今月のベスト1冊

藤津亮太『アニメと戦争』

『桃太郎 海の神兵』から『この世界の片隅に』まで

 アニメの中では何気なく行われている「戦争」を軸にアニメ史を概観する良書。思えばこういうストレートなテーマってあまりなかったような気がする。それこそ「パト2」とか「このせか」なんかで、個別の作品に引き寄せて語る作品は多々あれども。

 本書の骨子をなしているのは歴史学者・成田龍一が著書『「戦争経験」の戦後史-語られた体験/証言/記憶』の中で述べている戦争の語られ方の4区分だ。これはすなわち「状況」「体験」「証言」「記憶」と定義され、藤津は戦中・戦後の諸作品をこの区分の中に当てはめて分析していく。このやり方がわかりやすく示されているのが第1章に置かれた「『ゲゲゲの鬼太郎』という”定点”」で、ここで藤津は戦後50年に渡り6度のアニメ化がなされた『ゲゲゲの鬼太郎』の中でアジア太平洋戦争がテーマとなる「妖花」のエピソードの描かれ方の変遷を辿っていく。「例えば1968年の第一シリーズ第32話「妖花」の中ではゲストキャラクターの花子が戦争で死んだ両親の白骨に行き着くまでが描かれるが、1985年の第三シリーズでは両親の白骨は伯父のものとなり、2018年の第六シリーズでは祖父母のものへと変わっていく。このキャラクター間の距離感とともに、描かれる内容も変化していくことが示される。この分析から導かれる結論は、我々が感覚的に考えるものとそう変わらないのだけれど、しかしその分析はとても丁寧で読み応えがある。

 アジア太平洋戦争、そしてその後の冷戦や「新しい戦争」という現実の戦争との「距離感」は本書の中で重要なキーワードとなっている。続く第2章では戦中に作られた『桃太郎 海の神兵』が取り上げられ、第3章では『巨人の星』『サイボーグ009』といった「少国民世代」によって作られた作品が論じられる。このあたりの分析も面白いのだけど、やはりアニメ史におけるメルクマールとなった『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『超時空要塞マクロス』を扱った第4〜6章の議論は実にエキサイティングだ。この中で藤津は『宇宙戦艦ヤマト』が「戦後的/戦中的」な分裂を抱えていたこと、「ヤマト」の後の世代が描く『機動戦士ガンダム』が意識的にアジア太平洋戦争から距離をとって「箱庭での戦争ごっこ」を実現し、そして『超時空要塞マクロス』では「戦争のサブカルチャー化」が生まれたことを指摘する。この「戦争のサブカルチャー化」はその後の戦後アニメ史の中で脈々と受け継がれ、その究極の形が2012年の『ガールズ&パンツァー』へと結実していく。

 他にも『火垂るの墓』が戦中の感覚と地続きであることや、湾岸戦争と『紅の豚』『機動警察パトレイバー2 the Movie』との関係、21世紀からアジア太平洋戦争を語り直す『風立ちぬ』『この世界の片隅に』の分析など盛りだくさん。特に『この世界の片隅に』終盤の加害/被害と太極旗のくだりは細かく分析がなされていて、本書の中でもとりわけ力が入っているように感じられた。「アニメと戦争」というタイトルからはもっとざっくりとした話かと思っていたのだけど、前述の4区分という背骨が設定されているせいだろうか、とても読みやすくわかりやすい。とてもおすすめ。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

高松美咲『スキップとローファー』第5巻

今アフタで連載してる中では一番おもしろいんじゃね?

 じわじわと季節と関係が変化していく今一番面白い青春恋愛群像劇。今巻もめちゃくちゃ面白い。

 見どころは中盤にかなりの尺を取って描かれている誠の初デート(?)のエピソード。野暮ったい眼鏡キャラの誠が陽キャの結月に助けられて精一杯おしゃれをするくだりもいいのだけど、デート当日の微妙な雰囲気の描写が素晴らしい。目当ての店が行列でチェーン店で食べたり、一緒にいるのに一緒感が無かったり…(本屋めぐりデートあるある)。極めつけは「ちょっと早いけど解散する?」のくだり。あー、あるある!この雰囲気、最高…。でも楽しいんだよなあ。青春だなあ。で、微妙に落ち込んでる誠のところに結月が駆けつけてくるあたりもすごく好きで…。シスターフッドというと大げさだけど、この秘密を共有する親密さの表現が素晴らしくキュート!

 お互いの恋心を意識しだすようになるみつみと志摩くんの演出もとても良くて、今後の彼らの関係の変化がとても楽しみ。ギスギスしたところがないので優しい気持ちになれるのもいい。

上田裕介『ショウリーグ』

プロレスの野球版的な

 謎の起業家・堀切によって創設された独立野球リーグ「ショウリーグ」。元プロ選手からアスリート、元アイドルに役者、果ては前科者の詐欺師といった癖の強いメンバーで構成された5回4アウト制、4チームだけの小さなリーグだ。しかし、このリーグの最大の特徴は全ての試合に「台本」があるということだった…!

 「台本がある野球ってどういうこと?」と恐る恐るページを捲ってみたのだけど、これがまさにタイトル通り「ショウ」としての野球興行ものでめちゃくちゃおもしろい。まずは各界から集められたアクの強すぎる選手たち。打率十割を誇る謎の選手・ベースボールマスクにはじまり、グラウンドで突然歌い出す元アイドルの三木政宗、一試合で必ず誰かを堂々と買収する元詐欺師・籠絡楽朗、4番打者の次に控えて必ずアウトになる「アウトカウンター」徳部達彦…。「シナリオがあるなら打率10割もいけるっしょ」と思わなくもないのだけど、やはり球技である以上難しい感じがする。

 台本に支配されているため、野球なのにとんでもないことが起きたりもする。例えばいきなり選手全員を巻き込んだミュージカルがグラウンド上で繰り広げられたりもして、この予想のつかなさはこの作品の大きな魅力だ。しかし、終盤に向かうにつれ、台本(劇中では「ブック」と呼ばれる)に基づきながらも、あたかも予測不能な球の軌道のように、物語は台本を逸脱し始める。作者自身が「スポーツと物語の境界」と言っているように、この物語は台本に支配された「物語」から不確実性に満ちた世界へと飛び出していく人々の物語なのだ(もちろん、この物語そのものが著者によってコントロールされているのだけれど)。それだけに、物語のクライマックスでベースボールマスクXがブックをマウンドに叩きつけるとき、「アウトカウンター」徳部にスポットライトが当たったとき、彼らは我々と同じ世界を生きているかのような生々しい人生の輝きを垣間見せる。

魚豊『チ。―地球の運動について―』第3巻

ヨレンタさん生き残って欲しい…

 どんどん主人公が移り変わっていく本作。前巻から登場した異端の修道士バデーニと目がいい警備組合員オクジーは街でピャスト伯の図書館に勤める少女ヨレンタと出会う…。

 3巻の主人公は実質的にこのヨレンタ。天才なのだけど、女性であるがゆえに書いた論文は上司の名前に書き換えられ、研究会には参加を許されず、異端的な考えがバレたら即魔女裁判で火刑という人生ハードモード。上司のコルベさんにしても悪意から彼女の論文を盗んでいるわけではなくて、善意からかばっているという時代的な構造がつらい。時代の中で諦めつつあった彼女はバデーニとオクジーに出会ったことで、真理の道に向かって突き進んでいくことになる。バデーニが「(彼女が信用できるのは)研究者だからだ」というように、信仰と真理の間に挟まれつつも、ヨレンタがただひたすらに知的好奇心だけを原動力にしているのが好ましい。「でも悪いとかどうでもいいから、/アレの答えが気になる。」とか「この世は、/最低と言うには魅力的すぎる。」「文字は、/まるで奇跡ですよ。」なんて名言がポンポン飛び出してくる魅力的なキャラクターなんだよねえ。報われて欲しい…!

赤坂アカ/横槍メンゴ『推しの子』第3巻

無自覚ハーレムみたいにもなってきたぞ…

 マンガ大賞ノミネートということで1巻を買ってみたら、まんまとハマってしまった…。想像してた話とぜんぜん違うのね…。「推しの子」ってそっちのことかーい!っていう。アイドル界隈でネタで言われていたことを真面目に、しかもミステリーを交えてやるとこうなるのか、という衝撃。

 さて、アクアの恋愛リアリティーショーがメインとなる3巻はルビー、有馬かなに続く第3のヒロインが登場。最初は地味で見せ場のないこの子が炎上騒ぎを経て覚醒していく話でもあって、昨今のネットにおける誹謗中傷からの自死などのテーマを取り込みつつ、周りの人間が支えることで立ち直っていくというバランス感覚が素晴らしい。

 個人的はアクアとかなちゃんが学校をサボってキャッチボールするという謎展開のエピソードがかなり好きなので、どちらかというとアクア×あかねよりもアクア×かなを応援していきたいところ…。カップリングがどっちに転ぶかも気になるし(まあ一旦成立しちゃいましたが…)、メインの謎解きも気になって仕方ない漫画で早く4巻が読みたい!これもアニメ化しそうだねえ。

藤本タツキ『チェンソーマン』最終第11巻

なんかしらんけど生姜焼き食べたくなってくる漫画

 いやー、しかしジャンプ編集部よくこれオッケー出したなー。まあこれまでも大概だったし、『ファイアパンチ』も凄まじかったけど。本誌バレで「生姜焼き」が出てきて「ハァ?」って感じだったんだけど、マジで生姜焼き出てきて爆笑しちゃった。ああいうネタ、自分はぜんぜん大丈夫なんだけど、普通のジャンプ読者の少年少女にはどうなんだろう…。少なくとも飯食いながら読むもんじゃないかな。まあ逆にデンジはめちゃくちゃ美味そうに食べてるんだけども。「…こんな味かあ…」の見開きは実に映画的で上手い。ところで他のメニューはいいけど肉ジュースはさすがにやばくないすか。味的に。

 オチが衝撃的すぎるからアレなんだけど、そこにたどり着く過程も見どころしか無いのもすごい。チェンソーマンコールがチェンソーマンの力を削ぐくだりとか、一瞬だけ復活するパワーちゃんとの別れとか、コベニちゃんとの会話の中でヒーローへの志を思い出すシーンとか、出来の良い映画を見ている気分。最後のマキマさんとのガチンコ殴り合いも盛り上がる。良かったのは最初から最後までデンジが馬鹿のママだったことですね。「毎朝ステーキ食いたい」とか「めっちゃモテたい」とか最後まで三大欲求レベルの欲望で動いてるヒーローって他にいないよね。「たくさんセックスしたいい!!」のところとか最高だわ。人間ね、そんな簡単に成長しないって!デンジはこれでいいんだよ。

 それにしても、この怪作をどうやってアニメ化するのか…。しかもここで終わらせておいても綺麗だったろうに第二部が始まるし…。第二部なにやんのよ?と思いつつも、藤本先生のことだから予想外の方向から剛速球を投げ込んでくるのは予想できるわけで…。まあ何にしても楽しみすぎる。とりあえず、お疲れさまでした!

はやせこう『庶務省総務局KISS室 政策白書』

このコンビめっちゃすき

 庶務省総務局、経済インテグレート・サステナブル・ソリューション室、通称「KISS室」。やる気のないエリート官僚・島崎室長と部下の中村くんがしょーもない駄弁りぐらしをしつつ明後日を見据えた政策提言をしていく快作。自分、こういうだらしない女上司×生真面目な部下の男子っていう関係性大好きだなということに改めて気づいたり。最近だと紺野天龍先生の『錬金術師の密室』シリーズとか。

 で、この凸凹コンビが様々な政策提言をしていくショートショート連作。「その手があったか!」と膝を打つような目から鱗で現実的なものからしょーもないバカバカしいものまで取り揃えているのが嬉しい。例えば1本目に置かれているのは「潜水型流氷カニ運搬計画」。オホーツク海の流氷に運搬物をくっつけて東京湾まで運ぶという話で、カニを始めとする海産物を低温で運べる上に東京湾の海水温を下げられるという、一見するとバカバカしい話なのだけど、思いの外上手く考えられていて面白い。こんな話が満載されていて、アイデアの豊富さに驚かされる。

 個人的に特に良かったのは「国際原子時(TAI)連動景気対策」なるアイデア。「一日36時間あればなあ〜〜」というよくあるぼやきを「地球の自転を遅くすることで(!!)」実現させてGDPを向上させようというもので、とんでもなくバカバカしくて最高。山本弘先生の『地球移動作戦』みたいな超科学アイデアをアホみたいなことに使おうとする硬直した官僚制への皮肉っぽい視線もあってそのあたりも面白い。やっぱりはやせ先生はSF畑の人間だけあって、こういうSF与太話みたいな話も上手いなあ。二人の掛け合いもめちゃくちゃ楽しいし、ショートショートで読みやすいしで、続編が出たらわりと嬉しい。おすすめ。

芥見下々『呪術廻戦』第15巻

まじこれどうなんの???

 14巻も大概だったけど、次々とんでもねーことぶっこんでくるよな…この漫画はよ…。釘崎の左目とか東堂の左手とかどうなるんだよ…。「俺の術式はもう死んでいる」とか東堂言ってるけど、まだ使えますよね?真人の身体で発動させてたし、なんか手があるはず(手だけに)。高田ちゃんとの握手会とかどうするんだろうな…。虎杖が逃げなくなったのはいいんだけど、逆に闇落ちしないか心配になるなあ…。

 最後の憂憂の電話とか夏油(偽)の発言からすると渋谷だけじゃなく日本全体で影響が出る話になりそうだし、これは本誌買いたくなりますわ…。乙骨くん早く帰ってきてくれ〜〜!!!

まつだこうた/もりちか『あゝ我らがミャオ将軍』最終第4巻

コルドナよ永遠に…!

 共産趣味ほのぼのご統治漫画完結。もともとのネタが濃いのでこれくらいの分量が丁度いいという感はある。読み切りだから無限に続けられそうではあるけれど。

 最終巻というだけあって、ネタを出し切ってて、いつにも増して濃度がすごい。ハズレがない。エナジードリンクを作る話とかマジでギリギリ。スアン女史、いつもおかしいけど完全にヤク決まってる顔。扉絵も最高。何のパロディだっけこれ…。見た覚えあるんだけど…。あと影武者の話もヤバい。おっさん勢が女装してがんばってる姿が泣ける。『パワーパフガールズ』の「ニセモノあらわる!」を思い出した。かと思えば共産主義国家ならではの、亡命する芸術家の話なんかも挟まれていたりして、単なるコメディ以上の深みを見せるこういったエピソードは作品の射程を伸ばし、イカれたエピソードとの対比で緩急を付けている。

 最終エピソードは贅沢に2話構成。コルドナを突如襲う巨大地震。常に物資不足のコルドナ、ミャオは指導者としてこの事態にどう立ち向かうのか…。ここで戦争とか経済危機とかではなく、地震という日本人に馴染みのある、他人事ではない災害を持ってくるのが上手い。ここには国家と国家がどう付き合っていくのかという国際政治的な視点が盛り込まれているが、共産主義らしい性善説のご都合主義的ラストは、だがしかしこの作品のテイストとして実に合っているし、理想主義たる社会主義の目指す地点の一つの解答が描かれているとも言える。ともかく、この危ういテーマを走りきったまつだこうた先生ともりちか先生にザ・ズダローヴィエ!

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