ネタ切れしないのがすごい:『J⇔M ジェイエム』3巻

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入れ替わりものも数あれどここまで面白いのは珍しい。一発ネタだと思っていたので、まあいうてもそろそろ息切れするだろうと思っていたんだけど、どんどんおもしろくなるのですごい。

新キャラの女子中学生ガンスミスと純一のからみのくだりがかなり最高。この漫画、ハードボイルドを自称する純一のハードボイルドがダサいというのが面白さの柱の一つだと思うのだけど、純一のJが刻まれたJグリップを作った本人に「アレ、クソダサいから」言われたショックを受けるくだりとか、中身が恵の自分とメイとがハードボイルドというよりはラブコメ路線に入っていくのを眺めているあたりとかめちゃくちゃ面白い。

かと思えば恵と母との愛情のエピソードを純一という変質者を媒介として描き出していくあたりは大ゴマで印象的に描くのもギャグとシリアスの緩急が効いていて上手い。入れ替わりものって入れ替わる二人のギャップが面白さの源泉だと思うのだけど、ここではそれがギャグではなくシリアスに使われているのが面白い。と、同時にこの危うさがまた魅力でもある。

とはいえ、女子小学生と不審者の殺し屋の入れ替わりだから、さすがに限界があるよね…。『ヒナまつり』ほどは続かないと思うけど、どうか。しらんけど。

汚いスパイダーマンこと『デッドプール&ウルヴァリン』最高

いやー、冒頭から笑った笑った。まあ最近のMCUにありがちな、「関連作を観ていないとよくわからない」というのはあるのだけど、冒頭のアクションシーンはその点を突き抜けてしまっている感じ。ちなみにデッドプールの連続シリーズのみ未見、『ローガン』が観ている、程度の解像度だけど、ガンガン笑えたのであまり考えなくてもいいかもしれない。ただ、冒頭の部分だけは『ローガン』を観ておくと100倍くらい面白いはず。あまりにも不謹慎すぎるから笑えない人もいるかも知れないけど、そういう人はそもそもデップー観ないよな。

基本的に全編通して爆笑できるんだけど、中盤はやや中だるみしているような感じなのは否めない。具体的には虚無の旅のあたりなんだけど、面白くはないんだけど、やはりテンポが悪い。明らかにカーセックスのパロディとしての車中でのくんずほぐれずの激闘のあたりとかはめちゃくちゃ面白いんですが。あと基本的にふたりとも不死身なのでじゃれ合ってても緊張感がないというのもある。そこが面白いポイントでもあるのがまた難しい。

後半のパートの見どころはマルチバースのデップー軍団のくだりなんだけど、このあたりはその風貌も相まって明らかにスパイダーマンの写し鏡として描かれているのが面白い。「マルチバースは失敗だよ!」のくだりとか辛辣すぎるし、軍団の様相はまんま『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。デップーの目的が隣人を助けたいというミクロな目的であるというのもスパイダーマン的だ。まさに汚いスパイダーマン。

ところで初日に大きめの映画館で観たんですが、これはファンに囲まれて大勢で観るのが正解ですね。みんなで大笑いしてかなり最高な視聴体験でした。

デッドプール&ウルヴァリン|映画

お仕事映画の金字塔がまた一つ…:『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』

虚実の取捨選択が上手い。捏造映像のくだりは当然嘘だというのがわかるんだけど、それ以外の部分はいかにもありそうなエピソードが重ねられていて、例えばスカーレット・ヨハンソン演ずるPR担当の活躍のくだりなどは、本当にこういう影の活躍があったのだと言われても信じてしまいそうである。

この物語は真実と嘘を描く物語なのだけど、そういった意味では正直者を体現したキャラクターであるコール(チャニング・テイタム)と目的のためには嘘をつくことを厭わないケリー(スカーレット・ヨハンソン)の対比が面白い。対照的な二人がいがみ合いつつ、アポロ計画という野心的な目標に向かっていくのがいいし、その中で育まれていくラブストーリーもベタながらもアガる。

脇を固めるキャラクターたちもいい。この映画の真の主役は、コールとともに打ち上げに挑むヘンリー(レイ・ロマノ)を初めとする名もなきNASAの職員たちだということが物語後半になると次第にわかってくる。一度は捏造映像作りに手を染めてしまうケリーは、彼らの仕事の価値を守るためにコールとともに反撃に転じる。この最後のパートは一触即発の緊張感が漂っていて実に見ごたえがあるのだけど、この緊張を一気にぶち壊すのが物語の中で度々登場する猫であるというのが気が利いていて実に痛快。ついでに言うなら、最終盤まで実に陰湿で嫌な人物として描かれているニクソン大統領の側近であるモー(ウディ・ハレルソン)も物語が終わるや否や、あっけらかんとした好人物として去っていくのも面白い。「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」がここでかかるのはかわいすぎるでしょう。

映画『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』オフィシャルサイト

解釈違いだったけどこれはこれで…映画『違国日記』

いやー、なんか惜しいというか、原作読んでいなければ全く違和感なく「めっちゃいいじゃんこれ!」となっていたと思うのだけど、やはり原作が偉大すぎるんですよね。特に気になったのは空気感というかノリがなんか違うんですよね。笠町くん、豪快キャラとはいえ喫茶店であんな大きな声で喋らないでしょ、とか餃子パーティーの時のやりとりがなんかカジュアルだな…とか、あの原作の空気感を再現するのはやはり難しいなあ、と思った次第。あ、あとやっぱり最初の事故のシーンは蛇足な感じがするなあ。

とはいえ気になるのはそれくらいで、11巻分の話を上手くまとめているし、構図も撮影もとてもいい。特に原作でもやや分かりづらかったお父さん絡みの話をまとめてオミットしているので、映画としてのまとまりが良くなっていると感じた。中盤から後半は特に良いシーンが立て続けにやってくるのだけど、特に良かったのは体育館でのえみりのカムアウトの場面、誰もいない廊下を歌いながらスキップしていく朝、そして最終盤の槇生と母とそこから連なる槇生と朝の会話。撮影がいいと言ったのだけど、特に光と影のバランス、そしてロングショットの美しさが際立つ。

そしてやはり良いのが主演の新垣結衣と早瀬憩。特に早瀬憩はまさに思春期の「やわらかい」演技を上手くこなしていて素晴らしかった。本人の年齢とほぼ変わらないんだけど、それゆえに演技の巧さにい驚かされる。

原作を再読したくなるという意味では良い映画化だった気がする。

映画『違国日記』

クィアな視点のゲームレビューの面白さ:『フェミニスト、ゲームやってる』

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タイトル買いしたけど大当たりだった。

タイトル通り、フェミニストがゲームをやってレビューをするレビュー集。著者の近藤銀河は美術史研究者でアーティストでフェミニストでパンセクシャルで車椅子ユーザーの障害者という複雑な属性の持ち主(とはいえ私たちの誰もが複雑な属性を持っているとは思うのだけど)なので、「フェミニスト」というよりはクィアな視点から様々なゲームをプレイし、レビューを行っていくスタイルとなる。

レビューされるタイトルは『スプラトゥーン3』や『アサシンクリード・オデッセイ』といった有名タイトルからichi.ioなんかでしか買えないようなマイナーインディータイトルまで多種多様。そのいずれもがクィアあるいはマイノリティ的な視点からレビューがなされていて、こういった視点でゲームを解釈されるというのはあまり体験がなく、かなり新鮮だった。著者は様々なゲームについてクィアとして、あるいは障害者としての自分のパーソナルな体験をこれまでのクィア研究の流れに絡ませつつ、ここは素晴らしいがここは気になる、といったように解釈あるいは感想を残していく。気になる点がありつつも、すべてを否定することはなく、ゲームに対する愛のようなものを根底に置きつつレビューしていく柔らかさが印象的だった。

そして、クィアな要素を持つゲームが思いの外多いというのも意外だった。レビューを読んでやってみたくなったのは、例えば引越し後の荷物を開梱して配置していく流れから登場人物の人生を読み取っていく『アンパッキング』。これは読んでいてとてもやりたくなりました。

こういった様々なマイノリティ的な視点からのレビューというのはもっと読んでみたい気がする。