今月のおすすめ

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 志村貴子原作の(若干大人向け)恋愛ショートショート漫画のオムニバスアニメ化。映像化されたエピソードは原作タイトルで言うと「えっちゃんとあやさん」「澤先生と矢ヶ崎くん」「しんちゃんと小夜子」「みかちゃんとしんちゃん」の4つ。

 かなり原作準拠というかほぼそのまま映像化されていて、原作ファンとしても満足。特に驚いたのは志村貴子の作品に流れるゆったりとしたテンポというか独特の間であるとか空気感のようなものも再現されていたことで、さすがベテランの佐藤監督といったところ。佐藤監督の最近の作品、『舟を編む』くらいしか観れていないのだけど、連想したのは初期の監督作である『NieA_7』(2000年)や『苺ましまろ』(2005年)あたりの作品。美術・色彩設計・音響なども素晴らしく、この空気感に酔いしれるだけでも観る価値は大きい。とはいえ、1時間程度しか尺がないのに本編が始まるまでがやたらと長いのはヒヤヒヤしてしまった。

 原作の『どうにかなる日々』は(志村作品にしては)性描写が直接的で、そのあたりも魅力的ではあるのだけど、さすがに映像化する際にはエピソードの選択がされていて、例えば「澤先生と矢ヶ崎くん」の前日譚にあたる「ヨリコさんと田辺くん」の話は前半に限って言えば露骨にヤりまくってるのでおそらく選ばれなかったのだとは思うのだけど、原作のそういった緩やかなエピソード間のつながりも面白かった人間として若干の寂しさがあったりもする。映画の中での性描写は控えめなのだけど、それでも最初の女性カップルのエピソード(「えっちゃんとあやさん」)での身体の触れ合いの描写は繊細に描かれていてそのあたりの芝居も見応えがある。

 「澤先生と矢ヶ崎くん」は原作でもかなり好きなエピソードなので映像化されたのが嬉しい。なんでもない話なのに、中年に入りつつある男性の乙女チックとも言える心のありようが楽しい。後半の2エピソードは前後篇で思春期の男女の緩やかな変化を描いていて、これもかなりいい。AV女優がいとことして出てくるので際どいよなあ、とも思っていたのだけど、興味の対象が年上の女性から同じ年頃の幼馴染に移っていく繊細な感情表現が素晴らしく、終わり方も非常に爽やかで印象に残る。

 しかし、よくこの原作を映画化しようとしたなあ…。規模は小さいけど、心に残る映画。おすすめ。

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観た映画一覧(時系列順)

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 うーん、まあ一言で言っちゃうと「すげえ金かけたSFバカ映画」って感じ。言い方は悪いけど。とは言いつつ、それでもめちゃくちゃおもしろいからやっぱノーランはすごいぜ!

 時間逆行SFといえばクリストファー・プリーストの『逆転世界』あたりがまっさきに思い浮かぶのだけど、この映画は一つの世界全体ではなく、特定の個々の物体が逆転するというのが見どころ。銃弾が銃に戻っていくというビジュアルのインパクトは強い。でもそのせいでわけがわからなくなっている面が無きにしもあらず。過去に飛ぶと自分以外の物体が逆方向に動くというのは実に面白いし、ビデオを逆回しするだけでその表現を実現できてしまうというコロンブスの卵的発想は素晴らしい。いやでも、「空気が入ってこないので酸素マスクをつけます」は分かるけど、なんで普通に車運転できてるんや?っていうね。あの車も未来から持ってきたのか?とも思ったんだけど、燃焼したガソリンで凍傷になってるしなあ…。科学考証的な部分以外でも、絵を一枚消し去るために金塊を載せたジェット機を空港に突っ込ませたりとか、「そうはせえへんやろ」というツッコミどころが満載。

 とはいうものの、そんな些末な(せやろか…)瑕疵が気にならなくなるくらいのリッチなビジュアルとダイナミックな展開はさすがのノーランといった感じ。「ビデオを逆再生する」と単純に時間が逆転するというのは知識では知ってるし、何度も観たことがあるのだけど、それを物語の中でやられるとここまで印象が変わって面白くなるとは。特にクライマックスの大掛かりな戦闘シーンは、未来から来た時間逆行組と通常の時間で活動している2チームが入り乱れたミッションを遂行していくというわけのわからない場面になっていて盛り上がること必至。何が起きてるかわからないけど面白いのはもちろんのこと、爆破した建物が再生していく様とか、何も考えずに観ていても単純に面白いのが流石。中盤のカーチェイスも逆行カーチェイスなのでこれも面白い。これだけのバジェットを使ってわけのわからない設定の映画を作ってしまうのはノーランを置いて他にないだろうし、そこは評価したいところ。SFってのは極論言えば「それっぽく見えれば」いいわけで、ノーランはそのへん上手なあ、と今回も思ったのでした。

 ちなみにこの映画で自分が一番ゾッとしたのは、空港の美術品保管室の中に主人公が熱々のエスプレッソ片手に入っていく場面ですね。いや置いていくか飲み干してから入れや!

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 倉庫作業で生計を立てる希(辻凪子)。人付き合いが苦手な彼女は倉庫の同僚や上司とも馴染めず、家にいる金魚のキンちゃんだけが友達だ。日々を漫然と過ごす彼女に、ある日転機が訪れる。

 渡辺監督の前作、正直言うと映画としての体裁が微妙だったのですが、今作はかなり進歩していて、少なくとも映画として観れるものになっている。その成長ぶりにまず驚かされました。画面は今流行りの明るすぎるきらいはありますが、むしろその真っ直ぐさが気持ちいい。倉庫の荷物の描写や帰宅する希をロングショットの長回しで取ったりするカットが見応えがあります。そして何より主人公・希役の辻凪子さんがとてもいい演技を見せてくれます。最初のうちはあまりにもぶっきらぼうで不安になるのですが、30分という短い時間の中で次第に成長していく感情表現が良いですね。

 ストーリーに関しては、若手監督にしては尖ったところが全く無いのが気になったのですが、まあむしろそこがいいのかなあ…。地味というか個性があまりないけど、逆にそこがメリットになったりするかも?この物語、全くといっていいほど何も事件が起きないのですが、唯一(そして物語の転機となる)の事件が駅のホームで泥酔していた女性を助ける、というエピソードでまあ地味なんだけど、それって大事なことですよね。というところでこの作品全体のカラーともマッチしているというのが面白かったですね。地味だけど大切なことを丁寧に描くというのを極めていくとこれは強みになるような気がします。いやでももうちょっと尖って欲しいとは思うけども。

 ところで一番驚いたのが、ラジオのMCを監督自身がやっていたという点。めちゃくちゃ本職っぽいし、話されてる小話(鍋の具をサラダだと思って取り分けてたみたいなしょーもない話)がいかにも渡辺くんが考えそうな話で良かったですね。賞も獲ったことだし、次回作も期待してます!

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 19世紀の半ばから始まり、完成までに70年を要したというオックスフォード英語辞典の編纂を描く。貧しい家庭に生まれたため教育を受けることができなかったにもかかわらず独学で言語学を極めた異端の学者・マレー博士(メル・ギブソン)。辞典の編纂に着手した彼のもとに一通の手紙が届く。それは元軍医のアメリカ人、マイナー博士(ショーン・ペン)からのものだった。軍の経験から精神を病み、病棟で暮らすマイナーとマレーは辞典編纂という大事業に立ち向かっていく。

 辞典を作る物語といえばやはり真っ先に思い浮かぶのが三浦しをん原作の映画/アニメ『舟を編む』なのだけど、向こうが比較的爽やかなお仕事ものだったのに対して、こちらはノンフィクションで最初の版を作るというのがやはりすごい。挑発的なタイトルからもわかるように、仕事のためというよりはもはや人生のために辞典を作っている。もはやどっちが狂人なのかわからなくなるくらいの熱量で、主演二人の怪演とも言える演技によって凄まじい物語が展開されていく。物語中盤で「辞典が完成した!」とか言い出すので、「いや、早すぎるでしょw」と突っ込んでいたら「A(の半分くらい)までできたぞ!出版パーティーだ!」と来るので腰を抜かしてしまった…。さすがイギリスの誇る世界最高峰の辞典というだけはある。かと思えば、用例採集のくだりや「文字の海を渡る」なんて表現が出てきたりもして、時代と場所は違えど辞典編纂という事業にはどこか共通するものがあってそのあたりも面白かった。

 ところで主演のメル・ギブソンとショーン・ペンの演技(特に苦悩するショーン・ペンの熱演は見事!)なのだけど、脇を固める人々も地味ながら実に良い役柄をこなしていて、そのあたりも見どころ。特にマイナーと静かな交流を深めていく看守マンシー役のエディ・マーサン、マイナーに勘違いで夫を殺された寡婦イライザ役のナタリー・ドーマーは役柄的にも重要なのだけど、繊細な感情表現が素晴らしく印象に残る。

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 ポーランドに住む17歳のオラ(ゾフィア・スタフィエイ)。家族は母と障害のある弟。父は彼女が小さい頃からアイルランドに出稼ぎに出ていて、もう顔も覚えていない。18歳の誕生日に車を買ってもらえるという約束を楽しみにしていたオラの元に、突然、父の訃報が届く。英語の話せない母に代わり、オラは父の遺体を引き取るため、一人アイルランドで奮闘する。

 東京国際映画祭1本目。TIFFの作品に外れって無いんですが、この作品はその中でも格別出来が良い!1本目から大当たりを引くとは…(よくある)。言い方は悪いんだけど、青少年向けのユース部門だったので舐めていたというのは正直ありますね…。で、ユース部門であるにもかかわらず、この映画の主人公・オラは最初から最後までタバコ吸いまくりというのがまずすごい。このあたり評価の分かれるところかとは思うんですが、このタバコというアイテムが作品のテーマとマッチしていて、使い方が非常に上手いですね。

 この未成年でありながらタバコを吸いまくり酒をラッパ飲みする、アンモラルだけど若者らしい気持ちの良さを持ったオラが一度も出たことのないポーランドからアイルランドと海を渡り、ほとんど思い出のない父親の遺体を国に戻そうと奮闘する。そして、この冒険の中で描かれる大人らしさ/子供らしさという揺れ動く境界の描き方が素晴らしい。例えば、オラは職業紹介所に乗り込み啖呵を切って大人顔負けの交渉を展開するかと思えば、終わりの方では父親の残した金で車を買おうとするわがままをみせたりもして、このあたりのさじ加減が実に繊細で見ごたえがあります。なにより、異国の地で一人戦うオラの闇雲な行動力と越境力に魅了されてしまう。

 しかし改めて思ったのは「17歳映画に外れなし!」ということですね。この作品もまた、この系譜に連なる名作になっていくでしょう。日本での公開期待してます!

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