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ダウナー系異能力バトル『君待秋ラは透きとおる』を推していく。【2019年6月に読んだ本 感想レビューまとめ/全5冊くらい】

投稿日:2019年7月1日 更新日:


はじめに

 今月も積読解消月間。新作も豊作で良かった。Twitter経由で評判がいいやつはとりあえず買ってみるスタイルです。

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映画の方のログ

今月のベスト1冊!

詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』

 ミステリー畑の作家さんなので全くノーチェックだったんだけども、「基本読書」の冬木さんが絶賛してたので購入。期待通りの素晴らしく面白い作品。

 いわゆる「異能力」ものだが、特徴的なのは「異能力」を徹底して科学的に捉えようとする視線だ。例えば主人公の君待秋ラの能力は「透明化」。触れたものを透明にするというありがちで地味な能力で、もちろん自身も透明にすることができる。しかし、面白いのはここからで、自身を透明にしてしまうと眼球も透明になってしまうため、全くものが見えなくなってしまう、という理屈が滔々と語られたりするのだ。しかも、彼女はその「見えなくなる」という副作用を攻撃に利用したりもする。オキシタケヒコの『筺底のエルピス』では「時空停止」というたった一つの能力が様々に応用されて全く違う能力として描かれる様に驚かされたが、本作にもそれに通ずるようなものを感じる。

 他にも「鉄筋生成」「座標交換」「猫化」と言った様々な異能が出てくるのだが、特に面白かったのは「光速度操作」の異能力。初見では空間を広げる能力かと思いきや…。ここでも科学的な視点が大きな役割を果たしていて、よくよく解析してみると実は全く別の能力だということがわかる、という展開が楽しい。そういった意味では物語中で軸となる人物の持つ「分裂」の能力の再解釈には痺れたし、根底にあるSF的な精神性が素晴らしい。まさかああいう方法で「分裂」を実現するとは…。リドルよりもサイエンスの比重のほうが大きいのは個人的には嬉しいポイントだった。

 門田充宏の『風牙』シリーズと同じように、異能力をギフトというよりも「呪い」として捉える視点も面白く、物語全体にダウナーな重苦しい雰囲気を纏わせている。主人公の秋ラは自身の能力のせいで弟を失明させたと感じていて、それゆえに能力を忌避し、使うことを恐れているし、「鉄筋生成」の能力を持つ相方は「こんなもん手品にしか使えない」とぼやいている始末。まあ日常生活で鉄筋が必要なタイミングってそうそう無いよな。異能力ものに慣れ親しんでる人間にとってはリアルで新しい視点だ。物語の舞台となる組織「日本特別技能振興会」が抱える戦中から続く因縁をめぐるストーリーも陰鬱とした雰囲気にマッチしていて実に良い。テイストとしてはアニメの『DARKER THAN BLACK 黒の契約者』が近い。あんな雰囲気が好きな人には自信を持って推せる。後半に出てくる謎の人物が実はあの人だったりといったあたりは流石ミステリー畑の人だなあ。全体としては大きな物語の序盤といった感じで、これからどんな異能力が出てくるのか、続編に期待がかかる作品。おすすめです。

おすすめの新刊!

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

津原泰水『ヒッキー・ヒッキー・シェイク』

 例の炎上商法絡みで買ってみたんだけども、これがまた抜群に面白い青春小説!さすがに塩澤さんが「この本が売れなかったら編集者を辞めます」なんて書くだけはある。

 「引きこもりたちが集まって「人間づくり」を目指す」というざっくりしたあらすじだけを頭に入れて読み始めると見事に裏切られる。そもそも「人間づくり」ってなんなんだよ。ドラえもんのアレ1かよ、と思っていると何のことはない、「ネット上ですげーリアルなバーチャルアイドルを作る」というレベルの話で、「いや、21世紀に初音ミクもどきは古くせえな…」と拍子抜けするのだけれど、この部分はほんの話の枕に過ぎず、物語はどんどん予想外の方向に転がっていく。この梯子の外し方が独特の雰囲気というか、引きこもりたちをまとめるカウンセラーおじさんの飄々とした行動とリンクしていて面白い。

 というよりも、物語の端緒となる「人間づくり」にしろ、その後に続々と考案されるプロジェクトにしろ、それはもう何でも良いのだ、ということが読み進めるうちに次第にわかってくる。むしろ物語の主題となるのは、徐々に外の世界との係わりを増していくヒッキーたちの姿であり、そこに青春小説としての本作が立ち上がってくる。些細な出来事がヒッキーたちの世界を広げ、豊かにしていくのを見るのが実に楽しい。具体的な成果物が表れなくとも、その過程で生まれてきた人間関係こそが重要であり、目的と手段を鮮やかに入れ替えてくる様は、劇中で何度も披露される手品のようだ。

Boichi『ORIGIN』最終第10巻

 おお、きれいにまとめたなあ。後半3巻くらいはひたすらに復讐劇で、前半部分で描かれた近未来日本の細やかな設定(ユーラシア横断特急とか良かったよ…)が見られなくなったのは残念だし、正直「神」に近づくスピリチュアルな展開は苦手なのだけれども、知能の進化の果てに物理法則を凌駕するような「神」の域に進化していくという発想は(ありがちだが)面白い。何より、大真面目な顔で繰り出されるハッタリが効いている。人間の「8000兆倍の知能」とは一体…笑 そしてその神の力をあっさりと捨ててしまうのも神展開。一人のロボットが「ちゃんと生きる」というテーマが最後まで貫かれているのが好印象。凄惨な戦いの最中にもコミカルな描写を忘れない余裕。アルマーニに着替えるのほんと笑ったw ちなみに全巻通して一番好きなシーンは電気代が払えなくてエロ漫画家になるとこです。

 ところで、メディア芸術祭の漫画部門で大賞取ったことだし、アニメ化ワンチャンないですかね…。アクションやばいしコミカルなシーンも多々あるし、ボンズあたりにやってほしいな。完結しているというのも良い。単行本ガンガン売れてくれれば作者が計画している「ORIGINのその後の物語」も実現するはず…。『HOTEL』のように遠未来まで続くクロニクルに期待!

野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻

 これだけ長いこと続けてるのに面白さが失速しないのすごいなー。テンションが一定というか、毎巻毎巻、狂った囚人も出てくるし飽きさせない。今回のゲスト囚人である関谷さんも独特の価値観を持っていてかなり気に入りました。「運を天に任せる」主義者、というか一個だけ毒が入った味噌汁を作ったりするタイプで、シリアルキラーとかにいそうだよね、彼。「神頼み」の関谷対「凶運の」門倉元看守部長の対決は見もの!なんか「ラッキーマン」読んでるような気分になった。あと今回も牛山さんがなんかかわいい系の役どころで意識混濁状態で村のこどもに操られたりする。表紙が何故か『アイアン・ジャイアント』パロで、誰が喜ぶんだあれ…(喜んだ派)。

野崎まど『HELLO WORLD』

 新海誠 meets グレッグ・イーガン…と言っていいのか、野崎まどらしいトリッキーな作品。「無限の容量を持つ記憶装置」が入れ子状になって出てくるあたり、イーガンっぽいよなー。

 と言っても、いつものようなガチガチハードなSFというわけでは全くなくて、基本的には爽やかなボーイ・ミーツ・ガールな青春物語として描かれているため、非常に読みやすい。主人公の直実の少年らしいひたむきさと、裏主人公であるナオミの執念、そしてヒロインである一行さんの芯の強さと可愛らしさ。劇中では何回も「どんでん返し」的な展開があるのだけど、助けられる側にいるかと思っていた彼女が実は…、という切り返しにはグッときた。物語の舞台となる世界は、「無限の容量を持つ記憶装置」の中で展開された過去のシミュレーションという幾分かややこしい設定でとっつきにくいのは否めないが、タイムリープものと仮想世界もののハイブリットという感じで面白い設定だ。シミュレーションの中の過去を変えてもどうにもならないじゃん、と最初は思うのだけれども…。後半からのアクションシーン満載の展開の盛り上がりと、連続するどんでん返しに意表を突かれて興奮すること必至。アニメっぽいビジュアルで脳内再生されるので、映像を見るのが楽しみでもある。

 ボリューム的に若干駆け足かな、と思わなくもないし、クライマックスの場面は強引なきらいがあるけれども、入れ子状になった「記憶世界」と「決定されてしまった過去」を変えるために奮闘する人々を描いているという点で読み応えは十分だし、なにより読後感の爽やかさ(まあでもやっぱり駆け足感は強いな…)は『君の名は。』っぽい雰囲気がある。そこを目指した、というわけではないのだろうけれども、どうしても比べちゃうところはある。あ、京都が舞台なところは森見作品っぽさもあるよね。「四畳半」的というか。9月公開のアニメも期待してます!

その他良かった本など

玄田有史 編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』

 積んでた本その① 「賃金が上がらないように”見える”」からくりがわかります。それにしてもみんな口をそろえて言っているのが、「非正規雇用の増加」と「就職氷河期世代」が賃金の停滞に与えているインパクトの大きさですね…。安倍政権下で非正規雇用は大幅に増えたわけですが、さて…。統計ちゃんと勉強したくなりました。

MOBSPROOF編集部『オリジナルビデオアニメ(OVA)80’s: テープがヘッドに絡まる前に』

 積んでた本その③ 1983年に生まれた「OVA」というメディアを総ざらいする良書。ざっくりしたことは知っていても、細かい個々の作品までは知らないですしねー。例えば『軽井沢シンドローム』のバージョンが3つあるとか…。勉強になる…。あとVHDなんてメディアも初めて知りました。あの時代、いろいろと面白いですね。

紀ノ目『ロジカとラッカセイ』第1巻

 タイムラインで評判良かったから買ったんだけど、第一話読んだらなんか微妙だなと思って積んでたんだけど、読んでみたらめちゃくちゃ良かったので慌てて第2巻も買いに行った。ほのぼの系ポストアポカリプスもので、なんか既視感があるなあ、と思っていたんだけど、アレですね。あさりよしとお先生の名作、『宇宙家族カールビンソン』。ラッカが男の子なんだけど、かわいくて良い。

NOTES

  1. のび太がしずかちゃんにひっぱたかれるアレ

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