ヴォネガット好きなら全員観て!!『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

「脚本:カート・ヴォネガット」と書いてあっても信じてしまうくらいのヴォネガットみがあって大変満足。なんとなれば、監督が影響を受けた作品にヴォネガットが上がっているということで納得の極み。『四畳半神話大系』の影も感じたのだけど、確かに『マインド・ゲーム』や『パプリカ』の方がより近しいというのはわかる気がしますね。マルチバースの生み出す究極的な虚無というネタから直接的に連想したのはヴォネガットの『タイムクエイク』なのだけど、全体的な語り口は濃厚なヴォネガット。あの冗長な感じと豊かなノイズですよ。

「無限の可能性」があるマルチバースというものを考えた時に、自分が今実際に生きている人生がすべての可能性の中で一番おもんない、という理由で別の宇宙の自分の能力を使えるという発想が斬新だったし、それゆえに他の宇宙の自分に惹かれていってしまうという展開は秀逸。数ある宇宙の中でも地味すぎる「ピザ屋の看板持ち」の能力が意外にも強いのには笑ってしまいました。

母娘の葛藤と闘争の物語でもあるのですが、アカデミー賞主演女優賞を獲ったミシェル・ヨーの熱演はもちろん、本作のヴィランでもある娘ジョイ役を演じたステファニー・スーの演技が個人的にはツボ。ヴィランとして最初に出てくるシーンのエキセントリックな雰囲気が最高に合ってる。助演賞の夫役キー・ホイ・クァンといじわる税務官役ジェイリー・ミー・カーティスも良かったは良かったけど、アカデミー賞?と言われると若干違和感はあるかも。

なお、一番好きなキャラはアナルプラグおじさん×2でした。情報量が多いのでもう1回は観たい。

今年も最高でした。「東京アニメアワードフェスティバル2023(TAAF2023)」

年に一度のお楽しみ、今年も東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)に参加してきました。例年同様コンペティション部門(長編4本、短編スロット3プログラム)をコンプ。これで4,500円なのに映画ファンもアニメファンもほとんど来てなくて、業界人ばかりの会場…。まあこれはこれで。

去年から会場が新文芸坐からHall Mixa(旧シネマサンシャイン池袋)になったんですが、ここの椅子がとにかく劣悪。テーブルがついてる仕様なのでまともに足も伸ばせなくてとにかく疲れる…。テーブルを上げればややマシになるということに気づいたので、ややマシになりましたが…。新文芸坐に戻って欲しいけど、144席すら満席にならない状況では厳しいだろうなあ。まあ上映してくれるだけありがたいと思って…。

『お祖父さんの悪魔たち』

一本目からものすごい作品。冒頭、今流行りのゲーム的なセルルックで始まるのだけど、主人公がかつて祖父と一緒に暮らしていた村に帰ると表現が一変し、クレイベースのストップモーションになる!この転換の場面はかさぶたが剥がれていくような表現も含めてかなりの衝撃でした。それとストップモーションなのにカメラワークが異常に凝っていて、貯水槽の掃除をするシーンではめちゃくちゃ難しそうな仰望のカットがあったりして地味にすごい。

ストーリーも「はいはい、都会っ子が排他的な田舎に帰ってきてブチギレつつも周囲の人々と親交を深めていく系ね~。あるある~。」と思って観始めたのだけど、いくら排他的な田舎とはいえ主人公の嫌われ方が尋常ではなく(町中に車を止めてるとボンネットに馬糞が大量に乗ってたりする)、「さすがにそんな村ある???」と思って見ていると、彼らが嫌う理由がちゃんとあり…、というストーリー展開が絶妙で引き込まれてしまいました。水を巡る話というのも古典的でありつつ、これからさらに問題になりそうなテーマですよね。

物語最後の、主人公のお祖父さんがいがみ合っていたパン屋のおじさんと水を飲むシーン、レイアウトとタイミングが素晴らしくて感動してしまいました。上手いなあ!

『犬とイタリア人お断り』

この作品も表現がすごい。古典的なストップモーションなのだけど、そこに作者自身の腕がダイレクトに介入してくる。ウェス・アンダーソンを思わせる冒頭の引っ越しの場面から印象的な場面が連なっていく。監督であるアラン・ウゲットの腕は、建物を動かし、じゃがいもをつまみ上げ、(劇中で)彼の祖母の繕う靴下を受け取る。

こうした斬新な手法で描かれるのは、ウゲット家の家族史であり、イタリア移民たちの物語。アルプスの山中に暮らすウゲット家はフランス側への出稼ぎを通じて、フランスへの傾倒を深めていく。やがて20世紀の2つの世界大戦によってアランの祖父の兄弟たちは次々と戦死し、ファシスト党の支配が強まる中でウゲット家はフランスへと移民を果たす。

ブロッコリーの森やかぼちゃの家、おもちゃの牛や角砂糖のレンガといったアナロジーによるポップなミニチュア世界のビジュアルも魅力的なのだけど、戦火の中で翻弄されるイタリア人たち、西欧におけるイタリアの位置づけといった重めのテーマが物語の強度を高めている。フランスとイタリアの間で生まれた子どもたちのアイデンティティの問題は印象的だった。

今回の映画祭では本作が東京グランプリを受賞したけれど、完全に納得の出来。絶対に日本公開して欲しい。

『ティティナ』

『犬とイタリア人お断り』につづいて、なんとこの作品も戦時中のイタリアもの。しかも犬も出てくる笑

1926年のアムンセンによる北極点到達を描いた作品で、タイトルのティティナはこの冒険で使われた飛行船「ノルゲ号」の設計者であり、アムンセンに同行もしたイタリア人技術者ウンベルト・ノビレの飼っていた犬の名前。タイトルにいるので、この犬も当然冒険に同行するのだけど、アムンセンでもノビレでもなく、第三者であるこのティティレが視点人物となっていることで格段に面白さが増しているのですね。飛行船の中に犬用のかごがあったりして。めちゃくちゃ可愛いのでこれだけで犬好きなら満足してしまう出来。

…と軽い気持ちで観ていると、ストーリーもこれまたすごい。肝心の北極点到達は案外簡単に達成されてしまう(調べてみると史実では正確には「上空の通過」なのだとか)のだけど、その後の紆余曲折が描かれているのがめちゃくちゃ面白いんですね。アラスカまで行ったところでうっかり墜落してしまい、いろいろあっていがみ合うようになるアムンセンとノビレ。飛行船を作って操縦もしたのは俺たちイタリア人なのに…とアムンセンの手柄を妬むノビレと手柄を横取りされると恐るアムンセン。折しも台頭していたファシスト党に働きかけて漆黒の(めちゃダサい)「イタリア号」でイタリア人だけの再挑戦に挑むのですが…。仲違いしていたアムンセンがノビレの捜索に出ていくシーンと、その後の凍りついていく飛行艇の場面は『紅の豚』を彷彿とさせる本作屈指の名シーン。

そうそう、表現面も実に素晴らしく、特に埃や水、雪や風といったエフェクトの表現が秀逸。北極圏の茫漠たる世界やファシスト党の下で築かれた合理主義ファシズム建築の壮大なスケール等、レイアウトの美しさもティティナの可愛さに引けを取らない見どころになっています。

この映画祭では優秀賞だったので、こちらも日本での公開を期待。北極圏ものだと『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』という先達があるので、若干企画通しやすそうな気がしますが…さて。

私の結婚と恋話し

急カーブの剛速球のような映画。表現の時点でベタッとした2Dのドローイングを立体で作られた背景に置くというわけのわからない手の込みようですが、特徴的なのはそのキャラクターデザイン。アートアニメだと特に珍しくはないんですが、しかし日本の商業アニメの現場からかけ離れた全く可愛さがない登場人物たちで正直、かなりとっつきにくい。つげ義春とか水木しげるとかのラインなんですよね。

ストーリーはこれも最近かなり多くなってきた自分史的な物語。1970年代のソ連に生まれた主人公の男性遍歴を巡る物語ですが、ざっくり言ってしまうとだめんず・うぉ~か~的な話で、それほど突飛な話ではないんですが、演出が抜群に面白い。ことあるごとに彼女に助言を与える3人のミューズ(?)だかなんだかよくわからない天使のような生き物たちは、明らかに社会規範の擬人化だし、彼女が恋に落ちたり絶望したりしてると突然出てきて脳内化学物質の解説を始める”Biology”なるキャラクターが出てきたりする。舞台がソ連ということでソ連式の結婚式や葬式が見られるのも面白いポイントで、神の代わりが共産党になってて、マルクス&レーニンの肖像画の前で宣誓したりするんですが、そんなん今まで全く聞いたことがなかったのでめちゃくちゃ面白かったです。物語はソ連の崩壊を挟んでいるんですが、そこで女性たちが「労働力」から「商品」になったというくだりは、先日読んだ『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』の内容と符合していて腹落ちでした。

主人公の女性は規範的な女性像からはみ出した自己(劇中では凶暴な猫で表現されていてかわいい!)を押し殺して暮らしているのですが、異性装の男性と出会うことで自らも社会的規範の中に囚われていたことを認識し、開放されていきます。この最後のくだりが実に素晴らしいんですね。社会規範を象徴する3人に命令されている立場から、彼らを従える立場への逆転も美しく印象的な場面。ビジュアルがかなり特徴的なのでウケは悪い気がしますが、これも日本で観たいですね。映画祭だとそんなに変でもないんですけどね。

「短編スロット1」

このスロットは本当に傑作揃い!他のスロットと比べて7本と少ないのだけど、ここから3本を選ぶのはかなり至難の業。とはいえ、頭ひとつ抜けてたのが台湾のユーユー監督による「私たちの島」。『森のレシオ』の村田朋泰監督を彷彿とさせる柔らかいストップモーションで、可愛らしい造形の中に容赦ない暴力が入り込む違和感と面白さ。**を抉り出すシーンが痛すぎて目を逸らした。生々流転的な循環の構造もいい。スイスのマリナ・ロセ監督による「キツネの女王」は魅力的なドローイング作品。キャラクターの造形などはどこかで見たことがあるような感じなのだけど、キツネたちの動きとそして何よりキュートなストーリー!最後に冠を外した女王が群れの中に溶け込んでいく表現はアニメーションならでは。エストニアのサンダー・ヨーン監督「シエラ」。オーソドックスなセルルックの3DCGながら、平面的な塗りのデザイン的面白さとタイヤになってしまう息子というシュールさ。レースのむちゃくちゃさも楽しい。あと「顧客が本当に必要だったもの」がここまでフューチャーされる作品も珍しい。

「短編スロット2」

手堅い作品が揃った計12作品のスロット2。よく考えると作品数違うのに選出するのは3本というのは調整した方がいいんじゃないかなあ。

アステカ的な世界観で古典的なスラップスティックを繰り広げるESMA(フランス)の学生たちによる「マラカブラ」。どこかで見たようなキャラクター、どこかで見たような展開なのだけど、タイミングが実に絶妙で思わず笑ってしまう。セリフゼロだけど、動きだけでストーリーをちゃんと語ってるのもいい。そういえば今回はGobelinの作品が少なかった気がしますね。応募には多かったということなのですが…。時代が変わりつつある?

中国のルー・シージー監督の「象のエレジー」。タイトルからわかるように御涙頂戴ものなのだけど、特筆すべきはそのCGの技術力。「象ってリアルだと普通にキモいな…」ということを再確認させてくれる作品。もう一人の主人公であるおじいさんの造形もリアルで手を抜いていないのもいい。ストーリー、あざとすぎて嫌いなのだけど、普通に泣いてしまうよ。

カナダのルボミール・アルソフ監督「森の支配者」。VR空間に囚われてしまった少年と彼を助けようとする父親の物語。極めて現代的な主題でルックもサイバーパンクなのだけど、原作は1818年の詩とのことで、トークで叶先生も言及されていたけど、「いやどういうことやねん?!」感ある。劇中の父親の選択は自分にはよくわかるのだけど、今の日本だと「あそこで個人情報渡さないのは父親がバカ」とか言われて論争になりそう。ビターエンドなのも個人的に好み。サイバーパンク系ってそういうのやっぱ多いよね。

「短編スロット3」

やや苦手な作風が多かったような気がするけど、それでもクオリティ高し。チェックをつけたのは香港のウィン・ヤン・リリアン・フー監督の「私の愛しい子」、フランスのクレア・ルドリュ監督の「傘」、プリット・テンダー監督の「ドッグ・アパート」。

「私の愛しい子」はシュヴァンクマイエルあたりを彷彿とさせるコラージュアニメ。猫の息子に驚かされるけど、ラストシーンはさらに驚き。ありもののコラージュで自分を偽って生きるというあたりは現代の都市の世界観で面白い。

「傘」も社会性が色濃く反映された作品。人一人が立てる程度の広さの塔に立つ二人の男。空からは雨。二人は一本の傘を使って肩車で風雨を凌ぐが、さらに人が頭の上に這い上がってくる。露骨すぎないけれど、これは明らかに社会の縮図で、3人目として女性が這い上がってくるあたりがリアル。墨絵のようなモノクロームのドローイングというスタイルも魅力的。

トリの作品、「ドッグ・アパート」。シュルレアリスム的な世界観で何が起こるかわからないトリッキーな面白さ。タイトルの通り、アパートに犬の顔がついてるんだけど、吠える時に「え、そこが開くんかーい!!」ってなりました。白鳥の湖で乳を出す乳牛たちのかわいらしさもいい。あと汚い場所が本当に汚くてあの美術はすごい。牛舎の中の水たまりとか、本当にミニチュアか??というレベルの汚さ。今回の短編コンペでベスト2くらいに好きな作品。上映後の一次選考委員の解説で宮澤真里先生が熱く語っていたのが印象的でした。

今一番面白い漫画の一つ。『戦車椅子-TANK CHAIR-』

2巻もめちゃくちゃ面白い。キャラの濃さと世界観の作り込みが絶妙!今更なんだけど、なんとなく仮面ライダーっぽさがありますよね。世界観こそ殺伐感ありますけど、主人公と妹の雰囲気とか「ドライブ」ぽい感じ。

新しく出てきた博士もいいキャラなんですが、やはり推していきたいのは黒坂兄妹!今回で改造前の騰子ちゃん出てきたけど、予想通りのキャラでいい感じでした。大体病みキャラしかいないけど、群を抜いて躁鬱具合が激しい渦くんは人気出そう。

(すぐ死ぬけど)謎のサイバネ武士集団もいい感じ。特に脈絡もなく恐竜に乗ってたりするところとか。全く違和感ないのがすごい。これくらいぶっ飛んだキャラを使い捨てるのもすごいよなあ。もったいなくもあり思い切りが良くもあり…。

とにかく今一番面白いアクション漫画だと思うのでみんな読んで欲しい…。

『幼稚園WARS』はゆるい絵がすごく好き。

あまり興味なかったんだけど、あまりにも評判がいいので買ってみたら、なかなか良かった。省略の多いSDキャラ的なビジュアルがかなり好み。主人公のリタ先生が襲ってくる殺し屋に惚れつつもいうっかり殺す、という繰り返しギャグも楽しい。

欲を言うと「幼稚園」要素をもっと出してほしい、というかそれなりの制約(勝手に離れると首輪爆弾が爆発する)があったはずなのに、第1巻にしてすでに有名無実になってるし、子供という要素が添え物になっている感は否めない。あとキャラクターもなんだか薄いんだよなー。とりあえず3人出てきてるけど、正直地味。

絵柄がかなり好みなので続きも読みますが…。