今月のベスト1冊

劉慈欣『三体』

[myamazon asin=4152098708 text_link_id=”e39c0a1fbeac8458174d23dde2e1e4df” image_link_id=”7b55f5cc15301bd29906bd1faeaabd6b” title=”三体” creator=”劉慈欣” release_date=”2019/7/4″]

 ありえないほど売れているというだけあって、確かに面白い!面白いのだが、何かが足りない…そんな気がする。いやすごく良く出来てるし、今月のベスト1冊だし、年間ベスト10にも当然のように入ってくるだろうことは予想できるのだけど、しかしオールタイム・ベストに入れるかというと…。というなんとも微妙な作品。いや、もちろん大傑作なのは前提なのですが…。期待値を上げすぎたかな?

 物語は生々しい文革の場面から幕を開けるのだけど、この部分がまずすごい。あの時代の空気感というものが全くわからないので最初のうちは戸惑うのだが、一人の女性の復讐の物語であることが段々とわかってくるにつれてぐいぐいと物語に引き込まれていく。文章の端々から匂い立つような艶やかさがあるのが実に良い。父を殺された葉文潔が友人の家を尋ねると彼女が化粧をして死んでる場面とか、本編にはほとんど絡んでこないにもかかわらず強烈な印象を残す。第一部は文革に翻弄され、謎の軍事基地「紅岸基地」で過ごした女性科学者の半生記といった風体で、一体いつになったら本編が始まるのか、と思わず思ってしまうのだが、しかし、一見すると物語の主軸に絡んでこないようなこういったディティールの豊かさが後半の部分で強く生きてくるのが実に上手い。

 物語が現代に移った第二部は一転、おっさん×おっさんによる典型的なバディものになり、エンターテイメント色がぐんと強くなる。神経質な科学者である汪淼と脳筋バカ刑事・史強という相反する二人組という設定はバディものにはありきたりなのだが、しかしそれでもこの二人のキャラクターは面白い。特に事あるごとに酒を進めてくる史強大兄は非常に良いキャラクターで、出てくるだけで安心感がある。絶対死ななそう。脳筋キャラなのだけども、たまにえげつないことを考えつくというのもギャップ萌え的に素敵で、後半に出てくる「古筝作戦」なる残虐非道な作戦には感心するとともに吐き気を催してしまった。えげつねえ…。この二人が地球で起こっている科学者殺害事件を操作するというのが大まかな第二部の流れなのだが、そこにさらにVRゲーム「三体」も登場するからややこしい。太陽が3つある三体世界のシミュレーターであるこのゲームだけでも一本長編が書けるのではないかとも思ったが、すでに去年の『折りたたみ北京』で「円」という短編のアイデアがこの中でまんま出てきたりもする。想像を絶する世界を表現するという意味ではこのVRゲームのパートもとても面白い。

 汪淼の視界に謎のカウントダウンが現れたり、物理法則の信頼性が揺らぐような事件が頻発したりするあたりから、「ははあ、これは『順列都市』的なシミュレーション世界ものか『神は沈黙せず』のような被創造世界ものだな…」と思っていたのだけれど、物語後半で明かされる種明かしには驚いた。バカSFのようでもあるし、ハードSF的でもあるという意味で画期的だし、「その手があったか!」と膝を叩くこと必至。まさか力技で来るとはね。なんだか中国とかソ連とかそんなところの人口力というかフロンティア力みたいなものを感じます。この「智子」製造プロセスのあたりがこれまでにないという意味でワクワクした場面ですね。それだけに、結局ありきたりなファーストコンタクト&侵略SFに落ち着いてしまいそうな気配がするために年間ベストSFに推すのはためらわれるのですが…。とは言うものの、科学技術の発展を阻止されてしまった地球陣営がどうやって挽回するのか、第2巻にも期待が高まります。色々気になるところはあるけれど、それにしても超おすすめの作品です。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

松田舞『錦糸町ナイトサバイブ』最終第3巻

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 ああー、やっぱり(?)3巻で終わってしまったか…。面白いんだけどなあ…。フックになるところが少ないし、地味すぎるのでこういう感じになるかなあって気はしてたけど残念。

 とにかく、キャラクターのやりとりが面白い。会話劇的というか、良質な漫才を見ているような雰囲気。特に主人公の小紅ちゃんがいいよね。いかにも田舎から出てきたという感じで素朴なんだけど、たまに核心を突くようなことを言ったりして。基本的に底抜けに明るいし、彼女の日常を見ているだけでも非常に楽しい作品。物語的にも基本的に淡々としているんだけど、今巻では大きい事件が起きて、その場面の妙なリアリティが印象的。犯罪者って本当に日常と地続きのところにいるんだなあ。被害者である小紅の反応も、確かに未遂とはいえ突然あんな目にあったら呆然としてしまうよなあ、という気もする。自分は男性なのであまり実感というのはないのだけど。

 そして、その後の賢ちゃんとの部屋での会話がとても良い。「友達」であるということに対する信頼、大きく言えば人間に対する信頼というのはこの漫画に通底しているテーマのように思えるのですね。この物語は、田舎から出てきた少女が東京という土地の片隅にある錦糸町に根付くまでの物語なわけだけど、そこにはおじいをはじめとする人々の助けや彼らとの交流があったわけで、彼女が無事に根を張ることができたのは、人間に対する楽天的とも言える信頼があったのだと思うのです。

 物語の原動力でもあった200万円の借金が棚ぼたで解決してしまったのは打ち切り感が伝わってきて苦笑したけど、現実ってあんなもんかもしれないなあ、とも思った。しかし1年で100万貯めた小紅はすごいよ…。見習いたい。物語としては3巻できれいに終わったし、松田先生の次回作にも期待してます!絶対ポテンシャル高いって!

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』

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 「百合」というテーマで一冊編んでしまうハヤカワ編集者の力量/熱量もさることながら、どれもこれもハイクオリティであることに驚かされる。「百合」という概念の定義についてはおいておくとしても、自分はやはり「人間(と人間の関係)」×テクノロジー的なSFが好きなのだなあ、と改めて思った。非常におすすめ。特に気に入った4篇について所感を記す。

 宮澤伊織「キミノスケープ」。本書の冒頭にこれを持ってくる編集者の勇気を讃えたい。なにしろ、「百合」SFアンソロジーと銘打っておきながら、キャラクターが一人しか登場しないのだ。主人公は突如として人々が消えた世界を旅することとなるが、いないはずの「誰か」の痕跡をそこに見出す。著者の代表作である『裏世界ピクニック』を連想させるような不気味さを持った世界と、孤独に押しつぶされそうになりながらも他者を求める主人公。具体的なやりとりが描写されていないにもかかわらず、そこにたち現れてくるのは確かにある種のコミュニケーションであり関係性なのだった。濃厚な関係性を潜在的に内包する「百合」という単語のネガのような作品で、個人的には年間ベスト級

 南木義隆「月と怪物」。いわゆる「ソ連百合」。時代の空気感がたまらない…!戦災孤児姉妹の行く末をソ連の宇宙開発と絡めて情緒豊かに描き出す。姉妹百合というわけではなく、意外な(まあ読んでれば気づくのだが)人物と恋仲になっているのが良い。やっぱりカップリングするしたらあの二人だよね、という。女性士官の最後のセリフが素晴らしく印象に残る。

 麦原遼×櫻木みわ「海の双翼」。これもすごい。麦原さんの「逆数宇宙」はなんだか最後まで物語に入り込めなかったんだけど、この物語は異形の者が闊歩する遠未来の話でありながら、自分のことのようにしっくりくる不思議な物語。川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』や彩瀬まるの「山の同窓会」のような雰囲気。ジェンダーよりも関係性に重きが置かれている。人間(?)と身体改変された(?)異形の存在、そして人工知能の三角関係…と言ってしまっては俗っぽいか。言葉の物語であり、ファーストコンタクトであり、そして百合でもある。嫉妬する人工知能と、羽を抜き取られる場面の生々しさが印象に残る。

 小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」。掉尾を飾るのは、冒頭に置かれた「キミノスケープ」と真逆の甘々百合。編集の溝口さんも狙ってやってんだろうなー。この構成の巧さ!思いっきりエンターテイメントしてるんだけど、そこは小川先生、舞台は遠未来の巨大ガス惑星の軌道上で、主人公はガス惑星内部に潜る漁師という。このいかにもSFって感じがたまらないし、設定の細やかさが素晴らしい。惑星の漁区をいくつもの氏族が仕切っていたり、彼らが一同に会するのが数年に一回だけだったり、性別によって漁の役割が決まっていたり。遠未来なんだけど、同性愛が市民権を得ていなかったりするあたりは、未来の話でありながら現在と地続き感を感じさせてむしろいいですね。こういうベタベタで甘々なやつもいいですね。ヒロインかわいい。設定これで終わらせたらもったいないなー、と思っていたら先日のSF大会で長編化が決定したとかで、わーいって感じですね。楽しみ。

赤坂アカ『かぐや様は告らせたい』第15巻

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 いやー、もうここで終わりでよくねえ??ってくらいきれいにこの巻で締まってるんだけど、まだ続くんですね…。前巻に引き続きかぐや様が氷モードなのでだいぶ緊張感がある話が続くのですが、最終回一歩手前みたいなそんな雰囲気の中に「クリスマスと正月が悪魔合体した藤原家の謎の風習」をぶっこんでくるあたり流石だなあ、って感じですね。この緩急の付け方! あんなにムードのないクリスマスプレゼントから次のページでは自然な流れでキスしてるとか、すごくいいですね…。リアルだ…。

 もともと、この作品は相手と自分との関係を把握した上で「いかにして主導権を握るか」を、いわば上から目線で楽しむラブコメだったと思うのですが、段々と「普通のラブコメ」に収束しつつあるのが嬉しくもあり、寂しくもあり、といった趣。今巻のクライマックスの「限りなく告白に近い」シーンの会話は、これまでの二人の関係の集大成を感じさせて、とても良かった。まあそれだけに、ここで終わっておいても綺麗で良かったと思うわけですが。ここからさらに斜め上に展開してくれることを期待しています。

芥見下々『呪術廻戦』第6巻

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 前巻まで若干設定とかがわかりづらくてとっつきづらかったんだけど、ここに来てスッキリとしてきた感じ。バカが一人いると場が引き締まっていいですね。具体的には東堂君ですが。バカなのに強いやつ好きなんですが、東堂君の場合、割とトリッキーな呪術を使うのでなんか頭良さそうに見えるのもポイントですね。まさかフェイントを使うとは…!ゴリラだけど!ゴリラじゃなかった!感ある。で、この東堂君と悠仁のコンビが少年漫画のパロディのようになっているのも面白い。王道に戻ってきてわかりやすくなった、と言ってもいいのかな。この二人の共闘によって、物語の軸のようなものがはっきりと見えてきた気がしますね。わかりやすさって大事。

 ジジイが意外な姿に変身したり、シリアルキラーみのあるエプロンマンがキャラが濃いくせに瞬殺されたりといった脇役の見せ場はあるんですが、今巻ではやはり東堂×悠仁のバトルがかっさらっていきましたねー。良い。ああ、あと最後にすごく良いところを取っていく五条先生の大技。あんだけ強いとバランスブレイカーだからやっぱり狗巻先輩みたいに制約があるんですかねー。能力と制約のバランスが良い作品は好きですね。DTB的な感じで(まあアレは能力と対価のバランスは当たり外れありますがそこも含めて)。

その他良かった本(新刊以外)

曽根壮大『失敗から学ぶRDBの正しい歩き方(Software Design plus)』

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 うおお!めちゃくちゃ勉強になる!!こういう本が読みたかったんだよー。初心者なので、DB設計するときに「これは正しいのだろうか…」と逡巡することが多いのですが、本書は具体例でアンチパターンを説明してくれるのでとても読みやすくわかりやすい!『達人に学ぶDB設計』の後に読んだのも良かったです。次は『SQLアンチパターン』を読みます!

神林長平『戦闘妖精・雪風(改)』(改、グッドラック、アンブロークンアロー)

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 友達に4冊まとめてもらったので久々に読んだけど、昔よくわからなかったところがすんなり入ってきて、ちょっとだけ成長を感じた。4巻あたりになると本当にわけがわからなくなってくるけど、『永久帰還装置』とか読んだ後だと「まあこれが本来の神林先生だよな…」という気持ちになってくる。40周年ということもあるので、新作読むかなー。

うめざわしゅん『えれほん』

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 去年あたり話題になってたのを今頃読んだ。自分好みのディストピアSF3篇。「非リア充」による独裁体制が敷かれた異形の日本が舞台となる「善き人のためのクシーノ」がとにかく素晴らしい。なにしろBBQしただけでリア充が文字通り爆発させられるというのだから。知的財産権をテーマとした「かいぞくたちのいるところ」も現在進行系のテーマを古典的ディストピアの流れをくんだ筋書きが見事で読み応えがある。人を選ぶけどおすすめの作品。

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