はじめに

 さて、毎年恒例!SFだらけの年間ベストブックレビュー!!そういえば去年はやってないけど。今年から毎月読んだ本の短観を記録するようにしたので選ぶのも書くのもそれほど苦ではなかったです。継続こそパワー!そうそう、一昨年は小説と漫画をごっちゃにしてしまったので今年は分けました。長編小説と短編小説も分割してスッキリ。どちらも10作品挙げてます。よろしく!

選定基準について

 2018年1月1日から12月31日に単行本として発売された本、の内、年内に読了した作品が対象です。今年も買ったけど読みきれなかった作品が多かった…。

長編小説編

①コニー・ウィリス『クロストーク』

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 「バリキャリ女子と陰キャオタクの精神が混線しちゃった!?」と、あまりにも雑にまとめちゃうとそんな感じの話。ラノベラブコメか少女コミックにありがちっぽい話なんだけど、そこはさすがのコニー・ウィリス、二転三転する状況、(例によって)肝心な時に出会えない二人、行く先々に現れる親戚軍団、密かに進行する陰謀、そして大活躍する幼女、とウィリスにおなじみのモティーフがてんこ盛りの700ページ超!そして一気に読めるのもいつもどおり。

 ウィリスのマイベストはもちろん『航路』なんですが、久方ぶりの独立オリジナル作品となる本作でも『航路』を連想させる描写が頻出するのがファンとしては嬉しい。「やっぱりウィリスは階段が好き」との指摘は本書解説の大森さんの言ですが、そこだよそこ~とヘドバンしちゃうよね。『航路』での名脇役・メイジーと同じように9歳児が大活躍するのも楽しい。脇役がいい味出してるのはやっぱりウィリスだよな~。

 人と人が精神で繋がるようになったコミュニケーションの未来を予感させるという意味では、本作のスクリューボール・コメディタッチの作風と相まって、死と精神を見つめた『航路』とは正反対の未来志向の作品。後半ちょっと気になるところ(例によってスーパーハカー問題だ)があるとはいえ、堂々本年のベストSFです!

②森見登美彦『熱帯』

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 作家の「森見登美彦」が読みかけのまま失ってしまった小説『熱帯』を探し求めるというメタい一冊。登場人物たちが『熱帯』にまつわる自らのエピソードを語る中で、さらに語りの中の登場人物が自らの物語を語っていくというマトリョーシカ構造も楽しい。21世紀の表参道から始まり、物語の舞台はあれよあれよという間に大戦中の満州まで遡っていく。そしてさらには『熱帯』という物語の内部にまで。

 物語の発端である物語の「謎」を交換しあう「沈黙読書会」であるとか、京都の嵐山に夜な夜な出没する古本屋台「暴夜書房(あらびやしょぼう)」、南海の支配者である無限の創造力を持った「魔王」といったモティーフはいつもの森見作品のテイストで物語に華を添えるし、『熱帯』の謎を追求する素人集団「楽団」のメンツのアクの強さも楽しい。佐山の『熱帯』の謎につられて読み進めるのだが、この森見登美彦の『熱帯』も結局は読み終えることができない構造になっているのに気づいて愕然とするのであった。

 この本は、「物語る」ことで時空を飛び越え、世界を変革していくという奇想天外な物語だ。それは、ベースとなった「千一夜物語」において主人公シェヘラザードが、語ることで自らの命をつなぎ、王(≒世界)を変えていったことと重なっていく。これは「物語についての物語」であり、主人公が作家・森見登美彦であることからも示されるように、物語と現実世界とをつなぐ門のような作品だ。「物語(≒想像力)」に纏わるテーマは近年よく目にするようになったが、その中でも、特殊なメビウス構造によって積極的に現実世界に介入しようとする挑戦が本書の特徴の一つだろう。「物語」というものにのめり込んだことのある人間なら必読の書。

 それにしても、この本のカバーデザインは難しかっただろうな、とも思う。なにしろ一回決めてしまったら、文庫になろうが新版になろうが、おそらく二度と変更できないと思われる仕掛けが本文中に仕込まれているからだ。「物語」が現実を規定するという端的なアイデアだ。

③門田充宏『風牙』

[amazonjs asin=”4488018297″ locale=”JP” title=”風牙 (創元日本SF叢書)”]

 はいはい、サイコダイブサイコダイブ。なんか使い古されたネタだなー。90年台じゃねーんだぞ!!…と思って読み始めたのに、あっという間に打ちのめされてしまった…。

 正確に言うとサイコダイブじゃなくて、人々の「記憶」に潜行し、その解釈を試みる「記憶翻訳者(インタープリタ)」の少女・珊瑚が主人公。記憶の中は夢のような曖昧さのある世界なのだが、それはもうすでに終わってしまった出来事の追体験に過ぎず、他者が体験するためには解釈(翻訳)が必要というのが面白い。「記憶」はあくまでも個人的なもの、というわけだ。主人公が記憶翻訳者として活躍するのは彼女が持つ特殊な「共感能力」なのだけれど、これまで描かれてきたテレパスものとは異なり、その能力が祝福であると同時に「呪い」であるとしても描かれている点が非常に現代的な感覚だ。「他者の感覚≒精神を理解できる(してしまう)」ことに対するある種の悲観的な視点が、この作品の足を地につけていると言える。

 珊瑚はその能力によって、人々の記憶に潜行しては様々な事件を解決していくが、やがてそれは彼女の過去へと向かっていく。「記憶」がテーマであることからか、この小説は過去を志向するのだ。そして、驚かされたのが本書の最終章だ。ここではそれまでの物語から切り離された過去が舞台であり、本編の登場人物は誰も登場しないにもかかわらず、しっかりと主人公・珊瑚の物語になっているのだ。この章の存在によってこの連作短編集は素晴らしく完成度の高いものになっている。デビュー作とは思えない語り口で紡がれる、彼らのその後の物語が楽しみだ。

④チョン・セラン『フィフティ・ピープル』

[amazonjs asin=”4750515647″ locale=”JP” title=”フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり)”]

 韓国のとある地方都市に暮らす50人1の人々が織りなす群像劇。群像劇といってもほとんど面識もなければ関わることもない、というのが実にリアル。まあ50人いるしね。窓の外に別のエピソードの主人公たる人物がいるとか。そんな感じのゆるーい繋がり。しかし、同じ社会に暮らす以上確実にどこかで繋がっているのだが。それぞれの「主人公」は同じ街に住んでいる/訪れるという点だけを共有していて、人種・セクシャリティ・社会的階級・メンタリティは各々異なっている。彼らを主人公とする、それぞれの短いエピソードは、さりげない日常風景から近親者の死まで様々であり、このほんの僅かのスナップショットの積み重ねが世界を作り上げている。確かに個々のエピソードは物語的であるのだが、その積み重ねられた「大きな物語」は現実世界へと越境しようとしているかのような錯覚をもたらす。登場人物の名前が覚えづらいのが難点だけども、読みやすくおすすめの一冊。

⑤ニール・スティーヴンスン『七人のイヴ』(全3巻)

[amazonjs asin=”4153350389″ locale=”JP” title=”七人のイヴ Ⅰ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)”]

 突如として月が7つに分裂!デブリとなった月の欠片が数千年に渡って地表を襲うことが予測される…という「いきなりハードモード」な壮絶ディザスターSF。いやあ、これはすごいですよ。なにしろ、タイトル通り太陽系人類がマジで「7人」まで減りますからね。すみません、ネタバレですが。ここまで人類が追い詰められた作品ってのも長きに渡るSF史においても例がないのではないか(絶滅ならいくつもあるけども)。このギリギリ感がすごい。

 新ハヤカワ☆SFシリーズ特有の分厚い上に上下二段組みという大著にふさわしく、物語のタイムスケールも五千年という長きに渡るのも特徴の一つ。流星雨が予測され、人類が生き残りを模索する現代~近未来を描いた第一巻。辛くも宇宙に逃れた人類がサバイバルと政治紛争を繰り広げる、そんな事やってる場合じゃないだろという第二巻。そして、五千年後、地球の衛星軌道を一周りする巨大ハビタットを建設している人類が再び地球に降り立つ第三巻。

 物語自体の凄まじいスケールも魅力的ですが、登場人物を丁寧に深掘りし、積み重ねられていくそれぞれのエピソードがまた素晴らしいものばかりで…。地上と宇宙ステーションで別れた親子が無線で交わす最後の会話。崩壊する地球で最後まで演奏を続けるオーケストラ。地下に潜り生き残りをかける人々。壊れつつあるステーションをなんとか維持しようとする老科学者。数奇な運命で人類最後の人々となった7人のイヴたち。そして五千年後の未来にまで受け継がれる因縁…。第一巻のあの伏線が最終巻で回収される様はまさに感動的です。スケール感、人物描写、センス・オブ・ワンダーという意味で今年を代表するSFの一本。おすすめです。

⑥飛浩隆『零號琴』

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 しっぽりとした雰囲気が魅力的だった前作(と言っても16年前だが)の『グラン・ヴァカンス』とはうって変わってラノベっぽいスタイルの、しかし重厚なSF設定が心くすぐるワイドスクリーン・バロック大作!なにしろ、ゴジラ、ウルトラマン、巨神兵、エヴァンゲリオン、プリキュアまで登場するのだからたまらない。さながら、戦後サブカルチャーの一種の総括を見ているような感もある。舞台となる「轍宇宙」⇒「惑星・美辱」の設定も凄まじく、特に美辱の抱える秘密についてはとても驚かされましたね。あのアイデアはすごい。この小説も物語in物語の形式を取るメタSFの一種で、劇中で語られるアニメ『あしたもフリギア!』が物語のキーとなっているのも面白い。「フリギア」は主題歌まで作られている力の入れよう。「想像力」がテーマになっているところも、『熱帯』と親しいところがありますね。「人は想像力だけで生きられるか?」みたいな。まあ、彼らは人じゃないけど。600ページ以上あるし、カバーがやたらと立派なので尻込みしちゃう人もいるかもだけど、文体自体はかるーい感じなので非常に読みやすく、あっという間に読了できちゃうのも良かった。

⑦早瀬耕『プラネタリウムの外側』

[amazonjs asin=”4150313237″ locale=”JP” title=”プラネタリウムの外側 (ハヤカワ文庫JA)”]

 これもメタSF。今年はメタな作品が多かったなー。まあメタものというだけで評価がちょいプラされちゃうのもあるけど。

 日本縦断寝台列車のカウンターバーでの偶然の出会いから始まるベタなラブストーリーかと思いきや、あれよあれよという間に物語内での現実が曖昧になっていく。タイトルでもある「プラネタリウム」(の外側)というモティーフが非常に印象的で、かつメタファーとしてもとてもうまく機能している。「有機素子ブレードの中」では入れ子上になった世界も提示されて、まさにメタSFという感じがする。果たして、我々はプラネタリウムの中にいるのか、外にいるのか?読後のそんな浮遊感も楽しい作品。『未必のマクベス』で見せたストーリーテリングの手腕も素晴らしく、ぐいぐいと世界に引き込まれていく虚構力の強さも魅力。

 それにしても早瀬耕の真骨頂は、やはり会話の洒脱さ。本書は恋愛ものなので必然的に会話劇的な側面を持つのだけど、印象的なセリフがどんどん出てくる。とは言え、一番気に入ってるのは「そこは設定してないっ!」なのだけども(笑)

⑧浅生鴨『伴走者』

[amazonjs asin=”4062209543″ locale=”JP” title=”伴走者”]

 珍しくSFじゃない(笑)

 タイトルの「伴走者」とはブラインドマラソンの際にランナーの「目」となる影の走者のこと。このあまり知られていない人々の実態が、著者お得意の緻密な取材によって詳らかにされる。それがまず実に面白い。というかまず「ブラインドマラソン」自体がほとんど知らないのだが。選手と伴走者は短いテープで繋がっていて、晴眼者(この単語もこの本で知った)である伴走者は路面の状況や進路などを選手に伝えるのが役目。「先導」ではなく、「共に走る」というのがいい。彼らは同じ「場」を共有しているのだけど、そこに生じる耐え難いディスコミュニケーションと、それでもその障害を乗り越えていく共感の力が人間の可能性を感じさせてくれる。

 本書は二部構成で「夏」のブラインドマラソンと「冬」のブラインドアルペンスキーという季節/競技も対照的なら、選手も夏の偏屈ジジイと冬の女子高生という振り幅の大きさ。主人公の青年はどちらもあまり印象に残ってないのだけど、夏のジイさんはふてぶてしい上にかなりダーティーなことも思いついちゃうクソよりのジジイだし、冬の女子高生は競技そっちのけで主人公に恋しちゃったりする。あからさまに「いい人」じゃない障害者の設定もリアルだし、それによって作品の持つ臨場感が高まっているように思う。2020年のパラリンピック前に読み返したい作品。

⑨リリー・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』

[amazonjs asin=”4488014631″ locale=”JP” title=”世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書)”]

 何らかの突然の災厄によって人類が滅びに瀕している世界、老天文学者と取り残された少女は北極圏の天文台で最後の時を過ごしている。一方、人類初の木星探査船はその調査を終え、地球への帰路にあった…。

 いわゆる「(ポスト)アポカリプス」ものなのだけれども、特筆すべきは全編を強く覆い隠す孤独感。極地と宇宙というこれ以上人類がいないだろう、という場所を選んだのも面白いし、その他の世界の状況が全くと言っていいほどわからないのが、普通の滅亡ものとは一味違った孤独感をもたらしている。老天文学者はあまり生き残る気力がないので、天文台に残された備蓄を食べてのんびり暮らしていて、その点もちょっと変わったテイストで芦奈野ひとしの名作『ヨコハマ買い出し紀行』や田中ロミオの『人類は衰退しました』に近いものがある。もっともこっちの主人公はダウナーofダウナーだが。しかし、単調な話かと思いきや、老人が過去に犯してきた過ちや後悔が垂れ流され、人となりや秘密が浮かび上がってくる。謎の少女や二人の主人公の関係などミステリアスな要素も散りばめられていて飽きさせない作り。そして、あまりにも美しい結末の描写には思わず涙が出そうになった。くまSFでもある(違うか)。静かな終末ものとして残すべき傑作。そういえば、これも『七人のイヴ』と同じように滅亡もの+天と地に分かたれた父娘の話だね。

⑩ピーター・トライアス『メカ・サムライ・エンパイア』

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 『高い城の男』オマージュとしてしんみりした幕引きをした前作『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』とは打って変わって、(表紙詐欺でなく!)メカ・アクション満載!主人公がゲームオタクの志願兵で、あれよあれよという間にメカ・パイロットになったりするくだりは数々の名作ロボットアニメを連想させるし、士官学校でドイツ人美少女とラブコメしたりするあたりは昨今のラノベっぽくもあって前作同様の盛りだくさんっぷり。メインヒロインかわいい。ただし、今回も景気よく人が死にます(笑)美少女であろうとも容赦しないところは好感が持てますね。逆に。 同盟国だったはずのナチスドイツとの緊張が高まり、今回の敵はナチスの生体装甲バイオ・メカ!怪獣モノでもあり、「廃棄物十三号」でもあり。次の『サイバー・ショーグン・レボリューション』(相変わらず最高のタイトルだ)ではついに大日本帝国VSナチス第三帝国になるのかな?楽しみすぎる。

短編小説編

①高山羽根子「オブジェクタム」(『オブジェクタム』)

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 「記憶」というものの持つ曖昧さ、浮遊感、とりとめのなさ。デビュー作である『うどん、キツネつきの』の延長線上に、本作はある。マジックリアリズム的でもあるし、スリップストリーム的と言っても良いかもしれないのだけど、地上5センチくらいのところに常に浮かんでいるかのような、この絶妙な日常/非日常の感覚は高山先生らしさが全面に出ている。例えば、本作の主人公は女性であるとも男性であるとも明言されないしどんな人物であるかも最後までよくわからない。にもかかわらず、彼/彼女の茫漠とした記憶の海から紡ぎ出される「あったかかもしれない」過去の世界は細部に至るまで妙に解像度が高く、それは記憶であるからなのか、彼/彼女の脳が補完した「本当ではない記憶」なのか、それすらも曖昧なまま、「祖父」とは誰だったのか、「壁新聞」とはなんだったのか、といったある意味で「過ぎ去ってしまったどうでもいいこと」ことが、なにかしらの重要性を持ったかのような錯覚を持ち始める。人を選ぶ作品ではあるけども、個人的にはミクロな事物から世界の広大さを感じさせてくれる大傑作。

②赤野工作「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」(『NOVA 2019年 春号』)

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 去年のベストにさせていただいた『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』の赤野工作先生の短編。「TVGWN」と同じように、ゲーム縛りでここまで情緒豊かな物語を紡げるという新鮮な驚きがまずある。そして、月面都市と地球との間の1.3秒、すなわち77フレームの短くて無限の距離が二人の登場人物を隔てる。とはいえ、ここで若い男女が出てくるわけでもなく、偏屈なジジイ二人というのがいかにも赤野先生らしい。彼らを隔てるのは物理的な距離だけではなく、人生の終わりに差し掛かったそれまでの澱みでもある。しかし、格ゲーという舞台の上で彼らはキャラクターの身体を操って互いに想いを馳せる。無機質なイメージを持つコンピューターゲームを生々しい(例えば台バンとか)身体性に接続し、ある種のコミュニーケーションとして描くという点で赤野工作の右に出るものはいないだろう2

③彩瀬まる「山の同窓会」(『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』)

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 一昨年のベストに選んだ川上弘美先生の『大きな鳥にさらわれないよう』を彷彿とさせる桃源郷的なサイエンスフィクション。現代日本から少し位相がずれた世界が描かれる。この世界の女性は「卵」を出産する度に衰えていき40歳に程度で死んでしまう(ちなみに男性は射精の度に死と隣り合わせになる笑)。ある種、動物的でもある野性味のある過酷な世界だが、そういえば100年も前の世界もこれに近い社会だったなあ、とも思う。ジェンダー的な内容を扱った作品だが、主人公は出産することができない女性で、それゆえに近親者の死を見届ける者となる。「卵を産むこと」が社会にコミットすることとなる世界で、主人公はいかにして自らの人生を意味づけるのか。奇異な設定とは裏腹に普遍性をも孕んだテーマである。川上先生っぽさのある透明感のある文体も魅力的。

④宮内悠介「超動く家にて」(『超動く家にて』)

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 本当に腹を抱えて笑ってしまった爆笑の叙述トリックSF。なにしろ、1ページ毎に新しい設定が出てくるもんだから、そのたびに脳内のイメージがどんどん書き換わっていく!禁じ手すぎて誰もやってなかったんじゃないか、という逆転の発想が楽しい。まさか舞台が○○だったとは…。まさか容疑者の一人がゴリラだったとは…。まさか家がマニ車になっていたとは…。SFならではのフリーダム過ぎる設定とミステリーのロジックが悪魔合体した傑作。ちなみに、同短編集に収められている「法則」もまた、ミステリー界の有名な掟「ノックスの十戒」をSF的ロジックで解釈した奇想天外な一品。

⑤トキオ・アマサワ「ラゴス生体都市」(『ラゴス生体都市』)

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 近未来エチオピアのディストピアもの。主人公が体制側の人間だったり、人間性の開放に向かったりと古典的ディストピアのエッセンスを踏襲しつつも、邦訳サイバーパンクを彷彿とさせる造語・フリガナが頻出するし、主人公はヤク中のラッパーみたいなファンキー野郎だしで実に楽しい作品。ディストピアっぽい薄暗さがあまりなくて、熱狂する人々の圧力が印象的。そもそもセックスが抑圧された世界で違法ポルノを取り締まるのが主人公だからな。相棒は違法ポルノ監督。短い尺で的確にまとめているという意味でも新人離れした作品。なお、最後はチンポで解決する。

⑥倉田タカシ「生首」(『Genesis 一万年の午後 創元日本SFアンソロジー』)

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 「年刊SF傑作選」所収の『最後の不良』とどっちにしようか迷ったんですが…。『最後の不良』は「流行」という要素をディストピアSFに連結した意欲的な作品でしたが、こちらの『生首』は全く毛色の違う作品。「生首」が隣の部屋にドスンと落ちる、というエキセントリックな起点からどんどん話が広がり浮遊し曖昧模糊なところに漂っていくこの不思議な感覚。代表作の『母になる、石の礫で』では遠未来の人類が生体3Dプリンタで肉体的にも精神的に変貌していくグロテスクな物語が展開されましたが、こちらはむき出しの「生首」が主役の一つとして登場しつつも、現代日本の日常から浮遊しつつそこに繋ぎ止められているという「浮遊感」としか言いようがない不思議な感覚が魅力的。あとがきでもこの文体を貫いていたのも面白かった。

⑦sanpow「竜とダイヤモンド」(『Wheels and Dragons』)

 『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』が大絶賛発売中の三方先生による同人作品。「トランスヒューマン~」も良いんだけど、個人的にはこっちのほうが…。というのもこの同人誌、「ドラゴンカーセックスしばり」なんですよ!これだけでもう入れるっきゃないでしょ。「ドラゴンカーセックス」が何かわからない人はちかくの大人の人に聞いてね!で、この題材でSF書くとなるとどうしたって、「なんでドラゴンが車に欲情するのか」という理由が重要になってくると思うんですが、この短編はその理由付けに紙幅を大きく割いていて、生態学的な観点と情緒的な観点から考察していくスタイルが良かったんですよね。歴史改変されたロンドンが舞台で、主人公は鹿人(角ある)、ヒロインは没落貴族のお嬢様。ロマンスありサスペンスありで、短いながらも様々なネタが盛り込まれた楽しい一編。長編でも十分いけそう。

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⑧小川哲「七十人の翻訳者たち」(『NOVA 2019年 春号』)

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 小川先生らしい濃いい学術ネタが楽しい一本。元ネタはもちろん『七十人訳聖書』で、イスラエルの12氏族から派遣された72人の長老によるこの聖書の成り立ちが「奇跡」という軸によって語られていく。21世紀中盤の言語学研究の現場と交互に描かれていく中で、この「奇跡」の正体が明かされていく。緻密な歴史描写と対照的に大法螺SFっぽいオチが楽しい。

⑨小林泰三「クラリッサ殺し」(『NOVA 2019年 春号』)

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 「《レンズマン》がフィクションであるような世界は現実であるはずがない」。これに尽きる。《レンズマン》シリーズ知らなくても楽しめるメタフィクションSF。逆にレンズマン世界にあんなものがあるのがメビウス構造っぽさがあって
そのあたりも面白い。

⑩渡辺零「思い出をありがとう」(『Wheels and Dragons』)

 いやー、これ反則みたいなやつだから入れるかどうか迷ったんですよね。「竜とダイヤモンド」と同じ『Wheels and Dragons』所収作品だし、そのくせ同書の規定(ドラゴンカーセックスしばり)ギリギリのところだし…。でもこの引き込まれる文章にノックアウトだわ…。勢いがあったで賞みたいな。今年のベスト・ワン・センテンス。

まとめ

 その他推し作品

 ショーニン・マクガイア『不思議の国の少女たち』は「不思議の国のアリス」のメタフィクションというか「異世界もの」のパロディで、異世界から帰還した少年少女のその後のお話。現実世界の凄惨な描写と陰鬱な雰囲気が良い。高野史緒『翼竜館の宝石商人』は17世紀オランダを舞台にしたレンブラント絡みのミステリー。レンブラントの息子のティトゥスが主人公だったりして、美術史学徒にはたまらない描写が満載。幻想的なオチも好み。デニス・E・テイラー『われらはレギオン』全3巻は入れるかかなり迷った傑作。SF版「なろう小説」というか、転生したら恒星間探査機のAI(AIではないが)にされていた話。俺ツエー系なので中盤から安定しちゃってダレるし、最後の決戦が若干期待はずれ。アクション、サスペンス、文明育成、ヒューマンドラマと様々な要素がてんこ盛りで楽しい作品。大樹連司『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』はアニメ映画のノベライズのはずだが、映画の方の設定だけ借りたやつ。映画は近年稀に見る駄作だったが、小説版(映画の方は原案程度の扱いだが)は傑作。どんどんジリ貧になっていく様が最高に盛り上がる。アンディ・ウィアー『アルテミス』(上下)。『火星の人』で一世を風靡したアンディ・ウィアーの新作で今回は開発途上の月面が舞台。人間が増えたのであの独特の雰囲気は失われてしまったが、ユーモアのセンスは健在。ダクトテープも大活躍だ!宮澤伊織『裏世界ピクニック 3 ヤマノケハイ』も相変わらず面白い。百合ブーム来てるし、アニメ化ワンチャンあるか?

おわりに

 今年もSFばっかり読んでたし多分来年もSFばっかり読んでるだろうな…。全力で読んでも年間に発売されるSFの全部も読めないのでつらいですね。前回は「ノンフィクション系を増やしたい」とか書いてるんですが、今年も10冊くらいしか読めなかったし、厳しいなあ(『無知の科学』面白かったです)。

 毎月読んだ本のまとめ記事、あまり人は来ないけど、備忘録にちょうどいいので今年も継続していこうと思います!それでは来年もよろしく~。

NOTES

  1. 正確には50人ではないらしい。
  2. と思ったけど、押切蓮介『ハイスコアガール』とかまさにこの文脈だよな。