目次
- 明兆《五百羅漢図》が良すぎ。@「東福寺展」
- このワープの解釈は思いつかなかった。林譲治『工作艦明石の孤独4』(完結)
- 立川監督天才すぎる:『BLUE GIANT』
- 劇中のエッセイがひたすらに名文。『ザ・ホエール』
- マンネリ感のないシリーズ最高傑作!『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME3』
- 全く期待してなかったのに…。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』
- 貯めるなあ。『劇光仮面』第3巻
- さらにクセになる独特のテンポ。『放課後ひみつクラブ』第2巻
- 立ち飲みに行きたくなる漫画。『一級建築士矩子の設計思考』第2巻
- 網羅的かつマニアックの良書:冬木糸一『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』
明兆《五百羅漢図》が良すぎ。@「東福寺展」
東京国立博物館の東福寺展へ滑り込み。ゴールデンウィークだというのに(普段の基準からすると)ガラガラで驚きました。やっぱり地味すぎるのかな…。かくいう自分も東福寺全く知らなかったわけですが。
見どころは東福寺を中心に活躍した絵仏師、吉山明兆の作品群。今回の展覧会では全5章の構成のうち第3章がまるまる明兆に当てられていてたっぷりとした見応えでした。明兆、よくみるスタイルかと思いきや、エフェクト作画(雲とか水とか)がすごくポップでかわいいんですよね。
今回は明兆の《五百羅漢図》も出品されていたんですが、こちらは羅漢たちの袈裟の色彩設計が素晴らしく。と、よくよく考えてみると五百人の羅漢たちを区別するための工夫なのかな、とも思ったり。これだけキャラが多いと持物だけだと難しそうですし。《五百羅漢図》は展示も面白く、各場面の内容が漫画で示されていたりする工夫も良かったです。
最後の第5章では東福寺の仏像群が集合していてこちらも見応えがありました。総じて人が少なく、ゆったりと観ることができて良かったです。いやもっと入ってくれないと困るけども。
このワープの解釈は思いつかなかった。林譲治『工作艦明石の孤独4』(完結)
林先生のシリーズ、刊行スピードが早すぎて前の巻のことを忘れないのはいいんだけど、あっというまに終わってしまうという印象がある。4巻まで出てたら普通は3、4年のイメージなんだけどなあ。
ともかく、最終巻。一気にまとめにかかっていて駆け足感は否めないけれど、それでも十分面白く堂々とした完結。2巻、3巻で焦点になっていた150万人の星系存続問題は割と早々に解決してしまってそこは割と拍子抜けだったんだけど、この巻の最大の読みどころはそういえば忘れてた「ワープって結局なんなん?」という問題への解答仮説。ネタバレになるので詳しくは書かないけれど、宇宙の時空構造にがっつり絡んだ理論が展開されるくだりは、名作『虎よ!虎よ!』や近年の傑作テレポートSF『スターシェイカー』を連想して素晴らしかったです。…ぶっちゃけ難しすぎて一回で完全に理解できなかったので後でちゃんと読みます。
問題は最後まで「孤独感」がなかったことだなあ。最後のあれはやや孤独とは言えるけどそれでも15万人いるわけだし…。
とはいえ最後まで楽しませてもらいました。林先生お疲れ様でした。次回作もファーストコンタクトものになるんでしょうか?楽しみにしてます。
立川監督天才すぎる:『BLUE GIANT』
正直あまり興味なかったんだけど、タイムラインでの評判があまりにも良いのと、調べてみたら立川譲監督ということで観てみた。いやー、これはすごい!なんで全く話題になっていないんだろう…。
序盤、やたらと美術がいいなあ…と思って観ていると中盤以降はBONSEのアクションアニメばりの怒涛のライブシーンが続いて圧倒される。演奏技術をスタイリッシュに見せていくというありがちなライブシーンではなく、ある種のミュージックビデオ的なトリップシーンをこれでもかと見せつけてくるアニメーションならではの演出には思わず見入ってしまった。日常芝居の演出もよく、影の部分に斜線が入る漫画的な表現も面白い。
構成がまた上手くて、これを観てから原作買ってみたんですが、原作の方は仙台編がかなり長いんですね。映画の方はさすがに尺がないのでこの部分はばっさりカットして東京編をたっぷり魅せる構成。仲間が集まってライブをこなして、大きな舞台へー、というある意味で定番の展開なのですが、そのオーソドックスな構成が実に上手い。3人の主人公を順番に丁寧に深掘りしていく手際の巧みさ。特に雪祈が成長するパートがいい。仲間たちとのやりとりも含めて。大舞台の前に嫌なことが起こりそうな雰囲気があって、実際にいやーなことが起きるんですが、その後のクライマックスの展開も素晴らしく、ああいう展開は想像もせず、期せずして涙してしまいました。さすが立川監督というウェルメイドな作品で素晴らしかったです。
劇中のエッセイがひたすらに名文。『ザ・ホエール』
「赦しとは何か」という話。家族と疎遠になっていた男が自らの人生と向き合うという、筋書きとしてはシンプルな話なのだけど、咀嚼するのに時間がかかる作品。肥満症で死期の近い主人公チャーリーの部屋で展開されるワンシチュエーションの映画ですが、なるほど元はお芝居なんですね。
272キロという巨漢を演じたブレンダン・フレイザーのビジュアルがとにかく目を引く作品ですが、その他のキャラクターも魅力的で、特にチャーリーの家にたびたび布教に訪れる新興宗教の教会員トーマスがよかった。彼の背景はざっくりとした語られないのですが、彼が最後に至る場所は、これもまたキリスト教の「放蕩息子の帰還」を彷彿とさせるエピソードであるのも面白い。それもチャーリーの娘であるエリーの悪意のある告発によって救いがもたらされるというあたりに、人生の持つ偶然性の面白さのようなものが詰まっているような気がします。
そして、劇中で何度も語られる『白鯨』に関するエッセイ(感想文)。これがとんでもなく素晴らしい。特に「彼らは自分の人生を少しだけ先送りにする」のあたりはチャーリーの人生と重ね合わせられることもあって、預言的な意味合いを持っている点も面白く、このエッセイでチャーリーが救われていくラストの展開は音楽も相まって実に素晴らしい。
重めのテーマなのですが、今年必見の映画です。
マンネリ感のないシリーズ最高傑作!『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME3』
ジェームズ・ガン、毎回「まあ一応観に行くか…」みたいなテンションで観に行くんだけど、観終わると毎回「最高傑作すぎる!」と叫びだしたくなる変な監督。
で、今回も過去最高の出来でした。「言うてマンネリじゃない…?」と思っていたのだけど、特にビジュアル面でこんなん観たことないわ!というのをこれでもかと繰り出してくるのがすごい。メインとなる冒険の舞台が3つあって、まあ最後の決戦の舞台はよくある宇宙要塞なんだけど、その前に訪れるオルゴ・スコープ社とカウンターアースという二つのロケーションが、これまで様々なSF作品を観てきた自分にとってもかなり新鮮だったのでした。
オルゴ・スコープ社は軌道上に浮かぶ企業の拠点なのだけど、全体が有機体で出来ているというのが面白い。有機体というか肉の塊が宇宙に浮いてるイメージでこういうのはあるにはあったけど、なかなか珍しいよね。表面もぶよぶよしていて、まさに「肉!」という感じなんですよね。連想したのは『風の谷のナウシカ』原作版の「シュワの墓所」。
カウンターアースは今回のヴィランであるハイ・エヴォリューショナリーが創造した第二の地球。面白いのが主人公であるピーター・クイルが連れ去られた80年代の地球を模倣しているという点で、着陸してみると知性化させられた動物たちがいかにも80年代のアメリカの住宅街で暮らしているというのが実にセンス・オブ・ワンダーで感動してしまいました。着ているものも室内の様子も流れている音楽もいかにも80年代のアメリカなんだけど、微妙に全く違っているというトワイライトゾーン的な面白さ!それだけにこの魅力的な場所がなくなってしまう展開はちょっと残念でした。この倒錯した世界が物語結末にクイルが下す決断の伏線になっているのも上手い。
で、今回の話のメインは知性化アライグマであるロケットの誕生譚。筋書きとしてはオーソドックスな話なのだけど、回想シーンでの仲間の知性化&機械化クリーチャーたちの絶妙なデザイン、彼らとの交流といったあたりはかなり胸に来るものがあります。現代パートではいつものメンツが仲間のために奮闘するわけですが、その中でもやはりドラックスの活躍が最高。もはや画面に出てくるだけで面白い。冒険には同行しないけど、しゃべるソ連犬コスモのいじけぶりと終盤の活躍もかなり好きでした。総じて会話のやりとりの軽妙さとテンポの良さが実に素晴らしく大満足。次回作までまた結構待たされそうなのだけが気がかりですが…。
全く期待してなかったのに…。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』
企画が発表されて時は「いや、いまさらこんなん誰が観るんよ。ヒーローがお姫様を助けにいくアクションゲームでしょ??」と思ってたんですが、公開が近づくにつれて期待値がうなぎのぼりになっていった奇跡の映画。予告編観ただけで一気に「面白そう!」と思ってしまったから仕方ないよねえ。
内容自体はオーソドックスといえばオーソドックスなのだけど、とにかく膨大な小ネタが散りばめられていて、40年近い歴史を誇る「スーパーマリオブラザーズ」というIPの強さを感じさせる。さらにそれらが物語の中に巧みに組み込まれている点も上手い。例えばただの人間であるマリオがパワーアップするためのキノコであったり、異世界と現世をつなぐポータルとしての土管といった要素は、この映画で最初にシリーズに触れる人間にとってはわけがわからないと思うのだけど、ゲームという原作を通ってきているのでほとんど何の違和感もなく受け入れられる。膨大な小ネタの中で個人的に良かったのはレインボーロードでのショートカット。
ゲームではほとんど語られていないキャラクターに深みが与えられている点も素晴らしく良い。例えばマリオとルイージはブルックリンに住むイタリア移民の一族というバックボーンが与えられ、落ちこぼれが兄弟愛によって結果として異世界を救うというストーリーが成立している。クッパが真剣にピーチ姫に恋しているという設定も良かった。クッパが弾き語り(!)でピーチへの愛を語るシーンはめちゃくちゃ笑えるのだけど、一方で彼の一途な思いを感じられるシーンでもある(そのために彼が起こした侵略行為の評価はまた別の話)。
全編、膨大な原作ネタを散りばめた本作だが、まだまだ出し切っていないことは原作をやっている人間には一目瞭然だし、エンドロール後の映像を観ると製作陣も続編をやる気バリバリのようだ。
貯めるなあ。『劇光仮面』第3巻
てっきり2巻最後に起きた一家消失事件をやるかと思ったら脇道に逸れていく意外性のある展開が面白い。作品スタイルの違う円谷特撮と東映特撮を撮影スタイルの対称性からコスプレ自警団の決闘に落とし込んでいく展開があまりにも巧くて唸ってしまった。特殊効果を主とする円谷の特性を相手に想像させることにより擬似的に再現するくだりなどとてもいい。
そしてこの巻でも最後の最後に不穏な展開が…。今は伏線を張っている段階なのかな。貯めて貯めて…どーん!という展開が来るのを期待。
それはそうとしてデート相手にそれなりに高そうな店を当日キャンセルさせる真里りまは社会人としてどうなんだと思ってしまった…。
さらにクセになる独特のテンポ。『放課後ひみつクラブ』第2巻
新キャラの高木くんも悪魔もいかにも福島先生っぽいデザインで最高。黒薔薇さんとの文芸対決、無意識に「やってしまう」くだりで笑った。ギリギリアウトすぎる。「ユーカリの葉学園 校歌」とか冷凍食品になっちゃった蟻ヶ崎さんとかバラバラになっちゃった猫田くんの魂の戻し方とか細かくネタを突っ込んできて飽きさせない展開。やっぱり蟻ヶ崎さんと猫田くんの会話が常に面白いよね。奇跡。
立ち飲みに行きたくなる漫画。『一級建築士矩子の設計思考』第2巻
地味ーに今かなり面白い漫画の一つ。衣食住の中で今まで食ばかり注目されてきたけど、ようやく衣と住の漫画もぼちぼちと出てきましたね。
第2巻の目玉はやはり矩子が一級建築士となった受験エピソード。このあたり全く知らない分野なのでとても面白かったです。中でも後半の「製図試験」が見どころ。前半の理論試験は正直地味で作者も描くのに苦労しただろうなあ、と思うのですが(それでも建築面積の引っ掛け問題のあたりは面白い)、後半は令和3年度の実際の製図試験が出てきて、矩子の思考の過程を見せる展開でめちゃくちゃ盛り上がる。何気にタイトルも回収してるし。そして、実際の回答も載ってるのがすごい。本当に解いたのか、というね。気合い入ってるなあ。
あとこの漫画読んでると亀戸に行って酒を飲みたくなるんですよね。出てくる酒もつまみも美味そうで…。梅田屋良さそうだし、近場で上野の肉の大山も行きたい。ネタを出すのが大変そうだけど続けてほしいなあ。
網羅的かつマニアックの良書:冬木糸一『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』
「基本読書」でおなじみの冬木糸一先生によるSF書評本。「宇宙開発」「戦争」「ジェンダー」といった17のテーマごとにいくつかの作品を紹介していくスタイルですが、古典から最新作まで縦横無尽にわかりやすいのはさすがの冬木先生といった感じ。「すべての人のためのSF入門書」を標榜しているのだけど、初心者はもちろん、SFファンでも楽しめるないようになっているのが嬉しい。初心者が楽しめるばりばりのエンタメ作品が紹介されているのはもちろん、本書で紹介されているほとんどの本を読んでいるであろうSFファンであっても新たな視点を得ることができたり、「そういやこんな作品あったなあ…」と思い出したりといった効用があります。あと単に読んだことないやつのリストになるし。個人的には「仮想世界・メタバース」の項で『セルフ・クラフト・ワールド』が紹介されていたり、「管理社会・未来の政治」の項でややマイナーな『ザ・サークル』が紹介されているのが良かったですね。「わかってるじゃん」感。
ちょっと分厚いけど、文章はいつも通り読みやすくわかりやすく、これからSFを読もうと思っている人にとてもおすすめ。
コメントを残す