今月のベスト1冊

ザック・ジョーダン『最終人類』(上下)

スケール感パないっすね!


 「”最終人類”とはまた大きく出たなあ」という第一印象なのだけど、たしかに原題も”THE LAST HUMAN”だし主人公のサーヤは人類最後の生き残りだしで何も間違ってはいないのだった。まあ「最終人類」、直訳ですらないしちょっとよくわからないのだけど、インパクトはある。ざっくり言うとあさりよしとお『宇宙家族カールビンソン』のスペシャルハードモードみたいな話…からのデヴィッド・ブリン&グレンラガン?という感じ。

 舞台はクッソたくさんの種族が所狭しと暮らしている〈ネットワーク宇宙〉。星々は〈ネットワーク〉の元に唯一の安全な超光速移動網で繋がり、人々は埋め込まれたネットワークインプラントによって常に世界と繋がって、〈ネットワーク〉の提供する絶対的な秩序のもとに5億年の繁栄を謳歌していた。主人公の少女サーヤはウィドウ族のシェンヤの養子として辺境の水採掘ステーションで暮らしていたが、やがて彼女に過酷な運命が訪れる…。

 魅力な点はいくつもあるのだけど、やはり一つには140万種もの知的種属(『ネットワークへようこそ!』改定5600109c版より)がひしめき合って暮らしている〈ネットワーク〉宇宙という設定の面白さ。よくあるスペースオペラと言えばそうなのだけど、スケール感が具体的な数字で迫ってきて迫力がある。合間合間に〈ネットワーク〉加入種属向けのガイドブックの文章(上に出した『ネットワークへようこそ!』ね)が挟まれるのだけど、例えば「約100万年前に加入星系が10億突破!」とか「ネットワーク空間は10億の星系が収まる8立方光年の空間」なんて数字がポンポン出てきて頭がクラクラする(ちゃんと「あなたがたの知性では理解が難しいかもしれませんが…」なんて注意書きがあって笑ってしまう)。そしてもう一つがこの多様なネットワーク社会が厳格な知の「階層」によって分け隔てられているという点。運搬カーゴみたいなbotを含めたあらゆるものに知性があってネットワークに接続されているのがこの社会の特徴なのだけど、例えば2階層以上でないと「法定内」知性と認められず基本的人権がもらえないとか、階層が1上がると知性が12倍になるなんていう設定がいい。1階層上の知性種属は下の階層から見るとさながら神のような存在になるのだけど、上にはさらに上があって、さらに彼らが一応は同じ世界で暮らしているというのが実に魅力的だ。上位種属によって知性化させられるという要素もあり、このあたりは同じように多様な種属が暮らす世界を描いたデヴィッド・ブリンの〈知性化シリーズ〉の延長線上のような感じもある。

 主人公のサーヤは異種属に育てられた「最後の人類」なのだけど、この宇宙では「人類」が忌み嫌われていて、「なんでそんなに…??」という謎が彼女の来歴をたどっていくうちに次第に明らかになっていく。前半こそは賞金稼ぎに狙われて故郷を追われたり、毛むくじゃらの宇宙人や気難しいアンドロイド、3階層に位置する上位種属の毛玉(ちなみに人類は2階層よりちょっと上くらい)、知性のある与圧スーツ(イレヴンさん…)といった愉快な宇宙人たちと旅をするスペースオペラなのだけど、下巻に入り謎めいた集合精神種属「オブザーバー属」が登場するあたりになるとサーヤは宇宙を支配する上位知性たちの陰謀に巻き込まれ、壮大なスケールの物語が展開していく。いやー、アップテンポで面白さが加速していくので最後まで一気呵成に読んでしまった。キリがいいといえばそうなんだけど、これからの展開を感じさせるところで終わってしまうのでなんとか続刊を出してほしい!

 ところで下巻の帯は『われらはレギオン』シリーズのデニス・E・テイラーが惹句を書いてるんだけど、「ここしばらくの間に読んだもののなかで最高のSFのひとつ」っていつでもどこでも使えて万能すぎて笑ってしまった。なんか他に言うことあるやろ!笑

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

大森望編『NOVA 2021年夏号』

毎年恒例、はずれ無しのSFアンソロジー

 1年4ヶ月ぶりの「NOVA」。待ってました!今回もはずれ無しの書き下ろし全10編。○リンピックという単語を使わずに強烈な皮肉をかます冒頭の高山羽根子先生の「五輪丼」に始まり、こないだ日本SF作家クラブの会長に就任した池澤春菜先生の堺三保先生原作のハートフル宇宙SF「オービタル・クリスマス」、あの酉島伝法先生が造語を全く使わないで紡ぎあげた巣ごもり美食不条理SF(?)「お努め」などなど傑作揃い。その中でも特に良かったのは以下の3編。

 柞刈湯葉先生の「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は近未来の月面で行われるどこかのんびりした戦争を描いた作品。酸素切れの緩慢な死を待つ二人の月面生まれによる会話劇で、時々眼下の平原で砲弾を撃ち落とすレーザーがきらめく。戦っているのは地球と月面都市で、土の土を固めて作った砲弾を撃ち合い、双方がAIの算出したスコアを元にして戦闘を進めているという「管理された戦争のバカバカしさ」のようなものがにじみ出ている。タイトル通りに、二人の会話は次第に不穏な空気を帯びていく。「人間たちの話」にも通ずるところがある人間ドラマが素晴らしい。

 坂永雄一先生の「無脊椎動物の想像力と創造性について」は一人の女性科学者が作り出した新種の蜘蛛によって全域が蜘蛛の糸によって覆われてしまった京都が舞台。日本政府はようやく京都全域の一斉焼却を決定し、建築家である”わたし”は調査のために学生時代を過ごした京都大学へと調査のために足を踏み入れる…。蜘蛛に覆われた京都という激エモな舞台もさることながら、タイトルにある通り「想像力」と「創造性」の話に着地しているのが素晴らしい。終盤のカタストロフのあたりは人間と蜘蛛の「想像力」対決という様相で大変面白い。さらにこの状況が現在のコロナ禍とも通底している点も見逃せない。ところで、京都の一研究室が世界の破滅に繋がっていくあたりはやはりエヴァを連想してしまいますね…。

 野崎まど先生の「欺瞞」。過去と未来を感覚できる全知全能生物たちが主人公。種族的な精神の熱的死へと向かっていたこの種族の中からある時「くじ」を発明する者が現れる…。「あらまほしいビット」と「忌まわしいビット」で構成されたこの「くじ」のあたりから不穏な雰囲気が漂っているのだけど、さらに「非常にあらまほしいビット」が登場するあたりからどんどん次元が低くなってきて…。いやー、この発想は無かったわ。「∴方式」とかずるいわ。冒頭もかなり低次元なところからスタートするのが「??」だったんだけど、なるほど、こういう流れかー。めちゃくちゃおもしろい。それにしても○○○○とか○○○とかを高次元的に表現するとああなるのか。よく出来た詐欺みたいな作品。今年の短編ベストに入れたいな。

『この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選』

パワードスーツって言ってもいろいろあるんすね

 「パワードスーツSF傑作選」である。「ミリタリーSFって苦手なんだよなあ…」と思って読み始めたのだけど、古典的なコテコテのミリタリーSFはむしろほとんどなくて、パワードスーツというガジェットからこれほどまでに多彩な世界を作り出せることに驚かされた。異星海洋SFあり、時空間ラブストーリーあり、歴史改変SFあり…と盛りだくさん!原著の”Armored”は2012年の出版で23編が収められているのだけど、本書はそこからさらに12編を厳選している。傑作選の傑作選なのでまさにはずれ無し。加藤直之先生の扉絵も見ごたえがある。特に気に入ったのは以下の3編。

 表題作であり冒頭に置かれたジャック・キャンベルの「この地獄の片隅に」。ニッフルハイムという惑星に降下した主人公たちの舞台は”地獄の片隅(ヘルズ・ハーフエーカー)”と呼ばれる荒れ地に陣地を築き、異星人カナリア族との戦闘に明け暮れる。次々とやってくる中尉は着任するやいなやあっという間に戦死し、有毒な環境に置かれた主人公たちはアーマーから出ることもなくすでに一ヶ月を過ごしていた…。という出だしこそは古典的なミリタリーSFなのだけど、「めちゃくちゃ賢いAI付きのパワードスーツ」という設定が次第に不穏な空気を醸し出し始め、ブラックユーモアSFショートショートのようなオチへとなだれ込んでいく。

 アレステア・レナルズの「外傷ポッド」もブラックなオチが面白い一作。戦場で負傷し「外傷ポッド」に収容された偵察兵マイク。遠隔地の基地から女医のアナベルによって治療を受けつつ救出を待つが…。この外傷ポッドは警備用の人形ユニットと接続することが出来るので広義のパワードスーツと言えよう。治療の中でアナベルと会話を重ねていくうちにマイクとスーツとの境界が曖昧になっていくのが面白く、パワードスーツというガジェットの本質的な部分を切り出しているように思われる。しかしレナルズとか久々に読んだなあ。

 ショーン・ウィリアムズの「N体問題」はパワードスーツSFというには微妙…かと思って読んでいるとオチでまさにそのパワードスーツが問題となるのであった。「ループ」と呼ばれるワープゲート網で繋がれた世界。そのどん詰まりにある163番目のハーベスター星系に流れ着いたアレックスはメカスーツに身を包んだ謎めいた女性に出会う。古代の異星人が遺したワープゲートを頼りに多様な異星人たちが暮らす宇宙という設定も魅力的なのだけど、先行きのない世界に取り残された男女が先に進むという普遍的なラブストーリーでもあって、さらに「壊れたワープゲートの謎」というミステリーも絡んできて、SFとしても実に出来がいい。頑なにスーツを脱がないアイの正体も絶品。

林譲治『大日本帝国の銀河 2』

オリオン太郎の好物はアンパンになったらしいです

 巨大な四発爆撃機で(自称)異星人たちが世界各地に乗り付けるという衝撃的な出だしから始まった前巻から、じわじわと世界が変化していく第2巻。物語が決定的に動かないのはもどかしくもあるが、明らかに壮大な物語が展開する”ため”であるのがわかるので、食い入るように読み切ってしまった。今巻は政治策謀劇といった趣。

 ファーストコンタクトものであるので、やはりメインとなるのは謎の宇宙人「オリオン太郎」たちオリオン集団の得体のしれなさだろうか。今巻でも主人公の一人である秋津教授とオリオン太郎との会話などを通じて彼らの正体が次第に明らかになっていく…わけではなく、読んでいるとさらに彼らについてわけがわからなくなってしまった。作中で秋津教授が考察しているように、よくある全体主義な思考共有異星人でもなさそうだし…。前作である『星系出雲の兵站』シリーズもファーストコンタクトものとして比類なき面白さだったのだけど、今作は全く別のベクトルから突っ込んでくる。浴衣を着てアンパン(羊羹から嗜好が変わってるのはなにかのヒントなのだろうか?)くわえながら、のらりくらりとうなぎのように会話を交わす宇宙人なんて聞いたこと無いよ!

 オリオン集団の出現によって少しずつ世界が変わっていくのも面白い。舞台となる1940年はフランスを占領したドイツとソ連との間で緊張が高まっていて、日華事変は泥沼の日中戦争に突入しているという状況。オリオン集団と接触している「時局研究会」は新体制運動を通じて統帥権を制御することで破滅的な開戦を避けようと画策していく。ファーストコンタクトものなのに憲法改正がテーマに上がってくるSFもなかなかないよなあ。オリオン集団経由のテクノロジーがじわじわっと流れてくるのもよくて、1940年の日本で「HELLO WORLD」が出力されるくだりとか、歴史改変SF大好き人間には大好物すぎる。次巻でどのように史実が変わっていくのか、楽しみでならない。

川西ノブヒロ『黄泉比良坂レジデンス』第1巻

地獄にもタワマンってあるんだ!

 『いい百鬼夜行』でほわほわした妖怪たちと人間との交流を描いた川西ノブヒロ先生の新刊。卒業記念でランドにやってきたちまき・理智・エリコの女子高生3人組は謎の扉をくぐり地獄へ迷い込んでしまう。彼らが現世に戻る方法は唯一つ。地獄のタワマン「黄泉比良坂レジデンス」の最上階に昇ること。かくして3人はタワマンの住人たちに認められるため、108階あるこの超高層タワマンでメイドとして働くこととなる…。

 『いい百鬼夜行』でもそうだったんだけど、デンジャラスな物語の先行きをほんわかなところに着地させる展開の妙が絶品。初っ端から地獄のエリート獄卒・馬頭に対して「やりがいのある職場なんですね〜〜!!」なんて言ったりするし。その解釈も癖があっていい。あるいは水子の霊が延々と石積みをさせられる「賽の河原」のエピソードでは、かなりセンシティブなこのテーマを上手く料理してポジティブな展開へと持っていく。地獄なのでもちろん緊迫感があるのだけど、どうやってここから明るい話に持っていくのかが気にさせてしまうのが物語に力強さを与えている。奪衣婆のエピソードから唐揚げレモンに持っていくのとか天才すぎる。

 主人公3人はメイドだけどよくある萌っぽい絵柄でないのもいい。むしろちまきなんかはおっさんみたいな表情が多くて逆に可愛かったりする。「就活でここしか受からなくて…」のコマとか好きすぎる。台詞回しも小洒落ていていいんだよなあ。読んでいて楽しいテンポだし。

 そういえば読んでる最中、台詞回しとか画風とか、前作以上に石黒正数先生みを感じだたんだけど、この二人なんか関係があるのかなー。『いい百鬼夜行』の帯も石黒先生が書いてるし。

町田メロメ『三拍子の娘』第1巻

三人娘が彩る日常のリズム♪が楽しい

 めちゃくちゃ面白れ〜〜!!表紙買い、タイトル買いで外したことってまあ無いんだけど、これも大当たりだった。母を亡くし、父が思いつきで出奔してしまった折原家の三姉妹。都内のマンションで一緒に暮らす彼らの能天気な暮らしぶりを描く好編。「『海街diary』じゃん」。そう言われるとそうなんだけど、こっちはマジで能天気でハッピー、それでいて日常の中にある感情の機微を鮮やかに描き出す。

 なにより表現がいい。高野文子か近藤聡乃かというざっくりしたストロークのタッチ、タイトルの三拍子を思わせるリズミカルな構図、大胆な大ゴマの使い方も楽しい。「マルセイバターサンドだ」のコマとかほんと好き。マルセイバターサンドの強さをここまで的確に表した表現、史上初。黒と赤のオール二色刷りというのも雰囲気が出てて、昭和のかおりが漂う。フォントもいい。とらちゃんが同僚の腹に一発入れるときの「ドス」のフォントとか。

 物語は一編8ページの彼女らの日常の積み重ねで出来ている。この8ページという数の織りなすリズムも心地よい。そして、その8ページの中で彼女たちは日常と非日常とを軽やかに歩き回る。例えば長女のすみは喫茶店での編集者との打ち合わせで「自分の人生はサバンナで眠るインパラの見る夢なのではないか」と想像し、三女のふじは嵐の前の曇天に美しさを見出す。アイスクリームから夏の死、そしてトイレットペーパーの潔さへと話が移り変わるエピソードなどは実に印象的だ。母の死と父の出奔にからくる喪失感によって彼女らのそばには死の影がちらついているが、それ以上にリズミカルな日々の暮らしの楽しさが伝わってくる一冊。すごくおすすめ。

キャロル・スタイヴァース『マザーコード』

アメリカまじろくなことしねーな!

 バイオ兵器の暴走で人類滅亡!!と書くといかにもB級映画的なノリなのだが、さにあらず。この『マザーボード』は著者キャロル・スタイヴァースの処女長編でありながら、彼女自身がイリノイ大学で生化学の博士号を取得しているため、「バイオ兵器の暴走」と一言で片付けられない臨場感が漲っている。2049年、アフガニスタンのテロリストをピンポイントで始末するために散布された遺伝子改変ウイルス。何重にも安全対策が施されていたウイルスだったが案の定変異してしまった結果、人類は滅亡の危機に。CIA分析官のリック、細胞生物学者セッドらは人類の滅亡に備えてある計画を発動するが…。

 物語は滅亡前のパンデミックパートと滅亡後の世界が交互に語られていく。このパンデミックパートがまずいい。このウイルスに感染すると肺が侵されてあっという間に死に至るというもので、このあたりは昨今のコロナパンデミックを反映している感じなのだけど、人から人への感染ではなく、汚染された空気で感染してしまうというのが嫌らしい。当初は中東あたりで謎の奇病が流行っている程度だったのが、あれよあれよという間にアメリカ国内が混乱の渦に巻き込まれていくという加速度的なパニックと、懸命に対処しようとする人々の姿からは、彼女自身が影響されたというマイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』を連想させられるし、滅亡に向かう世界を描いたという意味ではニール・スティーヴンスンの『七人のイヴ』三部作を思い出す。アメリカは例によって最後の最後まで自分たちの罪を世界に公表することはしないのだけど、それがよりによってロシアにバレた後の地獄絵図が凄まじい。

 そして、この小説を一際印象深いものにしているのが人類滅亡後のパートだ。滅亡に際して秘密を知る一部の人々は対策に乗り出し、もちろんワクチン開発が最優先なのだけど、あまりにもヤバいウイルスでウイルスの大量生産の時間がなさすぎたため、プランBとして進められたのが本書で語られる「ボット計画」。生まれつきウイルスに耐性のある新生児を育児室付きの巨大ロボットに詰め込んでアリゾナの砂漠に送り出すという計画で、このボット<マザー>の宿す擬似的な人格と新しい人類たちとの交流がこの物語の肝だ。時間がなさすぎて見切り発車で送り出したら、あとあと結構面倒なことになるくだりとか、「運用でカバー!」みたいな単語が浮かんでくる。本の後半はこの人工知能SFがメインになるのだけど、中盤までのパンデミック滅亡パートがかなりの圧だったため、若干間延びした印象を持ってしまった。とは言え、ボットとこどもたちのとの関わり方は繊細に描かれているし、汚れた空気で生きられる新人類たちは原作の方の『風の谷のナウシカ』を連想するポストヒューマンSFとしての側面も持っていて読み応えはたっぷりある。エンタメ的にも盛り上がるし、けっこうおすすめ。

江永泉/木澤佐登志/ひでシス/役所暁『闇の自己啓発』

博覧強記のジェットコースター!(振り落とされがち)

 『闇の自己啓発』という挑発的で近寄りがたい書名から、「ヤバ…近寄らんとこ…」と思っていたのだけど、何のことはない、某所で行われている読書会の記録なのであった。読書会のメンバーの一人でもある木澤佐登志の話題作『ダークウェブ・アンダーグラウンド』から始まり、6冊の本について4人のメンバーが語り合うだけなのだが、これが抜群に面白い。一つには読書会という場の生み出す知識の広がりが挙げられるだろうか。この本を一言で説明するなら「縦横無尽」、もしくは「自由奔放」だ。

 元々はnoteで掲載されていたコンテンツを単行本化した本書の帯には「〈人間〉を超越せよ」という挑発的な文句の下に様々な単語が羅列されている。「加速主義百合SF、フィストファック、良心的納税拒否、反出生主義、ソラリスの海、バ美肉おじさんたちのユートピア…」などなど。本書を読む前は全く意味のない刺激的な単語の羅列に過ぎないこの帯の煽りがまさに本書をこれ以上ないほど上手く表している。彼らの議論の射程の広がりは、例えば第一章「ダークウェブ」では加速主義のニック・ランドからラノベの「ブギーポップは笑わない」シリーズへ、村上春樹へと繋げ、さらに死体写真と処刑動画を巡る議論へとなだれ込んでいく。あるいは第四章「宇宙開発」では稲葉振一郎『銀河帝国は必要か?』を巡る議論の中で、「まだ誰も地球を見たことがなかった時代」と概念の可視化、ホッブズの『リヴァイアサン』の挿絵からイコノロジー(図像解釈学)の話へと移り変わっていく。この「知のジェットコースター」とでもいうべき逸脱と脱線と飛躍と暴走がひたすらに心地よい。もちろん、ジェットコースターであるので、しっかりと掴まっていないと容赦なく振り落とされるのだけれども(自分も特に第六章「アンチソーシャル」は振り落とされてしまった…)。

 読んでいて思ったのは「読書会」という場の面白さと発展性だ。4人のメンバーはそれぞれが著作を持っているような知的エリートに属すると思うのだけど、それにしても一人一人が書評を書くということと本書は全く異なっている。上に挙げたような奔放で異常とも言える議論の数々は読書会という場があって始めて生まれ出たものであるし、議論の中でもメンバーが「その視点はなかった」と膝を打つようなシーンがいくつもあって、あたりまえなのだけど読書会とは「コミュニケーションの場」なのだということに改めて気付かされる。本を読むというインプットと読書会というアウトプット、そして読書会で知った本をまた読み…。この循環はもしかして読書人にとって理想的なエコシステムなのでは?