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今月のベスト1冊
シェルドン・テイテルバウム&エマヌエル・ロテム編『イスラエルSF傑作選 シオンズ・フィクション』
これはもう企画の勝利だよね。イスラエルの現代SFアンソロジーなんて思いつきもしないもん。映画だったら最近中東が強いからわかるんだけど。中国SFはケン・リュウの活躍もあってこのところ毎月のようにアンソロジー出てるけど、イスラエルとは。700ページ超えというのも挑戦的だし、ほぼほぼハズレがない。巻末にはイスラエルのSF史を概観するコラムもつけられていて、万全の体制!めちゃくちゃ大変だし売れるかもわからないけど、この体裁で他の国のSFアンソロジーも読んでみたい気持ちではある。
どれもこれも素晴らしいのだけど、特に良かったのが以下の4作。ニル・ヤニヴの「信心者たち」はテッド・チャンの名作「地獄とは神の不在なり」を思わせる作品。ただ、こちらには神が実在していて、戒律に反した「不信心者」がいきなり死んだりする。食料雑貨店でうっかりチーズと鶏もも肉を同じかごに落としてしまった老女がいきなり真っ二つになる冒頭のイメージが強烈で、いかにもユダヤ教のSFという感じがする。ロテム・バルヒンの「鏡」は鏡をぶん殴ることで世界を分岐させる多世界解釈もの。ぶん殴りまくって自分の人生を改変しまくってた主人公に手痛いしっぺ返しが…。藤子Aみがある。エレナ・ゴメル「エルサレムの死神」は死の化身たちが住んでいる世界の話。それぞれ死因によって別れているのだけど、その中でも物語のキーとなる死神が「あの大量虐殺」の化身というがイスラエルのSFらしい。人間と死神のラブストーリーでもある。
中でもとりわけ良かったのがサヴィヨン・リーブレヒトの「夜の似合う場所」。突然、ほとんど全ての人間が動かなくなってしまったポストアポカリプス世界で廃ホテルを拠点にして生活を築く人々の話。それほど人数は多くないのだけど、人種・性別・年代の異なる人間たちがコミュニティを築き、やがて軋轢が生まれ始める…。閉じ込められた人々というモティーフからは、やはり収容所的なルーツを思わずにはいられない。最後に放たれる慟哭とそれを聞き流す人々が示唆的でもある。
おすすめの新刊
新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…
山口つばさ『ブルーピリオド』第9巻
藝祭後半から一年の進級制作の始まりまで。前半の神輿制作の文化祭感からもう素晴らしく藝大漫画。神輿は実際に藝祭で見るとその迫力に驚かされる。現実のイベントを積極的に取り込んでいく地続き感がいい。
しかしこの巻の見どころはやはり「猫屋敷教授」と世田介くんをめぐるあれこれ。特に、初登場の時から、にこやかな笑顔とサブカル受けしそうなキュートなキャラクターの裏に隠した闇をチラチラと見せていた猫屋敷教授をメインに据えたエピソードが最高。村上隆的でもあるし、作風はクリスト的でもある。曲者ぞろいの教授会でのセクハラを受け流す場面から伝わってくるのは文字通りの「キャラクター」を身に纏い、世界を必死にサバイブする一人の女性の姿だった。この素晴らしきギャップ!彼女が内に秘めた闇を一気に開放するようなエピソードも絶対にあるだろうし、そこから見える美術界自体の抱える汚濁が曝け出されるのが実に楽しみだ。
この猫屋敷教授と対比される形で描かれるのが本作のヒロインでもある世田介くん。すべてを斜に構えた彼は「持てるもの全てで戦わない」省エネ型の人物。正直、彼は主人公・八虎と違って全く共感できないひねくれたキャラクターなのだけれども、しかしいかにも藝大にいそうな魅力的な人物でもある。この物語は「天才」を象徴する世田介と「努力」で美術の世界に乗り込んでいく八虎との止揚の話とも言えるだろう。それだけに水と油のように思える二人がライバルとして友人として関係を育んでいくであろう今後の展開が楽しみでならない。
ピーター・ワッツ『6600万年の革命』
タイトルにあるようにとにかくタイムスケールがでかい!…でかいのだが、しかし逆にその数字の実感はあまり湧いてこないというのが面白い。数万人の乗組員は数万年オーダー間隔で数日程度目覚めさせられ、6600万年経っていても主観的には数年しか年を取っていないし、舞台となるのは直径数十キロの岩塊、ワームホール構築船<エリオフォラ>。外の世界、例えば彼らが後にしてきた地球の様相などが全く描かれないがために、「6600万年」という時間の質量はほとんど感じられない。そこは残念なポイントでもあるし、面白いところでもある。
この小さな世界で描かれるのは典型的なAIの反乱劇なのだけれども、このAI<チンプ>(ところで、このチンプというのがAIであると最初はわからず「なるほどよくある知性化チンパンジーか」と思っていたのでかなり混乱した)と主人公サンディの愛憎渦巻く複雑な関係の変遷は本作の読みどころの一つ。数千年、数万年単位でジワジワと進められていく反乱計画が主題のはずなのだけど、そっちは割と脇に置かれてしまっている感はある。
しかしまあワッツは読みづらい!自分が『巨星』を読んでいないこともあって、突拍子もない設定に付いていくのに若干時間がかかってしまった。尻切れトンボになっちゃってるのも引っかかるなー。薄くて分量的にはサッと読めるのだけども…。うーん。面白いか面白くないかで言えば間違いなく面白いのだけども。
芥見下々『呪術廻戦』第14巻
うーん…ナナミン…うーん…。
「渋谷事変」編も佳境。正直「長すぎやろ!」と思ってたけど、毎話毎話盛り上がるポイントがあるのはさすがにすごい。漏瑚の涙、伏黒の起死回生の調伏儀式、最強の式神VS宿儺、ナナミンの「呪い」の言葉、野薔薇回想編のスタート…。とまあ凄まじい勢いで物語が進んでいく。往年のジャンプ漫画のように引き伸ばしがなく、多様なアイデアがこれでもかと繰り出されてくるのが実に楽しい。内容はまあ悲惨なんですけどね…。『チェンソーマン』や『鬼滅の刃』もそうだけど、魅力的なキャラを惜しげもなく退場させてしまう決断力はすごい。今巻の中だともちろん、推しのあの人の退場が辛いわけですが、重面くんとか地味に面白い能力だからもったいないよなあ…と思ったり。まあそれを言うとこないだ宿儺に一瞬で殺された女子高生二人組とかももったいね〜〜!と思ったりもしたのですが。
渋谷の無数の無辜の民と呪術師おおぜいが死んでいった渋谷事変もいよいよ大詰めといった感じですが、しかしどう決着が着くのか…。本誌の方はさらに悲惨な展開らしいし、全体の構想の中で3つある山場のこれが最初の1つという芥見先生の発言もあるし、いやー、やっぱこれが今一番熱い少年漫画だわ。アニメ化した途端に本屋の在庫が一瞬にしてなくなったりしてて、完全に「来て」ますね…。これを現在進行系で楽しめることに圧倒的感謝…!!
堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』第29巻
本誌でも話題になってたけど、No.285「爆豪勝己:ライジング」が凄まじい出来。基本的に空を飛ぶ個性じゃないのにダイナミックな空中戦を繰り広げるのもすごいし、死柄に猛烈なラッシュを叩き込むデクの狂気に駆られたような表情が直後の爆豪のモノローグ「たとえOFAが 呪われた力だったとしても」と重なる。ここで物語の原点でもある「身体が勝手に動いてた」を爆豪に言わせるのは本当にずるいし、このセリフでこの巻を締めるのも抜群に上手い。この物語の主人公はもちろんデクなのだけど、ライバルとしてまたもう一人の主人公として爆豪勝己もまた特別な場所にいることがよく分かる。
この巻の前半はプロヒーローと雄英の生徒たちが文字通り死力を尽くしてギガントマキアを止めようとするエピソードで、このパートの見ごたえも素晴らしいものがある。そして、そこで行われる「選択」の正しさについて彼らが自問自答するくだりからは、彼らもまた限界のある一人の人間に過ぎないということが示唆される。しかしそれでもなお選択し続け、身体が勝手に人を助けようとするというのがやはりこの作品の描こうとする「ヒーロー」なのだろう。
熊倉献『ブランクスペース』第1巻
よくある「ちょっと不思議」系の百合ものだと思って蓋を開けてみれば、これがまたじわじわくるタイプの面白いサイエンスフィクションかつ青春物語。「見えないもの」を作り出すことができる力がまず面白い。なにかを作り出すためには想像力と理解力が必要という前提があり、それが物語の根幹に関わってくるのがいい。要するにこれは人と人との関わり合いについての話なのだが、タイトルにもあるように、それは物語の二人の主人公・ショーコとスイの間(そして世界との間に)に存在している「見えない空間」であると同時に、彼らの抱える満たされなさでもある。見えない弾丸で窓ガラスを割り、見えない斧で世界を破壊しようとする暴発的である意味で青春的でもある行動が、「あるもの」を作り上げるという方向に誘導されるあたりは、いわゆる「昇華」であり、恋とか愛とか性欲などといった生々しさが立ち上がってくる。タイトル同様、淡白な絵柄であるにもかかわらず。
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