『井上俊之の作画遊蕩』:マニアックすぎるので作画ファンは必読。

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現代アニメシーンを代表するカリスマアニメーターである井上俊之さんによる対談集。対談相手ももちろん豪華でレジェンド・友永和秀さんからWeb系の代表格とも言える山下清悟さんのような若手のアニメーターまでバラエティも豊か。

業界歴の長い方なので、話題も実に多様で、『AKIRA』の現場の思い出話から安彦良和さんの手の早すぎるエピソード、『空飛ぶゆうれい船』のエフェクトの話、最近のものだと『鉄腕バーディー DECODED』や『ワンダーエッグ・プライオリティ』までまさに縦横無尽。井上さん、最近のものまでちゃんとチェックしてるのがすごいんですよね。このパートは誰々の作画で…というのも的確に当てているのもすごい。

面白いのが、本を読み勧めていくうちに、この本の裏のテーマが次第に浮かび上がってくるのも面白いポイント。この裏テーマというのが、「アニメーション制作のフローにおけるレイアウト制」というマニアックすぎるもの。作画というだけでも割とハードルがあると思うのだけど、レイアウト制に至っては完全に業界の人向けの話題で、正直めちゃくちゃ面白い。自分もこのあたりは一回読んだだけではほとんど理解できていないので、周辺の知識を蓄えて再度読んでみたいところ。ただ、井上さんが現在の業界の現場において問題だと考えているポイントが分かったのはとても良かった。

分量自体はそれほどでもないですが、中身の濃さが凄まじい一冊です。おすすめです。

『花四段といっしょ』、4巻のメインは朝顔さん。

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安定して面白い増村十七先生の将棋コメディ。最新4巻の主役は踊朝顔三段。彼女が四段、つまりプロ棋士になるための奨励会三段リーグの戦いを描く…のだけれど、この漫画の面白いところは肝心のリーグのパートをほとんど描かないという点だろう。むしろリーグに至るまでの、彼女の周りの人間関係をコミカルに、そして若干シニカルに切り出している。特に印象的だったのは、かつて彼女と同じように三段リーグに挑み敗れていった元奨励会三段の女流棋士・田名ぼたんのエピソード。個人的にこういった「何者にもなれなかった人々」を、ある種の悲しみを持ちつつ、肯定的に描いていく物語はとても好みだ。また、同じように「何者でもない」ただの主婦である朝顔の母親との関係を描く話もいい。この巻の主人公は朝顔だと言っていいと思うのだけど、しかし確かに朝顔の母親も自分の人生の主人公なのだろう。その意味で、この巻で本来の「主人公」である花四段がほとんど出てこないことは示唆的だ。この物語に出てくる登場人物は誰もが主人公になりうるポテンシャルを秘めている。それはこの作品の大きな魅力の一つだ。

『クラユカバ』/『クラメルカガリ』:自主制作感あるけど面白い。

この手の明治大正的な世界観の作品ってわりとありがちだけど、ここまでコテコテなのは最近あまり観ないよね。そういった意味で人を選びそうな作品ではある。個人的には、明治大正的な文化風俗をベースにしつつ、時代錯誤的な超技術による多脚戦車がいたりする世界観はかなり好きなのだけど、演出がコテコテを通り過ぎて暑苦しいほどなのはどちらかというとあまり好みではない。

これ2本立ての前後編的なものだと思っていたら、世界観はほぼ共通の全く別の話が展開されるので驚いた。どちらも60分程度なのでサクッと観れるのはありがたいし、世界観が魅力的なのでどんどん横展開できるのではないかなという気はする。『クラユカバ』は謎の失踪事件を巡る探偵もの、『クラメルカガリ』は炭鉱都市の地下に眠る秘密を巡る話。どちらも面白いが、個人的には『クラユカバ』の方が物語がよりシンプルで良かった。やや投げっぱなしという感じはあるけれど。ヒロインのタンネが大変かわいらしい。身辺警護役のトメオミのキャラクターもあまり見ない感じで面白かった。

特に魅力的なのは美術とメカデザイン。多脚戦車はなんというかこう、工業製品っぽい感じが良くて動きも楽しい。列車も地味にいいよね。

劇場長編アニメーション映画「クラユカバ」「クラメルカガリ 」公式サイト

『ゴジラ×コング:新たなる帝国』はモスラがキモくて良い

わざわざIMAXで観たのに前半退屈すぎてちょっとだけ寝てしまった…。そんなことあるかよ…!という感じですがあるんですね。こりゃあかんと思って観ていたんですが、後半のはっちゃけっぷりが凄まじかったのでプラマイ+100点です。Twitterで誰かが言っていた「めちゃめちゃ金かけたチャンピオンまつり」は言いえて妙。まさにそんな感じ。トンチキな脚本、無駄に派手なアクション、「そうはならんやろ」な展開…。パワーハウス計画のノリノリのアタッチメント装着がかっこよすぎるとか敵の親玉がイキってるチンピラのおっさんで地味すぎるとかあの冷凍怪獣だけで氷河期をもたらすのは無理だろとかミニコングの絶妙なキモさとかコングがたくさん出てきすぎて縮尺がよくわからなくなるとかハッピーエンドの雰囲気だけどめっちゃ人死んでるよね?とか反重力バトルの当たりがよくわからんとか、まあ言いたいことが山ほどあるんですが、なんかノリでスルーっと終わりまでやっちゃったのは良かったですね。あ、あと上にも書いたけどモスラがキモすぎる。遠くで飛んでる分にはいいんだけど、ちかくに来るとキモい。なんでこんな解釈になるんだ。まあいいんだけど…。なお、一番の見所はコロッセオでお昼寝するゴジラですね。猫感がすごい。

映画『ゴジラxコング 新たなる帝国』公式サイト

「ライトアップ木島櫻谷― 四季連作大屏風と沁みる「生写し」」@泉屋博古館分館

泉屋博古館分館で定期的にやってる木島櫻谷特集。今年の目玉はなんといっても「四季連作屏風」!第1室がこの連作屏風のためだけに設えられているのだけど、ここだけでお値段以上の満足感。全面金地の華やかさに抽象化されたグラフィカルな櫻谷の自然表現が映える。特に良かったのが《燕子花図》(1917年)。極限までにシンプルな燕子花の描写が実にいい。実はこの直前に根津美術館で光琳の方の《燕子花図屏風》を観てきていたので、期せずして見比べることができたのは面白かったです。

今回の展等会のもう一つの軸は「生写し」。櫻谷は写実的で可愛らしい動物画も魅力的ですが、京都四条派の「生写し」の文脈から語られているのが良かったです。お馴染みの鹿も良かったのですが、毛並みのふさふさした感じが素晴らしい《秋野老狸》が印象的でした。第3室ではあまり観たことのない《獅子虎図屏風》(1904年)もあり、これも屏風の大きさやライオンの描写の細やかさがとても良い感じでした。

総じて質の良い作品が揃っており、個人的には今年ベストの展覧会の一つとなりました。

企画展 ライトアップ木島櫻谷― 四季連作大屏風と沁みる「生写し」