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【本のレビュー】『世界の終わりの天文台』:なんかしらんけど世界が終わってたっぽい話。(リリー・ブルックス=ダルトン著、佐田千織訳)

投稿日:2018年1月12日 更新日:


新しい終末のかたち

 ある日突然、地球の全域から通信が途絶えたー。リリー・ブルックス=ダルトンの処女長編作品『世界の終わりの天文台』(原題:”GOOD MORNING,MIDNIGHT”)はいわゆる「ポストアポカリプス」ものだ。とはいえ、『マッド・マックス』や『Fallout』のような典型的モヒカンヒャッハーものを期待すると肩透かしを食らうだろう。
 戦争の噂が囁かれる中、慌ただしく退去していった科学者や軍人たちの波に逆らい一人北極圏の天文台に残った老科学者オーガスティン、そして人類初の木星探査船の乗組員・サリー。極限の地に取り残された、キャラクター的にも対照的な二人の人物の視点を通して語られるのは、しかし、世界の終局の様相ではない。
 第三次世界大戦が起こったのか?細菌兵器が蔓延したのか?ポストアポカリプスものの常として、喜々として語られる「終末に至った理由」はこの作品においては一切語られることはない。天文台の老科学者も木星探査船のクルーたちも「通信が途絶えた」という一点を持って「世界はどうやら終わってしまったらしい」ことをおぼろげながら考えているにすぎない。
 そして、「実は単なる通信障害なのではないか?」と疑っていた登場人物たちも徐々に「世界の終わり」を受け入れていく。地球周回軌道に帰還した木星探査船は決定的な光景を目の当たりにするが(このシーンがとても良いビジュアル!)、乗組員たちはただ静かにそれを見届ける。このあたりの落ち着き払った態度、ある種の諦めと倦怠感はこの作品の魅力の一つだ。「終わりつつある世界」、いわゆる「ダイイングアース」を描いた作品と言えば、例えばクラークの古典『都市と星』、あるいは日日日の『人類は衰退しました』、芦奈野ひとしの漫画『ヨコハマ買い出し紀行』あたりが脳裏をよぎるが、『世界の終わりの天文台』の世界はすでに終わってしまっていて、そして登場人物たちはその世界を受け入れている。というところまで書いて思ったのはつくみずの『少女終末旅行』がわりと近いんじゃないかな、ということ。なんだかわからないけど世界は終わってしまっていて、そんなにやる気のない二人組がなんとなく旅をしていく。あの倦怠感はこの小説と近しいものがある気がする。

あきらめムードが心地よい

 だから、終末後の世界を懸命に生き抜こうとする登場人物たちもこの作品には登場しないし、少なくともこの本の紙幅の中では描かれない。ある登場人物たちは、おそらくこの物語のあとでそのような体験をすることになることを暗示して物語は終わるのだが、その部分を全く語らないところが良い。多分その物語もとても興味深いものだろうが、この本を覆う形而上学的な雰囲気を乱すものになったことは間違いない。
 エンタメ的な冒険譚の代わりに、限りなく人間関係の希薄な極地での生活と、木星探査船の狭い居住モジュールの中でのルーチンワーク的な暮らしが、二人の主人公の視線を通して交互に語られていく。オーガスティンとともに極地に取り残された謎の少女・アイリスとの生活は、どこか『アルプスの少女ハイジ』のような牧歌的な装いがあり、かたや刻一刻と地球に近づく木星探査船ではエリート宇宙飛行士たちが暇を持て余してゲームやらトランプやらで退屈をしのいでいる。しかし、かといって全く物語的な起伏がないわけではない。木星探査船はある悲劇的な事故に遭遇するし、オーガスティンとアイリスは春の息吹を求めてスノーモービルで引っ越しを敢行する。ついでに言うと、対極的な二つの暮らしの様子が短いスパンで交互に描かれるので、読んでいて飽きが来ないのも、この本のいいところだ。

未来より、過去に向かって

 そして、その生活描写の合間に、いや、それ以上の分量をもって語られるのはオーガスティンとサリーの過去の物語だ。
 研究一筋の学徒生活の中で人との繋がりを失い、死に場所を求める老科学者……という先入観で読み始めるわけだが、どうも思い込みと食い違ってくるのが面白い。このジジイ、研究で訪れた街々で女食い荒らしてて普通にクズだったりする。そんなオーガスティンの心残りはただ一人生まれてしまった自分の子どものこと。一方でサリーは喧嘩別れ同然で地球に残してきてしまった夫と子どもたちとの思い出を反芻している。
 過去が紐解かれていく中、極地と宇宙、遠く離れた場所にあり、交わることはないと思えていた二人の間にある繋がりがうっすらと浮かび上がってくる。この補助線の引き方というか、伏線の貼り方がとても美しい。例えば、サリーが最後にある仲間(そして新しいパートナー)から呼びかけられるシーンなどは、それまでの謎が全て氷解する一言になっている。
 それぞれの人生が交差する主人公二人の最終章はどちらも見事な幕引きで、かつ老人と壮年という対照的な属性に則った落とし方というのも上手い。とりわけ、老科学者オーガスティンのラストパートは、ハッピーエンドと言っていいのか悩むものではあるのだが、安らぎに満ちた終わり方で、この小説全体の雰囲気、そして”GOOD MORNING, MIDNIGHT”という原題を表象しているかのようだ。極寒の地の孤独な老人に暖かさをもたらすもの、それは。もふもふ。

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