外れなしの韓国製フライト&ウイルスパニック『非常宣言』

ソン・ガンホ主演だし期待しない理由がなかったんだけど、これが年初から今年ベスト級の面白さ。典型的な飛行機パニックものの体裁を取りながら、コロナ禍における集団の心理と、より普遍的な人間たちの物語が紡ぎだされていく傑作。正直、よくあるB級映画だと思って舐めてました。

序盤は最近のエンタメ作品らしからぬスロースタートなのですが、いざ旅客機という密室が完成するやいなや物語が加速度的に突き進んでいく展開が上手い。あらすじを簡潔に説明するなら、「韓国ーアメリカ間の旅客機内でテロリストが超致死性のウイルスを散布して、各国をたらい回しにされる話」という、それほど面白みのない話なのですが、演出が突出して秀でいてる印象の映画です。

例えば、サンフランシスコを目前にしてアメリカの門前払いにあって回頭していく場面。夜を徹して飛んできた旅客機がゆっくりと韓国へと機首を向けていくと、客室の窓からちょうど上ってきた朝日が差し込んでくる。希望の光に背を向けて暗い夜へと戻らなければいけないという絶望感。天候や光に心情表現を織り込む手法は定番中の定番ですが、ここでの一捻りは上手く感じます。

あるいは、後半の「最後の交信」の場面。ネタバレになるので詳細は書きませんが、各国をたらい回しにされたKL501便は母国に戻ろうとするものの、そこで着陸反対デモに遭遇します。ここあたりのくだりや、中盤の機内での感染者選別の場面はコロナ禍の世相を反映した描写としても秀逸なのですが、このような拒絶にあった501便はどうするのか?というのが物語のクライマックスになります。エンタメ映画である以上、悲劇は起こらないだろうという固定観念を揺さぶってくる、終盤のこの緊迫感は凄まじく、近年稀に見る没入感を体験できました。

実は主演のソン・ガンホは旅客機の乗客ではなく、地上で事態の全容を解明しようとする刑事の役を演じています。例えば旅客機をコロナ禍における感染者の象徴としてみるとするなら、地上を泥臭く駆け回るク・イノ刑事(ソン・ガンホ)やスッキ国土交通大臣(チョン・ドヨン)は、さながら感染者と社会を支えるエッセンシャルワーカーに対応するのではないでしょうか。そういった意味で、この映画はコロナ禍を表象した映画の一つに数えられるのではないかと思います。

脇道のイエの物語が面白い。『書庫を建てる: 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』

今週は『書庫を建てる: 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』を読んでいました。ずっと積んであるなあ、と思っていたのですが、発行年見ると2014年!ほぼ10年前の本なんですね。東京近郊の土地と住宅の値上がり、ここ数年で異常に上がっているので、読んでいると価格が安すぎてめまいがしてきます。いまだと阿佐ヶ谷のこのへんとか2倍くらいはするんじゃないでしょうか?まあ専門外なので知らんけど。

ところで、この本、書庫を建てるのは後半のパートで、前半は著者である松原隆一郎氏の半生…というか彼の祖父まで遡るイエの歴史がつらつらを綴られています。Amazonのレビューを見るとここの部分がとても評判悪いのですが、個人的には著者の思想が色濃く出ており、むしろこっちが本体なのでは?と思わせる話の濃厚さが滅法面白かったりします。第二次世界大戦を挟んでまさに栄枯盛衰の人生を送った祖父、祖父の影に隠れ偏屈になっていくうちに家族と縁を切ってしまう父、そして家族の仏壇(と大量の本)を納めるための家を探し求める著者…。三代に渡るイエを巡る物語はともすればフィクショナルなナラティブのような手触りなのですが、事実は小説よりも奇なりとはまさにこういうことでしょうか。

そして、このイエを巡る紆余曲折が松原氏の都市景観についての思想に結びつき、阿佐ヶ谷の「書庫」に結実していくというのが実に気持ちの良い流れだったりするわけです。

と、上記の直接建築に関わらない部分が大きいため、正直、「書庫を建てよう!」と思ってる人(いるの?)が読んでも肩透かし、という感想は否めませんが、個人的にはかなり大満足の本でした。

霊のくせにやたらと元気な連中が印象的『生きてるうちに推してくれ』

売れないけど”見える”地下アイドルと見えないけど祓える坊主という異色のバディもの。前作の『特撮ガガガ』は読んでないんですが、評判が良かったので買ってみました。バディもののキモはやはり主役二人の関係性だと思うんですが、この作品はそれが抜群にいいですね。売れない地下アイドルも生臭坊主もよくあるキャラクター造形だと思うんですが、二人がくっつくことによって予想外の化学反応が生まれ、唯一無二の世界観が作り出されています。特に会話のテンポが好き。

この二人が霊を払っていくというのが大筋ですが、このあたりも全く奇をてらっていないのに、丁寧かつ少しずらした展開を持ってくることで他にはない魅力を生み出していると思います。出てくる幽霊たちもみんな魅力的で、かつ死んでるとは思えないほど元気というのも面白いポイント。

全く注目してなかった作品なので思わぬ拾い物でした。

『お兄ちゃんはおしまい!』の作画とレイアウトに慄く

冬アニメの『お兄ちゃんはおしまい!』第1話を観ました。

前評判も異常に高かったけど、実際に観てみるとすごすぎて笑ってしまうレベル。今村亮さんのキャラクターデザインからして最高なんですが、評判通り作画がすごい。それも、リアル志向じゃなくて「アニメ的な」作画の良さなんですよね。やたらこだわってる下着のカットもすごいんですが、やはり動きと芝居の細やかさが個人的には印象的。アバンタイトルでまひろが部屋の中を歩き回るカットからもう驚かされるんですが、こういう地味なシーンが丁寧に作られていると安心感が違いますね。作画だけでなくレイアウトも異常に凝っていて、ロングショットで全身の芝居を見せるカットの多いこと。狭くてごみごみした部屋の中を窃視的な視点で切り取るカメラ位置もめちゃくちゃ面白い(そういえば妹の名前は「みはり」なのでした)。フィギュアの影から覗き見るようなカットとか、とても手間がかかっていて凄まじいこだわりよう。

内容としてはTSものに分類されるので、お色気アニメ(古い言い方)的なものかと思っていたのですが、男→女に変わってしまう主人公のまひろがエロゲーマーニートであるにも関わらず、直接的な描写はあまりなくて、個人的には見やすい雰囲気でした。その代わりお腹の描写とか足の指とかのフェティッシュな描写がすごいんですが。

内容的には人を選ぶと思うんですが、作画ファン的には必見の作品だと感じました。