今月のベスト1冊

劉慈欣『三体Ⅱ』(上下巻)


『三体 Ⅰ』なんですけど、まあ正直言っちゃうと個人的には微妙だったんですよね…。エンタメ寄りでめちゃくちゃ読みやすいというのはあるんですが、智子のあたりのアイデアは一歩間違えば馬鹿SFじゃね?って思っちゃうし、言うほどではないかな…という。一番印象に残ってるのも強面の刑事が立案しためちゃくちゃ残酷すぎる輪切り作戦だったりして、「ほんまにこれ大ヒットしてんのか?」って思っちゃったりしたのも事実。ところが、続編の本作『三体Ⅱ 暗黒森林』は同じ著者が書いているとは思えないほどの面白さ!上下巻組600ページ超えでお財布にもそこそこダメージを与えるというのに、あっという間に読み終えてしまったのでした。

さて、前作で三体人が放った「智子作戦」によって基礎物理学の進歩が止まってしまった上にあらゆる情報が筒抜けになってしまった地球文明。三体人がやってくるまで400年以上の猶予があるとはいえ、それまでに準備しないとヤバい!で、国連が考案したのが「面壁計画」なんですが、これがまあぶっ飛んでてて、国連に選ばれた4人の「面壁者」に「頭の中だけで」作戦を立案させるというもの。面壁者には国連の権限によって絶大な権力が与えられ、一見するとわけのわからない命令でも「敵を欺くための作戦」として通ってしまうという。選ばれたのはキレ者の元米国国防長官(わかる)、ベネズエラの独裁者(わかる)、超天才科学者(わかる)、社会学者(は?)。というわけで、この4人目の圧倒的一般人・羅輯(ルオ・ジー)が本編の主人公。本人も何故選ばれたのか全くわかっていないのですが、わからないなりにおなじみの史強兄貴とともに計画を練っていくこととなります。

とまあ、序盤の序盤だけ説明してもこれだけの分量。とてもここで魅力を説明するには紙幅が足りないのだけど、面壁者となった羅輯が理想の女を探して放蕩三昧を送るパートがマジで作戦なのか遊んでるだけなのかが読者にもわからなかったり、「呪文」と称して謎の信号を送ってみたり、めんどくさくなって冷凍睡眠して200年後に起きたら人口は減ってたけど核融合は実現してるわ部屋の壁を叩いたら情報端末が起動するわ食糧問題解決してるわのユートピアに転生しててしかも太陽系艦隊は2000隻の大艦隊を結成してて飛んできた三体文明のしょぼい探査機を捕まえにいったら大変なことが起きたりして、まあジェットコースターみたいな物語展開!いやほんとすごいわこれ。

最初から最後までクライマックス級に面白いんですが、個人的に特に大興奮だったのは太陽系艦隊が三体文明の探査機を鹵獲しに行くところですね。しょぼい探査機一機に太陽系艦隊全艦2,000隻で行くのはいかにもやりすぎだとと思ってみていると…。「水滴」と名付けられたこの探査機、単にめちゃくちゃ固くて攻撃手段は「たいあたり」しか無いんですが、それだけに三体文明の基礎物理学の圧倒的な高さが伝わってくるのですよね。「智子」製造のシーンでも感じたバカSF感というか中二病的なシーンではあるのですが、まあめちゃくちゃ滾りましたねここは。それにしてもあのあたりの地球文明の人々のテンションのチャートとかみたら面白いことになっているだろうなあ。

そしてタイトルにもある「暗黒森林」!なんじゃこの副題は…売れねーだろとか思って読み始めたわけですが、最後まで読むとこの「概念」が完全に理解できて悟りを開いたような感覚に浸れます。「なぜ地球の他に知的文明が存在しないのか?」という、いわゆる「フェルミのパラドックス」に対する社会学と他者の概念を用いた、とてもスマートな回答で惚れ惚れしてしまうこと間違いなし。もっともその名が示すように答えは陰鬱なものなのですけれど。この「暗黒森林」の理論を使って羅輯は三体文明との銀河を股にかけたコンゲームに挑むのですが…。

最終巻でこの物語がどこに着地するのか全く読めないので、いやあもう早く読みたい!1文句なしに今年のマストバイSFで超おすすめ!ベスト10には入るやろなあ…。

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

まつだこうた/もりちか『あゝ我らがミャオ将軍』第3巻

・ミャオ考案の新スポーツ「コルドニズム」(鎌と槌を使う)、社会主義スポーツっぽくて最高!誰か実際にやってほしい。準備簡単だし。
・決裁手数料がバナナなのマジ狂ってる。小学生が考えてんのか???
・亡命者に優しいコルドナ。ストーカーだが。
・軍事演習とは。そういや軍のトップだったわミャオ将軍。
・スペースタイガーカフェマジ狂ってるぜ!でも革命カフェというコンセプトは好き。飯はまずそう。いやでも革命カフェだしまずくていいのか?
・新キャラのスアン女史マジ引くわ。男だったらアウトだろ。っていうか女子でもアウトだわ…。ミャオちゃんかわいいは同意。
・毎度毎度カバーと扉絵が良すぎるな!次も買います!
・ミャオ将軍をよろしくお願いいたします!

野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻

相変わらず漫画力が高い…。鶴見中尉と交渉決裂して樺太脱出編。獅子奮迅の活躍を見せる不死身の杉本の不死身感とかまさかの艦隊戦とかちょっとロマンチックな流氷の上を北海道まで歩いていくくだりとか、まあ今巻も見どころしかないですね。特に流氷の上でのホッキョクグマとの邂逅。10ページ以上かけてじわじわ近づいてくるコマ割りの面白さも見事だし、普通のヒグマの数十倍の値段で売れるという白い毛のキムンカムイを仕留めるために杉本が取った作戦とは…。毎回毎回よくもまあこんなシモいオチを考えつくよなあ。これで見開きとかだったら今年のベスト1コマ確定だったぜ。

北海道に帰ってきた後半は珍しくサイコスリラー風味の好編。いつもの馬鹿話とかなり毛色が違うので若干混乱するのだけど、オチが見えてくるとなるほどー、となる。一回読んだあとにもう一回読むとスッキリする系のやつですね。たまにはこういうのも面白い。大まかには砂金採りとウェンカムイ(人を殺した熊)の話なんだけど、いつもの例にもれず、砂金採りの説明の丁寧さが嬉しい。普通にザルのイメージがあったけど、松脂で取る方法もあるのか…。ゲストの平太師匠、ガチでイカれてていいキャラだなあ。

N・K・ジェミシン『第五の季節』

「三年連続ヒューゴー賞受賞」という帯の文句が眩しいが、その期待に負けない面白さ。舞台は数百年ごとに天変地異が起こって文明が強制リセットされてしまう世界。大地を通じあい、厄災を制御できる「オロジェン」と呼ばれる人々がいるが、彼らはまた災害をもたらす者として忌み嫌われている。

とまあ、ちょうど『三体』を連想するかのような設定なのだけど、こちらの方は三体人視点で、人々はひたすら天変地異を耐え忍ぶものとして描かれている。天変地異はタイトルにもある「第五の季節」と呼ばれていて、その性質も超巨大火山の噴火とかカビの大繁殖とか様々で面白い。巻末にこの世界でこれまでに起こった「第五の季節」の一覧が載っているのだけど、こういうリストが楽しいなあ。歴史があるって感じで。リセットが何回も行われたためか、「現代」の技術レベルは近代くらいのイメージ。オロジェンというのはいわゆる異能力者なのだけど、大地に干渉できるというのが面白いポイントで、地面から熱を奪って対象を凍らせたり、わかりやすいところだと地震を引き起こしたりといったことができる。能力のバックボーンが説明されるあたりはファンタジーよりもSFの風味が強い印象。さらに、空には古代に滅びた文明が残した「オベリスク」と呼ばれる謎のオブジェクトが漂っていたり、「石喰い」という知的生物が存在していたりと、地味ながら世界観の構築ぶりが素晴らしい。この第一部の最後では、この世界が単なる異世界ではないということも示され、一気にSF感が強まるのもかなり好み。

物語は世代の異なる3人の女性によって語られる。オロジェンであることを隠して辺境で暮らしていた中年のエッスンは「第五の季節」の始まりによって夫に息子を殺され、娘・ナッスンを連れ去られてしまう。夫を追って旅に出るエッスンは謎めいた少年・ホア、コム(所属する共同体)無しの女・トンキーに出会い、旅を続けるが…。もう一人のメインの主人公・閃長石(サイアナイト)は世界の中心たる大都市ユメネスの少女だ。彼女はオロジェンを束ねる組織フルクラムの一員として活動している。導師である雪花石膏(アラバスター)とともに辺境の港町に異常繁殖したサンゴ礁を取り除く任務を受けるが、その先には想像を絶する運命が待っていた…。3人目の主人公は幼い少女・ダマヤ。彼女はオロジェンであることがわかったため両親によってフルクラムへと売られ、そこで修行と学園生活を送ることとなる。

3人の主人公は皆女性であり、この世界で虐げられているオロジェンとして描かれている。彼らはまた、女性であることによっても自由を奪われており、例えばまだ二十歳にも満たないサイアナイトは子供を生むことが国家によって義務付けられていて、導師・アラバスターとのセックスを強要されている。このあたりの社会制度周りはディストピアものとしても読めるかもしれない。物語の扉に書かれた文句「ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人々に」でわかるように、著者・ジェミシンがマイノリティの視点を重視していることは明らかで、このあたりの描き方も現代的だ。物語終盤には3人の主人公の人生があまりにも意外な形で交差していくのだが、この展開はさすがに予想外で驚かされた。

それにしても全巻ヒューゴー賞受賞の本作、今巻はかなり衝撃的な一節で終わってしまい、次巻の期待がいやがおうにも高まってしまう。読み口は地味で若干読みづらくはあるのだけど、めちゃくちゃおすすめ。

服部昇大『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん Season4』

相変わらず作品選定のセンスが謎すぎる&突っ込みどころが謎すぎる映画語り漫画4冊目。今回も迷作が多い…。堀江貴文原作の『多動力 THE MOVIE』(ハシテツヤ監督、2019年)なんて、この本で初めて知ったよ…。Filmarksで1.8点(5点満点)…。なるほどですね。「邦キチ!映子さんで紹介されていたので観てみました!」というレビューがあって笑ってしまった。っていうか邦キチ経由が多いな!ってくらいの知られざる映画ですね…。まあこれぶっちゃけクソ映画っぽいんですが、漫画の中では一言も「クソ」とか「観る価値ない」なんて下品な言葉が出てこないのが地味にすごい。

毎回出てくる邦キチ名台詞、今回もすごいのがどんどん出てきて楽しい。「るろうに剣心に一番大事なもの それは… 『おろ?』です!」とか。この「おろ」に対する分析というか語りのしつこさはすごい。3ページほどみっしり持論を展開する邦キチ。まあ確かに言われてみれば大事な気もしますが。珍しく邦キチが邦画以外を観るというある意味衝撃的な話もあるんですが、「フランス版『シティーハンター』はもはや… 邦画です!」もこいつが言うと説得力あるんだよな〜。

アニメ映画ネタだと定番のプリキュア語りエピソードも良かったですね。特撮部に「女児アニメ部」が攻めてくるという導入がもうヤバいですね。部長の早乙女さんは「何しろウチは新聞もプリキュア新聞しか読んでへんからな」とかいうやべーやつで滅法楽しい。さすがにプリキュア映画は普段見ないので、プリキュアがいろいろ戦略考えているのがわかって勉強になりました。ミラクルライトの役割とか。

いやー、今回も楽しかった。ややひねくれた映画ファンにはおすすめ。

篠房六郎『おやすみシェヘラザード』最終第5巻

ぐだぐだ映画語り百合漫画の完結巻。もっと続いてもいい感じだったけど、詩慧と麻鳥のラブコメという側面があるので、これくらいで大筋のストーリーを終わらせたほうがスッキリして読みやすいな、とは思った。それにしても今巻も情報量が多い!

百合漫画と映画語り漫画としての側面があって、その二つがきちんと混じり合っているというのがこの漫画の特徴なんですが、百合漫画的な面からみると、最終巻でとんでもない裏設定が明かされます。まさに映画的な展開なのだけど、それが判明するのが詩慧の父親がヒマラヤで遭難している最中というのがまた凄まじく、この最終回に向かう怒涛の展開はかなり素晴らしい。ちなみに最終回のテーマ映画は『カメラを止めるな!』ですが、『蒲田行進曲』でもあります。最後にクランクアップで締めるのはさすが。

映画語り漫画としては、『スタンド・バイ・ミー』といった超名作から直近の話題作『若おかみは小学生!』、誰が知ってるねんという『シンデレラ3』まで、今回も実に幅が広い!それ以上に、テーマとなるメインの映画の他にもエピソード中にこれでもかというくらいの作品名が溢れていて映画ファンにはたまらない。特に良かったのが、前述した詩慧の父親が遭難する最終回手前(最終回はエピローグなので実質最終回)のエピソード。救助が来るまで、詩慧が父親を眠らせないために(!)映画の話を無線越しに語るという話なのですが、そこで彼女が語るのが『ライフ・オブ・パイ』であり『ライフ・イズ・ビューティフル』であり『怪物はささやく』であり『この世界の片隅に』なのだ。彼女は父親に語りかけるセリフが心に残る。「でも映画を観た私達は知っている。例え突拍子もないつくりごとの物語だったとしても、それがどれだけ人の心を魅了する美しさに満ち溢れていたのかを、」「自分のために美しい物語を紡いでいくこと。それがどれだけ、人生に生きる意味と喜びをもたらしてくれるのか。」これだけ映画に、物語に対する愛に満ちた言葉を僕はまだ知らない。

ジャスパー・フォード『最後の竜殺し』

内容はタイトルのママ。世界で最後に残った竜と最後のドラゴンスレイヤーが対峙する…。要約すればそういうことなのだけど、そう言い切ってしまうにはこの世界はあまりにも豊かだ。

舞台は魔法の存在している世界の現代イギリス。かつては人智を超えた力として恐れられていた魔法の力も、土地に宿る「環境魔力」が衰えているせいで衰亡の危機にある。主人公のジェニファー・ストレンジはそんな衰えつつある魔法使いたちを束ねるカザム魔法マネジメントの社長代行。気難しい魔法使いたちと暮らす彼女だったが、ある日国を揺るがす大事件が勃発する。カザムから遠からぬ地に暮らす「世界最後のドラゴン」が近いうちに死ぬというのだ。古の契約により、竜が死んだあとの「ドラゴンランド」の所有権は早いもの勝ち。国中が土地を狙って熱狂に湧いている中、一人静観を決め込んでいたジェニファーだったが、彼女こそが最後のドラゴンスレイヤーだったことが判明し…。

魔法が存在して、魔法使いが居て、ドラゴンやらオークやらが存在するファンタジー世界なのだけど、世界はすでに工業が発達して資本主義に染まってしまっているというちぐはぐな世界観がまず面白い。魔力が定量的に測られて、衰えつつある世界というとラリィ・ニーヴンの『魔法の国が消えていく』シリーズをまず思い出すが、本作はさらにロジカルファタジーの色が強く、魔法の単位は「シャンダー」だし、各種の魔法の使用には役所に申請する必要があるという、この生活と技術に密着した感じがたまらない。この世界の魔法はプログラミング言語のようなものとして捉えられていて、「ルートディレクトリを書き換える」なんて表現も出てくるし、そういれば魔法使いたちが気難しいという設定もどこかエンジニアを思わせる。

そんな世界でドラゴンとドラゴンスレイヤーが存在したらどうなるか?…CMの依頼が殺到しちゃうんですね、これが。資本主義の欲望と魔法の世界がガッツリと絡み合っているというのも本作の魅力の一つで、「ドラゴンスレイヤーの一分間速習コース」を受けて最後のドラゴンスレイヤーとなってしまったジェニファーの元に真っ先にかかってくる電話がCMの出演依頼だったりして。一般人からいきなりドラゴンスレイヤーになってしまい、さらに来週には自分が世界最後のドラゴンを殺す運命にあるというジェニファーはそんなオファーにうんざりしてしまうわけです。しかも実際に会ってみた最後のドラゴン・モルトカッシオンは知性ある理性的なドラゴンで、大昔のドラゴンたちのように人を襲ったりするようには見えないので殺したくないのだけど、ドラゴンランドの周囲には国中から人が押し寄せて土地の囲い込みを狙っているし、国王はさらに向こうの敵国の地を狙っている、という状況。資本主義の欲望が物語を駆動し、かつては強大だった魔法の力とせめぎあっているという状況設定の現代性とグロテスクさの面白さ。純真無垢な少女はそこにどう立ち向かうのか。語り口はヤングアダルト風味で読みやすいのだけど、中身は骨太です。かなりおすすめ。

サレンダー橋本『明日クビになりそう』第2巻

いや、こんなん公共の場で読むの無理でしょ。今回も斜め上すぎるクズエピソードが山盛りすぎて呼吸困難になってしまった…。比喩でなく、1ページ毎に爆笑してしまうギャグ漫画というのもなかなかないのではなかろうか。一つのエピソードが短いというのもあるけど、宮本のクズっぷりの畳み掛け方が絶妙なんですよねまた。

今巻で収録されてる中で特に印象的だったのは、取引先とのビアガーデン接待でビールの泡のクリーミーさを出すために雨水ドバドバ入れるやつとか、結婚式のご祝儀を3,000円で済ませようとする話とか、花粉で苦しむ別所さんのティッシュを一枚ずつ天日干しして花粉を付着させて苦しませる話とか、まあ本当にひどいし、そのマメさを仕事にさあ、と思わなくもない。さらに新キャラとして登場するライバル会社の営業・一条がいいキャラ。こいつはキレ者風の外見で宮本級のポンコツクズという、まあある意味で宮本よりひどくて最高なんですよね。もっとコラボって欲しい。

ところで、「なぜこんなクズが首にならないのか?」というのがこの漫画最大の謎だったわけですが、今巻の最後でその謎がようやく明らかに!ギャグ漫画だからいいじゃん、とせずにちゃんと理由をつけるあたり、橋本先生の人柄が伝わってきますね…(せやろか)。宮本入社のエピソードも面白く、「心に十字架を負った」別所さんも可哀想過ぎて逆に笑ってしまった。(特にサラリーマンに)超オススメ。

藤本タツキ『チェンソーマン』第7巻

毎度毎度、頭のおかしい展開で人の命がめちゃくちゃ安い漫画だなー(とても褒めてる)。今巻の後半なんて一コマで10人以上死んでるカットが頻出しててすごいよほんと…。しかも一般人があっけなく死んでくのはまあ当然なんだけど、強キャラもバンバン死んでくしね。退魔課のモブ課員から、さあ登場しました強キャラ!これからどうなるゥー???みたいなアクの強いやつも登場5コマくらいであっさり殺されたりして、いやあ思い切りがいいというか番狂わせにもほどがある!中島哲也監督の映画『来る』の新幹線の場面思い出した。

今回の目玉はなんと言ってもデンジを狙って各国からやってくる殺し屋たちのバトルロワイヤル。アメリカの暗殺者兄妹やらドイツのサンタクロースやら中国の謎の魔人使いやら、よくもまあここまで濃ゆい連中を考えつくもんだと思うのだけど、個人的に推していきたいのは北欧っぽいところからやってきた「師匠」とトーリカのコンビ。地味な外見で契約してる悪魔も地味ーな感じなんだけど、雰囲気がめちゃくくちゃ藤本先生らしいというか、ぶっちゃけ『ファイヤパンチ』に出てきそうなキャラなんですよね。読者人気は圧倒的にクァンシ様だと思うので、あえて書いておきたい。

ちなみに、一番笑ったのはコベニカーを暴走させるパワーちゃんと、例によって自分の記憶を改ざんして理不尽な屁理屈を垂れ流すあたり。パワーちゃん×コベニちゃん、癒やしすぎるでしょ。パワちゃんはやっぱりドヤ顔が似合いすぎる…。人気投票にも入ったコベニカー、業務中の事故なので保険とかどうなるんですかね…。薄幸すぎて尊いなコベニ氏、がんばってほしい(いや普通に考えて辞めるでしょ笑)。次巻も楽しみ!

芥見下々『呪術廻戦』第11巻

渋谷事変の続き。五条先生強すぎてバランスブレイカーだよなあ…、と思ってたらまさかこんな展開になるとは…。敵方の必殺アイテムの「獄門疆」、「対象を半径4m以内に1分間留める」とかいうかなり無理っぽい条件なのに、まさか…、というのも驚きでしたし、いやいやこのあとどうやって収拾付けんの???というこの宙ぶらりんな感じ。『幽遊白書』で玄海が死んだ時のような喪失感と言えば伝わるでしょうか…。こういう番狂わせが嬉しい。

で、後半。またまた濃ゆい敵さんが出てきてコイツラも性格が最悪すぎていいんですよ。蝗GUYみたいなキャラの濃さだけど、こっちはまた普通に人間の暗部を凝り固めた感じのクソ婆とクソ爺で「弱い者いじめ楽しいぜ〜!」とか言ってるタイプのクソ。いいなあ、こういう連中。使ってる術式もトリッキーなタイプで、だんだんジョジョのスタンドバトルのような脳みそ使うタイプのアクションにシフトしてきたのが面白い。そういえば秋クールからMAPPAでアニメ化だけど、いやー、本編も盛り上がってきたしこちらも楽しみすぎる。

アビジット・V・バナジー/エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』

2019年に「世界の貧困を改善するための実験的アプローチに関する功績」でノーベル経済学賞を受賞したアビジット・V・バナジーとエステル・デュフロによる受賞後第一作。移民や格差の拡大、気候変動と言った世界が直面する喫緊したテーマに対し、貧困問題を専門とする著者たちが過去の先行研究や知見を以て一定の回答を示している。

面白いのが、人々の考える現実と実際の経済、そして経済学の食い違いを明らかにしていることだ。例えば、第一章の「経済学が信頼を取り戻すために」では、我々自身がなんとなく肌で感じている「経済学者の言うことは信用できない」という心理を解き明かし、その後の章への先鞭をつけている。確かに経済予測があたっているというイメージはないし、このあたりの感覚は社会学者のそれに通ずるものがある。続く第二章「鮫の口から逃げて」で取り上げるのは移民問題。「移民が俺らの仕事を奪い賃金の相場を引き下げる!」と言われるとなんとなくそうかな、と思ってしまうのだけど、そもそも移民の数は思ったより全然少ないし、お前の賃金も特に下がることはない、ということを豊富な研究データを元に示している。特に自分が面白いと感じたのは、かなり強力なインセンティブが存在していても、人々は自分がもともと居た場所からなかなか離れないという事実で、衰退した地域から人的・資本的リソースが経済学の教科書的に市場原理に従って再配置されないか、ということが明確にされている。このあたりの「思い込み/理論が実際とは違っていた!」という驚きはさながら、去年出た名著『FACTFULLNESS』を思い出させてくれて、知的興奮に浸れる。

そして、もう一つの特徴が、著者たちが「単なる弱者救済」ではなく、「高度経済成長から零れ落ちてしまった人々の尊厳をどうするか?」について深く考えているという点だ。例えば、二人は経済的弱者の判断を信用して、給付金の使用方法に制限を掛けるべきではないと言う。このことは過去の研究からも理論付けられており、日本でもよく言われるような「貧困層に多額の現金を渡したらパチンコ屋が儲かる」と言った言説が妄言であることがよく分かる。また彼らはUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)にもかなり好意的な態度を取っている。しかし、同時に「金を渡してハイおしまい」も良くないとするのが、この本の真骨頂。格差を是正して貧しい人々でもなんとか生きられるようにする、というのは大前提で、二人の著者はその先を見据えている。本書の中ではAIの発達による仕事の喪失などにもガッツリと触れられているが、そうした世界にあって人が人として尊厳を持って生きるためにはどうすればいいのか。この本はそうした社会を実現するための「未来の社会設計」を提言する本だ。まさにタイトルにあるようにわずかな「希望」が見えてくる。

増村十七『バクちゃん』第1巻

主要産業である「夢」が枯れ果てたバク星から地球にやってきたバクちゃん。頼ってきたオジの家がわからなくなり無になっていたところを大学生・ハナに連れられ共に住むことに…。バクちゃんが目指すのは地球の永住権。はんこを作ったりバイトをしたりして異星人が頑張るハートフル移民ストーリーだ。

地球に異星人の移民が普通に溶け込んでいる未来(?)の話で、全体的に寓話的ではあるのだが、可愛らしい絵柄とは裏腹に、かなりストレートな移民の物語である。冒頭のハイスピード入国審査、銀行口座がないと携帯が契約できないけど、電話番号が無いと銀行口座が作れないという移民あるある、在留資格を得るための移民センターでの指導。作中では声高に移民排斥を叫ぶ団体などはでてこないし、バクちゃんの脳天気な性格もあってか新生活を楽しむ姿が印象的なのだけど、移民全体に焦点を広げていくと、移民特有のそこはかとない座りの悪さが浮かび上がってくる。

そういう微妙な立ち位置にいる移民たちの姿をユーモラスに、しかし辛辣に描き出したのが第5話にあたるエピソードだ。移民センターに集まって在留資格を得るための履歴書を書いている異星人たち。資源の枯渇や環境汚染、治安の悪化、様々な理由で地球にやってきた彼らが、祖国の話をしながら共に今後の展望を語っている。移民センターにはサリーさんという移民が働いている。掃除やゴミ出し、来客者の対応などをしているサリーさんは高齢で、自分の星は無くなってしまったという。彼女を手伝おうとするバクちゃんはやんわりと断られる。「バクちゃんやる バクちゃん できちゃう 私 仕事 いらなくなる 私 仕事 なくなるよ」。バクちゃんは27年地球で暮らす彼女に、地球は好きかと問う。サリーさんは答える。「選択肢 ないよ(ノーチョイス)」と。外ではしんしんと雪が降っている。新天地での希望もあれば、行き場のない絶望に近い感情も渦巻く。これは普遍的な移民の物語だ。

NOTES

  1. 個人的には今回の艦隊戦で脱出したあの艦が数百年の時を隔ててなんかやらかすんじゃないかな…、という予想