オリジナルを見ていないけど『蛇の道』(2024)を観る

オリジナル版未見ながらいかにも黒沢清らしい作品で良かった。最後まで動機がわからない謎の日本人女性を演ずる柴咲コウが良すぎる。特に毎回自転車で帰るのがいい。パリの郊外で自転車を漕ぐ柴咲コウ、馴染み具合がとんでもなく様になってる。

この柴咲コウとダミアン・ボナール演ずるアルベール・バシュレが娘を殺した復讐のために謎めいた組織の面々を次々に拉致していくというのが大筋の流れ。この拉致してくる連中が本当に関係者7日が全く見えないというのがこの物語の面白いところですね。さながら劇中に出てくる鎖に繋がれた囚人たちのような、ある種の「もどかしさ」が物語全体を覆っているわけですが、その表象として出てくるのが言葉の通じない慣れない土地で心を病んでいく西島秀俊であったり、柴咲コウの家で床を這いずり回るロボット掃除機であったりするわけですね。このあたりの表現がオリジナルではどういった処理をされていたのかも気になるところではあります。

映画『蛇の道』オフィシャルサイト 2024年6/14公開

おとなの社会科見学:『サイバースペースの地政学』

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タイトルに反してだいぶ泥臭い話でとても良かった。具体的にはインターネットを支えるインフラの話で、データの集積地たるデータセンターから海底ケーブルまで目に見えない「サイバースペース」の目に見える部分にフォーカスしているのがいい。しかもちゃんと現場まで自分たちの足で行っているのがさらにいい。さすがに海底ケーブルはケーブルシップの取材だけど。こういうあたりも実に泥臭くて良い。小宮山先生と小泉先生という中年男性二人が北は北海道から南は長崎まで、まさにおとなの社会科見学といった趣である。

内容的にもなかなか知らない知見が多いのも良かった。特に海底ケーブルをめぐる危うい状況を描き出す終盤のあたりが興味深かった。先日文庫化された『ヴィクトリア朝時代のインターネット』を読んでいたのでシナジー効果がかなりあったのもハヤカワの戦略も上手い。かなり良い一冊。

『ルックバック』の密度がすごすぎる

58分ですよ。1時間ない尺でこれだけのことをやってのけるとは…。

とにかく作画と演出が素晴らしいです。特に線の表現が新しい。エンドロールでは「動原画」なる見慣れない役職が筆頭でクレジットされているのだけど、これがこの表現を担っているらしい。具体的には動画で線をクリンナップしないのだとか。この線の表現、漫画的と言うか藤本タツキ的なんですよね。アナログの生々しさ。で、この線で描かれたキャラクターたちがガンガン動く。この演出もまた最高で。個人的にベストだったカットは卒業式のあとに京本の家から帰る藤野の場面。ここの芝居もいいし、テンポのコントロールも素晴らしすぎる。同じく、最後に京本の家から帰るシーンもいい。そんな場面が58分という尺の中に詰め込まれているわけですね。

絵については最初から期待マシマシだったんですが、意外なことに音響と劇伴もかなり良かったですね。劇伴についてはTLだと「うるせえ!」という意見もあったし、たしかに音量大きいなとは思ったものの、それにしても良いです。藤野が雪を踏む音とか、ペンをすべらせる生々しい音とか、細かい音響の部分も印象的。

そしてエンドロールがまた素晴らしい。これは観てもらわないとわからないとは思うのだけど、あの短い時間の中で大げさに言えば物語のエッセンスが詰め込まれている感じ。耐え難い悲劇のあとも仕事はあるし、人生は続いていくのだなあ。

劇場アニメ「ルックバック」

こんなにゲス顔と舌打ちが似合う主人公も珍しい:『トラペジウム』

アイドルものってあまり興味ないからスルーしようかと思ってたんですけど、あまりにも評判がいい(悪い)ので観てみれば、これが10年に一度とも言える怪作にして快作!

主人公である東ゆうの狂気と執念が物語をぐいぐいと駆動していくイカれた構成が最高!策士という言葉が似合いすぎる主人公。ついでにゲス顔と舌打ちもこんなに似合う主人公にしてアイドルってのもそうそういないですよね。何もない状態からアイドルに成り上がっていくわけですが、映画一本の中で間に合うのかと思っていると、東さんの剛腕によって爆速でアイドルデビューし、…そしてあっという間に瓦解していく…!興亡記ものが大好きなのでこの展開はかなりしびれますね。そして崩壊した後が本編以上に良いんですよね。アイドルものという枠に囚われずに観ておいて良かった。

映画『トラペジウム』公式サイト

不協和音がどことなくアピチャッポン:『関心領域』

音響映画。冒頭から真っ暗な画面を背景に鳥のさえずりや小川の流れといった環境音が流れてくる。背景情報を知らなければドイツの片田舎の一家の日常風景。特に家の中からでなければ。かすかに何処かから聞こえてくるくぐもった音や銃声、不協和音だけが悲劇の片鱗を伝えてくる。想像力を強く試される映画。

特に夜間の場面で、闇の中に反響してくる遠くの音が本当に不気味。塀で隠したとしても収容所の音は亡霊のようにつきまとってくる。不都合な現実に目を背けつつも、そこから完全に逃れられないという点は現代に生きる我々にも響いてくる。

今年必見の映画。

映画『関心領域 The Zone of Interest』オフィシャルサイト