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ドイツSF大賞受賞のリコメンデーション・ディストピア『クオリティ・ランド』が最高!【2019年9月に読んだ本まとめ】

投稿日:2019年9月30日 更新日:


今月のベスト1冊

マルク=ウヴェ・クリング『クオリティ・ランド』

クオリティ・ランド
マルク=ウヴェ・クリング
2019/8/24

 ディヴ・エガーズの『ザ・サークル』を読んだ時に、「『1984』のようなビッグブラザーの時代はもう終わりや!」と思っていたのだけれど、まさかここにきてあの系統の素晴らしいディストピア小説が出てくるとは…。

 舞台は近未来の新国家「クオリティ・ランド」(多分元ドイツ)。最新のリコメンデーション・アルゴリズムによって商品は注文する前にドローンで届けられ、結婚相手は最適な相手が自動的にマッチング、人々はポイントによってランク付けされ、レベル10未満の人々は人間扱いされない社会…。ある日、主人公であるペーター・ジョブレスのもとに「ピンクのイルカ型バイブレーター」が届けられる。ペーターはどう考えても自分の求めていないその商品を返品するために奔走するのだが…。

 物語背景的には古典的なディストピアSFのそれなのだが、本作が面白いのは徹底的にコミカルに描いているという点。リコメンデーション・アルゴリズムによって届けられた「ピンクのイルカ型バイブレーター」を返品しようとするだけで400ページ描いているのもそうだし、そもそも主人公のペーター・ジョブレスという変な名前の背景には「クオリティランドでは名字が職業名」という制度があったりする。つまり名前を名乗った時点で無職なのがわかってしまうというわけ。ペーターは物語当初は「レベル10」なんだけど、このレベルはギリギリ人間扱いしてもらえるレベル。レベルによって就ける職業から、入れる店、恋人として紹介してもらえる人が制限されるというシステム。

 レベルが一桁の人々は国家によって、公式的には「サポートが必要な人々」と分類されています。しかし非公式には彼らは「役立たず」と呼ばれています。そしてクオリティランドには非常に多くの役立たずが存在しています。

 とまあ、万事こんな感じで、たしかにディストピアで悲惨な国なんだけど、アホちゃうかと思わずにはいられない制度やシステムやテクノロジーの数々がどんどん出てきて、それだけでもかなり楽しく読めてしまう。400ページ一気読み必至。他にもロボットの大統領候補ジョン・オブ・アスの選挙活動のエピソードであるとか、壊れたAI家電たち(高所恐怖症のドローンとか出てくる)の話とか、まあ盛りだくさんで読み応えたっぷり。アイデア的には古典ディストピアSFなんだけども、リコメンデーションで注文する前に商品が届くなんてところなんかはいかにもAmazonがやりそうでリアリティがある。来たるべき世界の幻視としても良くできたSFだと思う。SF好きにもそうじゃない人にも超おすすめ。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

島田 虎之介『ロボ・サピエンス前史』(上下巻)

 「50年前に手放したロボットを探す」というロボットものSFでいかにもありそうな探偵ものの入り口のくせに恐ろしいほどのタイムスケールを持ったすさまじい連作短編集。なにしろ1万年は余裕で超える時間単位ですからね。2つ目のエピソードの冒頭で原子力発電所が爆発し、それはどうしても福島のそれを連想してしまうのだけれど、実際に起ってしまった事故とそれがもたらす数万年スケールの無害化までのプロセスを背景にすることで、全くリアルではない絵柄にも関わらず、どこか他人事ではないかのような感覚をもたらしているのも面白い。

 物語は超長期に渡って活動できる3体のロボットを軸に語られ、それは人類そしてロボットたちの進化へとつながっていく。核廃棄物保管施設で25万年の間孤独に過ごすロボットがいれば、外宇宙探査船で6000年の旅に出るロボットたち、そして変わりゆく地球の人々に寄り添っていくロボットたちもいる。地球の人間たち、ロボットたちは次第に減っていき…。壮大な叙事詩が、手塚治虫を彷彿とさせるシンプルなビジュアルで語られる(そういえばオンカロを去っていくロボットたちは明らかにW3オマージュだ)。どのエピソードも、叙情性豊かな落ち着いたトーンで描かれ、簡素な絵柄ゆえに読み飛ばしてしまうこともできるのだけれども、後々になってしみじみと染み入ってくる。下巻#11のクロエとトビーの話などは、最後の「ああ、しあわせだ」が実に良いし、エピローグとして置かれた任務を終えたカロ子の最後の姿も印象に強く残る。

 人を選ぶような気もするけれど、スケールの大きな、それでいて静かなSF的叙情を感じたい人には強くおすすめしたい。

大森 望(編)『おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) 』

 去年は短編集かなり読んでいたこともあって、読んだことある作品が大半という珍しい年だった。ほぼKindle同人誌みたいな体裁だった『万象』も読んでいて、何本も収録されていたのに驚き。年刊傑作選という意味でしっかりした仕上がりで、巻末には大森さんの総覧もあるので、前年のSF界を思い返すのには最適な本だ。それだけにこれで最終巻というのはなんとも惜しい。売れなかったのかなあ…。さて、特に印象的だった作品は以下の3点。

 柴田勝家「検閲官」は、あらゆる「物語」が規制された国の物語。寓話的なものとしても読めるし、来るべき世界のリアルとしても読み取れる。人々が「わかりやすい物語」を求める時代に想像されるものとして強い現代性があると同時に、果たして「物語」から逃れることはできるのか?という問に対する一つの答えでもある。

 宮内悠介「クローム再襲撃」。去年の短編集『超動く家にて』で読んだけど、改めて読むとやっぱりめちゃくちゃ面白い。ギブスンの『クローム襲撃』を村上春樹の文体で描く。主人公がパスタ茹でたりする。アイデア一発勝負に見えて、細部が丁寧にそれっぽくなっていて上手いなあ。

 アマサワトキオ「サンギータ」は第十回創元SF短編賞受賞作。受賞作が収録されるのもこのシリーズのいいところだったよね。今後は多分Kindle単品で出るのかな?アマサワトキオ(トキオ・アマサワ)先生、今一番注目してる若手作家なんだけど、本作も面白い。「神が実在する世界」で一人の少女が神に成るお話。遺伝子操作とヒンドゥー神学が巧みに組み合わされていて、神が顕現するまでのプロセスが実に丁寧に描かれている。「ラゴス生体都市」「赤羽二十四時」よりは落ち着いた文体でそのへんは物足りなさがあるけど、クライマックスの大仰な雰囲気は素晴らしい。

 そうそう、毎回楽しみにしてた漫画だけど、今巻は大好きな肋骨凹介先生と道満晴明先生だったので個人的にめちゃくちゃ良かった。特に道満先生はSF漫画家として当代随一とも思っているので最後の最後で収録されたのは本当に嬉しい。しかも『メランコリック』の中の1エピソードだったし。

久正人(原作)/KRSG(作画)『全時空選抜最弱最底辺決定戦』第1巻

全時空選抜最弱最底辺決定戦 1
久正人(原作)/KRSG(作画)
2019/9/12

 普通のメンバーを紹介するぜ!!主人公!(本当に)ただのサラリーマン!意思疎通に難があるスライム(美少女形態あり)!自称戦闘ロボット(掃除機)!妖怪のくせに立ってるのが仕事!豆富小僧!そして!でかい虫(いたの忘れてたぜ)!

 と、まあこんな連中がよくあるバトルロワイヤルをサバイバルする感じのやつですねー。「異世界転生もの」の変奏のような作品。全時空(異世界)から集められた一般人たちがバトルロワイヤルするんだけど、そろいもそろってほぼ無能力者というのが面白い。話聞いたときには「禁書」の佐天さんとか初春みたいな「能力はあるけど使い物にならない種類/レベル」の連中がゴミ能力を組み合わせて戦い抜く…みたいなのを想像してたんだけど、読んでみたら主人公勢、ガチ一般人しか出てこなくて…。一般人というか「その世界でのモブキャラ」ですね。まあこれはこれで他に類がない感じで良いですね。『とっても!ラッキーマン』というか「風が吹けば桶屋が儲かる」的なロジックで生き残るのも最近あまりみないタイプだなあ・

 異世界の世界観も統一されて無くて、例えば『アンパンマン』モチーフのメルヘンな世界からやってきたモブキャラが包丁持って襲いかかってきたりするので、そういうところはなかなか面白い。創作物メタフィクションというか。『リクリエイターズ』っぽさもあるよね。主人公たちがマジで何も能力がないので華に欠ける感じはあるけど、次から次に襲ってくる異世界の刺客たちはすげー地味だけど個性ある能力が付与されてるので、そいつらからどうやって生き延びるのかは気になるところ。

九井 諒子『ダンジョン飯』第8巻

 変わらない面白さ。いつになったらネタ切れでつまらなくなるのだろうか…。

 今巻の見所は前半のチェンジリングネタ。あー、そういえばこんなのもファンタジーであったなあ、という。ニッチなネタだわ…。ライオス→ドワーフ、マルシル→ハーフフット、チルチャック→トールマン、センシ→エルフ、イヅツミ→犬に種族がチェンジしちゃうんだけど、ハーフフットになってもかわいすぎるマルシル…。そして普通のおっさんになっちゃったチルチャック。で、チェンジリングの胞子を利用して料理を変化させようって発想が出てきちゃうのがさすがセンシ、さすが九井先生って感じですね。頭おかしいけどもう慣れたな。終わったと思ったら後半でもまたチェンジしててマルシルが昔のネタパロ画像みたいな筋骨隆々になるのも面白い。ああ、たしかにオーガのやついたけどさあ。

 後半のチルチャックの離婚話のエピソードも良かった。意外性の塊、チルチャック。見てきたかのように語るマルシルさすがだなあ。こういう大筋の話にそこまで絡んでこないエピソードが丁寧に描かれているのがいいですよね。

冬虫 カイコ『君のくれるまずい飴 冬虫カイコ作品集』

 表紙買い、というかタイトル買いだったんですけど、これは大当たりでしたね。表題作とかわずか4ページの掌編なのにインパクトがすごい。シンプルでカラッとした絵柄で、ねっとりとした感情の漣を描き出している。サッと読み飛ばしてしまえるくらいの短いエピソードが後になってボディーブローのように効いてくる。そんな話がいっぱい詰まった本。

 収められた話はどれも女性同士の関係性を描いた作品なので、いわゆる広義の百合漫画だ。どれもこれも、一筋縄ではいかない複雑な心の世界が描かれていて読み応えがある。表題作以外で特に良かったのは、(物理的に)腐っていく親友を部屋で飼う「やさしい棺桶」、タイムリープものの一種である「西に沈む」あたり。見開き2ページの超掌編、「あなたのことは好きなんだけど」「離郷」も簡素ながら感情の揺れ動きが激しくて好き。愛と憎はやはり表裏一体なのだなあ。

野田 サトル『ゴールデンカムイ』第19巻

 まあ色々言いたいことはあるし、物語の大転換点なんですが、一つだけ。尾形の目玉ギャァァァ「死なせねえぞ!」杉リパ感動の再会!「もう離れない」から〜〜〜の〜〜〜見開き放尿シーンで締めるのが本当に天才でしょ…。今年の漫画ベストシーン入り確定!!「うまく…踊れない…!」(16巻)を超えたなー。色んな意味で。シリアスとコミカルの緩急がすごいよね。今巻もすごいシーンで終わるしねえ。キロちゃん…。

道満 晴明『バビロンまでは何光年?』

 S・F(すこし・ふしぎ)の正統後継者である道満先生の新作SF。突如として消滅してしまった地球最後の生き残り・バブと絶対生物・ホッパー、機械生命体・ジャンクが失われた地球の記憶を求めて宇宙をめぐる旅物語。というあらすじからわかるように話のベースは『銀河ヒッチハイク・ガイド』だし、キャラクター群は『21エモン』だし、まあ要するにめちゃくちゃ面白い。タイトルはテリー・ビッスンの『世界の果てまで何マイル?』かな?あれも名作だった。

 道満先生お得意のショートショート連作なので、個々のエピソードだけ切り取っても、アイデアが実に豊富でかつSF力が非常に強くて惹き込まれてしまう。レーンの長さが0.003パーセクある回転ズシ(握ってから届くまで119万年かかる!)だとか宇宙船の動力源がどう見ても単一電池だとか重力の大きさで懲役10年が3時間に短縮される星だとか、まあよくもここまでいろいろ思いつくもんだなあ。『メランコリック』の時も感じてたけど。初っ端から乗ってる宇宙船が(性的な意味で)バイブにされたり、バブが行く先々で風俗行ったりしててかなりお下品なので読む人を選ぶところはあるのだけど、しかしそういった一見関係ないような個々のSFバカ話が一本の線に収束していく展開の巧みさは流石のストーリーテラー。終盤に向かうにつれて物語がどんどん加速してスケールアップし、最後は世界の片隅でしめやかに終わる、というのも気持ちがいい。

 ちなみにカバーをめくると完全に『21エモン』である。最高。今年のベスト漫画に入れたい作品の一つだ。

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