今月のベスト1冊

高山羽根子『首里の馬』

「うどん、キツネつきの」の頃から陰ながら応援していた高山羽根子先生がついに芥川賞を受賞!これは嬉しい。

舞台は沖縄の古びた郷土資料館。そこには沖縄の雑多な資料が大量に眠っている。主人公・未名子は中学の頃からそれらの資料の整理を手伝っている。彼女のもう一つの仕事は、世界各地に散らばる「孤独な人々」にクイズを出題するという謎めいたものだった。一人で孤独に淡々と日々を過ごす未名子だったが、ある台風の夜に幻の「宮古馬」が彼女の家の庭に迷い込む。

とまあ、この現実にありそうなのだけど、どこか夢の中のような設定の匙加減はさすが高山先生といったところ。主人公である未名子がボランティアで資料の整理を手伝っている資料館は沖縄の外からやってきた順(より)さんという女性が作ったもので、その古ぼけた外見と資料の公開をしていないことから周囲の住民からは胡散臭く思われている。また一方で未名子はオンラインでクイズを出題するという職にも就いていて、ひたすらに自己の中に情報を溜め込むミクロな世界と外に開かれている凡地球的なネットワークが、この一人の孤独な女性を軸として対照的かつアナロジカルなものとして描かれている。思えばこの物語に出てくるものは全て孤独なのだった。

そして、例によって存亡の危機に立たされている資料館を物理的に救う、という物語を高山氏は描かない。未名子が選ぶのは、物理的な場というものを離れた、資料の実物すら存在しない「記録/記憶」だ。沖縄という、ある意味で周縁に位置する島、歴史上何度も物理的な記録が失われてきたこの世界の記憶が、さらに世界の片隅へと保存されていく。どこの誰とも知らない、なんの変哲もない日常の記憶を世界の誰かが持っているという、ある種のブロックチェーン的な思想はネットワークの時代/コロナの時代にふさわしく思えるし、歴史の中で消えてしまったはずの幻の宮古馬に跨って自身の日常を記録する未名子の姿からは、自分たちの日常とその積み重ねこそが世界を形作っているのだという祈りのようなものが伝わってくる。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

山本さほ『今日も厄日です』第1巻

山本さほ先生お得意のエッセイだけど、今回はタイトルでもわかるようにトラブルネタ多め、というか大体が漫画家っぽいエピソード満載。初っ端から「ボールだけ」出してる変質者のオッサンのエピソードだったりしてパンチが効いてる。とはいえ、最近頓に顕になってきたように、女性たちは日常的にこういったレベルの異常者に遭遇していることを考えると、コミカルに描かれてはいるものの、山本先生的にもショッキングな出来事だったのだろうとは思う。

こういった、割とありがちな事件から、未だに犯人がわかっていないTwitterでの謎のストーカーやら追突されて加害者から謎のマウント取られる事件やら通ってた整骨院のおっさんが万引き犯だったりベトナムのマッサージでボコボコに殴られたあげく首に乗られたりとか、まあよくもまあこんなに色々あるもんだなあ、と感心してしまう。漫画家らしいと言うか、漫画家だからトラブルが寄ってくるのか、トラブルが多いからエッセイ漫画家で食っていけるのか、謎は尽きない。それはそうと物理攻撃が多めで大変そうだな、という印象。合間には普通の話が割と挟まっているのだけど、特に面白かったのはタピオカランドをボロクソにレビューしてる回。噂には聞いてたけど、うーん、なるほど、という感じ。

さて、本書には巻末に「特別編」なる書き下ろしがついているのだけど、これもまためっぽう面白い。ネタとなっているのは、著者がSNS等で炎上しテレビでニュースにもなった「世田谷区役所との攻防」である。詳細はググって貰えればいいと思うのだけど、まあ噂には聞いていたけど、中心となったやばい職員がマジでやばくて、漫画のようで笑ってしまった。まあエッセイ漫画なので現実なのですが。「実際は私もめちゃくちゃ言い返してます」のくだりとかただ事ではない感じがひしひしと伝わってくる。区役所の人間とのやりとりを赤裸々に書いているあたりからは山本先生のキレ具合が感じられて、これはマジで厄日だな、と思ったのでした。いやしかし、これ続刊もあるのか…。面白いけど、笑ってしまっていいのか、という感じもしなくはない。めっちゃ爆笑しといてなんですが…。

和山やま『女の園の星』第1巻

『夢中さ、君に』の和山やま先生、待望の初連載作品。全くパワーが衰えず面白すぎる。それも下品な笑いとか非日常なことが起こるとかではなく、日常の範囲内で人間関係の中から生まれるユーモアなのが好ましい(まあ下品なのも好きですが)。しかし、この表紙からはおよそ想像できない内容だよなあ…。

舞台はとある女子校。平凡な国語教師・星先生の日常を描く作品。…なのだが、学級日誌の生徒たちの絵しりとりに翻弄されたり、教室に犬が落ちてきたり、生徒が描いてる漫画が超展開だったりという、いかにも日常にありそうなエピソードをじわじわとした笑いに変換してしまう和山先生の頭の中はどうなっているんや!例えば第一話の学級日誌の絵しりとりの話は、ある日の絵しりとりの絵が下手すぎてわからなかった星先生が推理するという内容。「ほ」で始まって「い」で終わる人間の絵なので読者はすぐにわかってしまうのだが、生真面目な星先生がひたすら悩んでいるというのが可愛らしくて笑いを誘う。

随所に突っ込まれる「そうはならんやろ」という会話も巧みで面白い。特に気に入ったのは、同僚の小林先生に「寿司食えないなんて人生損してますって!」と言われた星先生が「例えば小林先生のご両親がお寿司に殺されたとします」というありえない仮定で反論を試みる場面であったりとか、酔った星先生が「この割り箸だって上手に割れませんでした…」と割り箸に謝りだすシーンとか、まあ全編台詞回しが上手い!かと思えば、眉毛を書かれたクラス犬を洗いながらしみじみと語るアル中の中村先生の描写が挟まったりもして、最初から最後まで笑いっぱなしというわけではなく、この緩急が素晴らしい。とてつもなくおすすめ。今年のベストには入れるでしょ。

伴名練(編)『日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族』

一年間に発行されるSFアンソロジーは数あれど、徹頭徹尾面白くない作品ががないというのは実に珍しい。どんなアンソロジーでも一本二本は「どうも合わないなあ…」という作品があるものだけど、本書は本当にそれがないのでまあ驚きましたね。これは単に自分の趣味にあっている作品しかなかったということなので、万人には当てはまらないとは思うのだけど、それでも圧倒的に高品質な作品が揃えられているのは間違いない。単行本未収録作品を中心に集められているので、SF初心者のみならず玄人にも勧められるという点でも素晴らしいアンソロジーだ。

編者は昨年『なめらかな世界と、その敵』でSFファンの絶賛をさらった伴名練。この短編集も素晴らしかったのだけど、本書(と姉妹編の[恋愛篇])ではアンソロジストとしての手腕も発揮してみせた。何よりすごいのが、その審美眼なのだけども、さらに圧倒されるのが各著者の扉ページ解説だ。通り一遍の略歴にとどまらず、主要な短編の概略と初出、収録書籍などが網羅的に言及され、他の作品にも手を伸ばしてみたくなること必至である。特に短編集に未収録でえらい昔の雑誌にしか掲載されていない作品にも触れているのがありがたい。

さて、11作収録されている中で特に気に入った作品を何点か挙げておきたい。まずは冒頭に置かれた中島らも「DECO-CHIN」。実は初中島らもだったりするのだけど、こういうアンソロジーだと普段読まない作家に触れられるというのもありがたい。表現の巧みさ(「校了日が猫脚で近づいてきている。」とか好き)もさることながら、フリークスバンドの異様な美しさに目を奪われてしまう。読み終わると意味がわからなかったタイトルがわかるという仕掛けもいい。まんまやんけ!山本弘「怪奇フラクタル男」もタイトルのまんまでフラクタル状の人面瘡ができたヤクザの話。表面積が無限大になると体温が無限に下がるので室温を体温と同じにするくだりとか、いかにも山本先生らしい。田中哲弥「大阪ヌル計画」は遠未来から語られる大阪の末路。大阪特有の「前から来た人に道を譲らないので喧嘩が起きる」という現象を解決するための新物質ヌルが大阪らしいアホみたいな大惨事を引き起こす。東京人からする大阪人ならやりそうだな…という気がする(個人の偏見です)。内容のバカバカしさに拍車をかけているのが落語調の語り口で、これは高座で聞いてみたい!この「大阪ヌル計画」のすぐあとに置かれた岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」。絶対狙った配置だと思うけど、こちらは正統派ホラーSFとしての面白さ。人々が常に突っ立ったまま、ぎゅうぎゅうに詰まった世界。ほとんど座ることも出来ないというのだから凄まじい人口密度。奇想SFかなと思いきや、最後に恐ろしい結末が示唆されるショートショートのような読み応え。中田永一「地球に磔にされた男」は本書の中で一番気に入った作品。「一旦10年前に行ってから瞬時に現在に戻ってくる」という「現在にしかいけないタイムマシン」が何の役に立つのかと思いきや、平行世界理論を用いて素晴らしい人生讃歌を歌い上げる。何年も放浪を続けるうちに預言者めいた達観を得ていく主人公が印象的。震災という現実の出来事と接続した結末も印象に残る。

まあとにかく、どれもこれも素晴らしい作品しかないという奇跡的なアンソロジーで、これを勧めないというのはちょっとむずかしい。超おすすめ。