(『地球はお祭り騒ぎ』とか)と反復系(『七日』系)があると思うんですが、先々週観た『地図にない海』に続きこちらは反復系。で、反復系の中でも個人的にはかなり好きな作品ですね。

タイトルの「ヴェクサシオン」は嫌がらせの意味を持つエリック・サティの楽曲『VEXATIONS』から来ているとのことで、随所に不協和音のようなものが散りばめられています。例えば一番特徴的なのが何日間か続く劇中で常に降り続けている雨。時にしとしとと、時に激しく降る雨がさながらBGMのように使われているのが面白い。

内容としては渡辺兄弟の音楽担当・雄司の反復する日々の暮らしを淡々と描いたいつものスタイル。あらゆる場面のレイアウトが抜群に良く、モノクロームの画面とあいまって実に美しい。特に雨の中、大田原の農道を歩いていく雄司の後ろ姿をうつした長回しのシーンが白眉。そして渡辺監督が出てくるシーンはやはりめちゃくちゃ面白い。毎回ひどい役回りだけど多分ノリノリでやってるんだろうなー。

『テクノブラザーズ』 + 大田原愚豚舎旗揚げ十周年 全作品特集上映【大田原愚豚舎の世界 10th Anniversary】 | ケイズシネマ

猫の扱いがひどいがラストバトルはヨシ!『イノセンツ』

猫と子供が好きな人は要注意!特に前半のあのシーンが非常にきつかった…。

団地×子供×超能力ということで明らかに『童夢』なのですが、巷間話題になっているほどには『童夢』らしさは感じなかったですね。大きい要因は建物の破壊描写が無かったこと。その代わりにねちっこい傷をつけるような描写が多くて、そのあたりも(いい意味で)憂鬱になりました。熱湯のくだりとか…。超能力描写がいわゆるサイコキネシスだけではなくて精神操作もあるのには時代性を感じました。そのあたりもねちっこくてねえ…。母親を操るあたりとかほんと、嫌だわ…。いや正面から来んかい!

で、そんな感じで静かなる超能力バトルが繰り広げられるわけですが、感心したのはラストバトルの描写。文字通り日常生活と地続きになっていて、人知れず戦い、人知れず終わるという美しさ。イヤボーン的に爆発して全てを台無しにするんじゃないかという緊張感があり、その中でも子どもたちはなにか尋常ならざることが起きていることに気づいているあたりがとても好きです。

自閉症や被虐待児の描き方や冒頭に書いた猫のくだりとか万人におすすめできない映画ではあるのですけど、それでも非常に出来の良い映画だと思います。

映画『イノセンツ』オフィシャルサイト

『遥かなるマナーバトル』は2巻もめちゃくちゃおもしろかった。

面白いけど1巻でネタ切れだろうなー、とみくびっていたら2巻もめちゃくちゃ面白くてすごい。マナーって生活に密着しているからいくらでも展開できるというのは目から鱗だった。

第2巻はネットマナー、結婚式マナー、ラーメン○郎マナー、新幹線マナーで伝統から現代テクノロジーまで幅広く、どれも各国つけ難いのだけど、ネットマナーと○郎マナーが特に面白い。やはりこの作品、台詞回しというか名台詞がバンバン出てきて、そういった意味ではネットで話題になってもいいんだけど全く話題になってないのが謎。ネットマナー編だけでも「フェザーエンド」(エンターキーを優しく押す技)やら「許されるか こんな/こんな… おじさん構文!」とか見どころしかない。○郎マナーの方は、体験者なら「あー、あるある!」となること必至。例の呪文から、水を取りに行くタイミングどうする問題とか天地返し重要だよね、とか…。解像度が高い…!対決するマナーバトラーもきしょいラーメンオタクなんだけどそこまで悪い奴らじゃないのがいい。

ちなみに、あまりにも話題になっていないからか、感想を呟くと漏れなく作者にファボられます。面白いから打ち切りにならないでくれ〜!!みんな読んで…。

早川書房攻めてるなあ…。『ソース焼きそばの謎』

ハヤカワ新書ようやく一冊目。NFT付きのやつが欲しいと思うと近所の店で売ってなくて…。まあこれはすぐに読みたかったので紙のみで買っちゃいましたが。

で、これがめちゃくちゃ面白い。冒頭から「ソース焼きそばはお好み焼きから生まれた」とか書かれていて「どういうこと??」となるのですが、その過程がとても丁寧に紐解かれていき、さらにその過程で戦前の食文化事情であるとか東武鉄道の延伸が絡んできて、一見無関係な事象がどんどん繋がっていくというまさに歴史学の醍醐味を味わえます。

従来の学説では関西発祥であるとか戦後の闇市発祥であるとか言われていたわけですが、著者の塩崎先生は、実は大正期の浅草にあったのではないかという説を提唱し、地道な調査で集めた資料と史料によって一つ一つ証明されていくのが実に快感です。こういうのはアカデミックな領域だと比較的取り組みにくいでしょうし、まさに在野の研究者らしい論考で実に素晴らしかったです。

歴史とは抽象的でアカデミックなものであるという印象を覆す良書ですね。

「丸山正雄のお蔵出し『PLUTO』公開記念・第一弾「手塚治虫と虫プロ」篇」でアニメ界のレジェンズを見る。

最近、池袋のホールミクサで積極的に上映会を開いているクーベルチュールさん主催のイベント。今回は10月配信開始の『PLUTO』カウントダウンということで、「丸山正雄のお蔵出し『PLUTO』公開記念・第一弾「手塚治虫と虫プロ」篇」へ。第一弾なので、毎月やっていくとのこと。上映作品のマニアックさもさることながら、とにかくトークゲストが豪華!生ける伝説のプロデューサー・丸山正雄さん、『銀河鉄道の夜』の杉井ギサブロー監督、まさかのTV版『ファブル』を絶賛制作中の高橋良輔監督という、まさにアニメ界のレジェンドが集結…!

上映は『W3(ワンダースリー)』第51話「地底の鯨」、『悟空の大冒険』未放映話「ニセ札で世界はまわる」、『リボンの騎士』第46話「ふしぎの森のサファイヤ」の3本。目当てはやはり『悟空の大冒険』の幻の第8話「ニセ札で世界はまわる」。これ、タイトルに「第8話」と入っているようにフィルム全部できてたのに直前で差し替えられたとのことなんですよね。で、噂には聞いていたけど、これがもうぶっ飛んでる。『悟空の大冒険』自体、ドタバタでスラップスティックな作品なわけですけど、その比じゃない。冒頭の市場の「喧嘩だぁー!!」「安いよ安いよ!」の繰り返しギャグでもうかなり面白いし、悟空の「うるさーーーい!!」で時間が止まる演出はリミテッドの制約を逆手に取ったギャグでその背景事情も含めて傑作。偽札に加工される三蔵、画面に出てきては爆発する黒眼鏡、斧で叩くと密造酒が出てくる壁と正直よくわからなすぎてすごい。肝心の発禁になった場面は…当時でもダメだったんだから今だと絶対無理だな、という感じでした。奇しくも直近で問題になっていたトピックとかなり近かったのもなにか運命的なものを感じましたね。

原口正宏先生(データ原口)、杉井ギサブロー監督、丸山正雄プロデューサー、高橋良輔監督が並んでいる画像。

後半はレジェントたちによるトークでしたが、こちらがまためちゃくちゃ面白くて。黎明期のアニメ業界の空気感のようなものが感じられました。共通していたのは「手塚先生はむちゃくちゃだけどすごかった!」ということ。「手塚先生はひどいんだよ!」と言いつつ、とてもリスペクトしていることが伝わってきて素晴らしかったです。オフレコの話が多めでしたが、特にレジェンドオブレジェンドの月岡貞夫御大についての話がとても面白かったです。確かにそれが許されるのは月岡さんくらいだろうなあ。

面白かったのがてっきりいつものように丸山プロデューサーの独壇場になるかと思いきや、他のお二方も喋る喋る。特に高橋良輔監督は90近くにもなるのに矍鑠とした喋りで、これなら『ザ・ファブル』のアニメ版も期待が持てるなあと思いました。逆に丸山Pは若干元気がないのかな、と心配になったり。裏の目的として最近あまり見ていないデータ原口先生のご様子を見にいくというのものがあったのですが、さすがのモデレートぶりで、元気なお姿を拝見できてホッとしました。