序盤のカーチェイスだけでも見応えあり。『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』

よくある話なんだけど、冒頭の超絶テクニックのカーチェイスの場面をたっぷりと見せてくれるあたりはさすが規制がゆるい韓国という感じでめちゃくちゃアガりますね。脱北者という主人公のアイデンティティと隆盛しつつある移民の問題を絡めているあたりも現代的で良かったです。主人公のチャン・ウナ(パク・ソダム)は、マフィアに追われる少年キム・ソウォン(チョン・ヒョンジュン)を拾うのですが、その際の動機が「母性」であるとか同情とかではなく、脱北者としての過去の自分を重ね合わせているという点がいいんですよね。想像力による同情ではなく、実感としての苦難、という。ハリウッドの「ワイルド・スピード」シリーズもはぐれものというか元犯罪者の集団が主役でしたけど、こっちにはああいうカラッとした感じはなくて、まさにパク・ソダムが長女を演じた『パラサイト 半地下の家族』のようなジメッとした雰囲気。そういった意味では、本格的なカーチェイスは序盤と中盤だけで、最後は世界のどん詰りのような廃車場で泥臭い肉弾戦を繰り広げるというのも、なるほど、と頷ける気がします。

トヨエツのクズっぷりがすごい。『そして僕は途方に暮れる』

藤ヶ谷太輔くん演ずる主人公・菅原のクズっぷりに「いやー、清々しいほどのクズだわ~」と思って見ていると、こいつをさらに上回るクズが出てきてびっくりしちゃう映画。で、そのスーパークズを演じているのがみんなの大好きな豊川悦司。トヨエツ、本当にクズが似合う。もっともトヨエツの演じたクズって『ジャッジ!』(2014)の大滝さんくらいしか思いつかないんだけど…。

トヨエツ演ずるクズ、菅原浩二は名前からわかるように主人公の父親なのだけど、まさにこの父にしてこの子あり!ということわざを体現しているかのよう。「世の中はぬるま湯」とか「逃げて逃げて逃げ続けろ」とか「どうしようもならなくなったら、映画の主人公にでもなったつもりでこう考えるんだ。「面白くなってきやがったぜ…」てな」などなど、名台詞がポンポン飛び出すし、トヨエツが言ってるもんだから、なんとなくそれっぽく聞こえてしまうんですよね。

この映画はざっくり言っちゃうと、このクズ父の遺伝子を受け継ぎ、逃げ続けてきた主人公がちょっとだけ真人間になろうとする「きたねえビルドゥングスロマン」。彼が今まで迷惑をかけてきた人々に向き合って、「なんかわからないけどすみません…!」と頭を下げるシーンはめちゃくちゃリアル。こういう感じわかるなあ…。で、がんばってマイナスをゼロにしようとしたら出鼻をくじかれるというオチもまたヨシ。『プールサイドマン』を連想させる、個人的にはかなり好きなオチでした。

ストーリーもいいけど美術がすごすぎ。『金の国 水の国』

内容はほぼほぼ原作を忠実になぞっているのだけど、映像化して一番パワーアップしているのが美術。特に「金の国」アルハミド(原作における「A国」)の室内装飾の描き込みが凄まじく、これだけでも延々と観られるレベル。アルハミドのモデルのベースとなっているのは8世紀から13世紀頃のイスラム黄金時代だと思われるのだけど、具象美術こそ少ないものの、室内に描きこまれた緻密な文様、色鮮やかな装飾、抽象化された草花のモティーフなど、これはもう実際に映画を観てもらうしかないのだけど、ストーリーに惹かれて観に行ったら思わぬ不意打ちをくらった感じ。逆に原作でB国にあたる「水の国」バイカリは自然の描写が美しく、特に雨や温泉といったまさに水にまつわる描写に見応えがありました。そういえば原作ではそれほど出番のなかった本来の婿と嫁である犬(ルクマン)と猫(オドンチメグ)のカットが大幅に増していて、かつ力の入ったカットが多く、このあたりも素晴らしく。主人公であるサーラとナランバヤルがいいのはもちろんなのですが、動きと声がついて魅力がマシマシになっていたのが悪大臣のピリパッパ(茶風林)とライララ(沢城みゆき)で、とりわけ原作でも推しキャラだったライララさんは若干浮いてる漫画的な風貌がぬるりとした動きと相まって倍プッシュという感じでした。

ローテンション×ローテンションの会話の妙『放課後ひみつクラブ』第1巻

学園のひみつを解き明かそうとするエキセントリックな蟻ケ崎さんとモブ感のある男子・猫田くんによるミニミニ部活もの。まっったく噛み合わない会話を噛み合わせていく会話劇が楽しい。あれですね、このあたりの不思議な雰囲気はゆうきまさみ先生の名作『究極超人あ~る』感があって、つまり自分はかなり好き。部活ものだし。会話のテンポがひたすら良くて、お嬢様な蟻ヶ崎さんのゆったりしたボケに猫田くんの無感情ツッコミの丁々発止。この面白さは読んでみないとわからないと思うのだけど、いわゆるパワーワード的なものも頻出するし、インターネット受けが強そう。今年ベスト級におすすめ。

時短料理がおいしそう『今夜すきやきじゃないけど』

一昨年の『今夜すきやきだよ』の続編のようなタイトルだけど、ほとんど関係なかったりします。テイストは共通していて、生きづらい市井の人々の普通の生活を緩やかに描いていく。『今夜すきやきだよ』はシスターフッドものだったけど、こちらは母の違う姉弟が主人公。しっかり者(の皮を被った)姉と女性関係にだらしなく無職の弟という組み合わせなのだけど、日々の暮らしの地味なつらさのリアリティの描かれ方が谷口先生らしくて読み応えがあります。後輩に追い抜かれていくけど、どうしたらいいか具体的にはわからなくて…のくだりとか、地味に重い。そんなじわじわと追い込まれていく生活を彩るものとして描かれる時短料理がまた美味しそうなんですよね。1巻できれいに終わっているのも好み。

雰囲気良すぎ。『花四段といっしょ』第2巻

将棋知らないしなあ…と思ってスルーしてたのだけど、『バクちゃん』の増村十七先生の新作と知って速攻購入。「将棋を知らなくても楽しめる」という謳い文句に偽りなく、普通に棋士の日常ものなので将棋のルールを全く知らなくても面白いし、将棋というゲームではなく将棋界という業界のことも知れるのが新鮮で良かったです。『バクちゃん』は移民と他者の問題を糖衣で包んだ作品だったので、ほのぼのとしつつも不穏な空気が漂っていてそこがまた魅力でもあったのですが、本作はかなりふんわり寄り…と思っていると、2巻の後半になって普段ほんわかしている花四段の過去を垣間見せるカットがあり、今後の展開はややドラマチックになる予感がありますね。ヒコちゃんの「いつこっちにこれる?」の多義性のあたりとかかなり上手い。

孤独感ないけど面白い。『工作艦明石の孤独3』

まだ3巻なのに、「ワープで時間がずれてんじゃね?」みたいな仮説が出てきたりして、風呂敷の広げ方がすごい。とはいえ林先生のことですので、最後はきっちり畳んでくれると信じてます。これだけ設定が広がっていても、基本星系一つの中で完結しているので、それほどごちゃごちゃした感じがないのもいいですね。主要キャラクターも少なめでキャラが立ってますし。個人的に推しているのはやはり「愛すべき凡人」である西園寺艦長。「星系出雲の兵站」シリーズから一貫していますが、最前線だけではなくバックオフィスも重要だよね、という視点がいいですよね。このあたりの作家のスタンスというか雰囲気は『大砲とスタンプ』の速水螺旋人先生と通ずるものがあったりして面白かったりします。なお、相変わらず「孤独感」はない模様。星系まるごと孤立してる割にはみんな元気すぎる。

今頃ですが…『ポストコロナのSF』

一昨年でた本を今頃読みました。コロナの初期に出された本なので、特に巻末のエッセイ「SF大賞の夜」が遠い昔のようにも読めるのが面白い。総勢19名の脂の乗った作家群による「コロナ」テーマのアンソロジーですが、驚かされるのは切り口の多様さとタイムスパンの長さ、今まさに感染症蔓延の只中という時代設定もあれば、人類が意識をネットワークにアップロード済みの遠未来まで様々な世界が楽しめるのはさすがにSFならではといったところでしょうか。どれも佳作良作なんですが、特に一編だけ挙げるなら、濡らしたタオルを使って戦う格闘技「タオリング」が流行する異形の22世紀を舞台に、地球から放逐されたヤクザたちの生き様を描く、天沢時生の「ドストピア」。天沢先生独特のポップな文体(「カタギ警察」とか「ガン見していた」みたいな表現はなかなかないよね)も魅力ですが、「コロナ関係ないやん」と思わせておいて意外な接続を見せてくれるのが素晴らしい。

『ルパン三世』(Part2)(132話~145話)

終盤に入ってきました。

第139話「ルパンのすべてを盗め」

余命幾ばくもない大富豪スチールがルパンの肉体を乗っ取ろうとする話。かなり気軽に意識の電送交換するので、やや『ブラック・ジャック』っぽさがある。スチールの体になったルパンがルパンの変装をするあたりが倒錯的で面白い。「俺も俺の変装をすることになるとは思わなかった」とか言ってて、それはそうよね、という。どうやってもとに戻るのかのロジックもいいんですが、あの後とっつぁんはどうなってしまったのか…。

第143話「マイアミ銀行襲撃記念日」

倒産寸前の弱小銀行がルパンによる襲撃を宣伝に使うというやけくそな話。セルフ炎上でインプレッションを稼ごうとするインフルエンサー…と置き換えると、かなり現代的な話でもありますね。すごいのはマイアミ銀行の頭取は「ルパン三世に襲撃されるも、金を奪われなかった!」という宣伝を打つんですが、銀行内に全く金がなかったため、嘘は言ってないというあたり。終わりは新ルパン屈指の爽やかさ。

第144話「不二子危機一髪救出作戦」

ゲストのナンジャモンジャ兄弟の魅力で100点。なんというかマリオとルイージ感あるんですよね、この二人。第128話「老婆とルパンの泥棒合戦」にでてきたミセス・ドコンジョの息子の雰囲気もある。この二人組が不二子を誘拐して某国の観光資源にしようという話なんですが、スタジアムの真ん中にガラス張りの檻が置かれていて、その中に不二子が囚われているという。で、集まった観光客がそこに向かって金貨を投げたりしてるんですが、まあ倫理観がなさすぎて時代を感じますね。

第145話「死の翼アルバトロス」

名作と名高いだけあって流石に面白い。冒頭のすき焼きのシーンからもう「カリオストロ」を感じる…。護送車から逃げるシーンも「カリオストロ」の冒頭だし、これは宮崎駿というかテレコム回の特徴ですね。アルバトロスはまんまギガントだし、ロンバッハ博士のいかにも宮崎駿が描きそうなおっさん感!個人的に好きなのはボートからわらわらと警官が出てくる場面で、『どうぶつ宝島』の宮崎駿のやったシーンだよなあ…、という。超小型原爆というアイデアはこの当時はアニメのネタになるくらいのバカバカしい話だったんだろうけど、今では逆にリアリティのある要素になっている気がしますね。

今週の喫茶店:カフェ・ド・巴里@池袋

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13086601/

駅前のタカセでモーニングしようとしたら改装中とのことで、何気に行きそびれていたこちらに。入り口から驚かされる仕掛けがあって、観音開きの自動ドアなんて初めて見たし、入ってすぐエスカレーターというのもすごい。内装は豪奢系の純喫茶ですね。ていうかメニュー見て気づいたけど、伯爵の系列じゃないですか。北口の伯爵は一人で行くと決まって大テーブルに案内されるから、個人的にはこっちの方が好きですね。居心地がいい。

モーニングのB(ミックスサンド)。こういうシンプルなものがおいしく感じられるきょうこのごろ…。