今月のベスト1冊

藤津亮太『ぼくらがアニメを見る理由ー2010年代アニメ時評』

 藤津亮太先生の評論は優しい。それは平易な言葉使いとわかりやすい文章というだけでなく、批評対象に対する姿勢だ。どのような作品であっても、ほとんど批判的な指摘を行わず、一貫して作品のいい所を探そうとする肯定的な批評は、読んでいて安心感しかない。なにしろ、ネット上で散々叩かれていた細田守の最近の作品であっても、こちらが思いも寄らない肯定的な視点をもってくるのだ。もちろん、こうした批評行為には賛否両論あろうが、しかしそれでも、個人的にはこの方針は素晴らしいと思う。何より、読んでいて楽しい。

 本書はそんな「優しい批評」が詰まった一冊。大ヒットした『天気の子』や『この世界の片隅に』のような2010年代を代表する作品から、『true tears』や『日常』といったいわゆるマニア受けする作品まで縦横無尽にとにかく大量の作品を扱っていて、観たことのある作品であればその視点の新鮮さに驚かされるし、まだ観たことのない素晴らしい作品の数々に圧倒される。ある程度日常的にアニメを観るような人間であれば必読の本だと思う。

 特に良かったのは巻頭に置かれた新海誠をめぐる言説だ。新海作品のモノローグに着目し、その転換点を(個人的には微妙だったと感じている)『星を追う子ども』(と『秒速5センチメートル』の「コスモナウト」)に見出したのは衝撃だった。「モノローグによって召喚される”回想形式”、その回想を通じて、再発見される背景(=風景)。それこそが新海監督の武器であり、文体であった。」(p.13)また、「新海誠らしさ」のコアとして挙げている「存在していないものの喪失感」という概念は、これまで新海誠の作品に対して感じていた、あのもどかしい感じに言葉を与えてくれたという点で印象深い。

 そして、ロジカルな分析を情緒的な言葉で覆っているのもこの本の特徴だ。それは単に優しい、というだけではなく、観たことのある作品であれば、自然とその場面が目に浮かんできて、そして涙もろくなってしまうというレベルで。本書で言うなら、それは「すずの右手と世界の繋がり ー『この世界の片隅に』」であり、「みぞれと希美の距離感を巧みに描く、映像言語の饒舌さー『リズと青い鳥』」あたりだろうか。登場人物に寄り添い、架空の物語世界があたかも存在しているかのように論ずる言葉の暖かさ。読んでいて泣けてしまう、これはそんな「評論」の本である。

 すずは右手に別れを告げたが、だからといって「右手で繋がっていた世界」が消失してしまったわけではない。それもまた、すずの(そして私達の)隣にふいに顔を出すのだ。相生橋で再びすれ違うばけもんのように、幻想の中ですずと肩を寄せ合うりんのように。
(『ぼくらがアニメを見る理由』「すずの右手と世界の繋がり ー『この世界の片隅に』」p.122)

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

遠藤達哉『SPY×FAMILY』第2巻

 アーニャちゃん入学巻。アーニャ氏がひたすら可愛いので、それだけで画面が保つのがずるい。澄ましてる顔もいいけど、悪い顔もいいんだよな〜。ダミアンくんを小馬鹿にする時の「フッ」の表情とか。『魔法陣グルグル』っぽさがある。

 すごい勢いでダミアンくんを殴ってしまったアーニャが翌日謝るだけの話がとても良かったですね。同じクラスなのにすれ違ってしまう妙味というか。大掛かりな工作を仕掛ける父の必死さも面白いし、ダミアンくんを前にして頑張って謝ろうとするアーニャ。でも号泣!のあたりの雰囲気が上手い。で、それに惹かれてしまうダミアンくんも美味しい。絶対あとの方になってデート回とかあるよな〜。楽しみ。

芥見下々『呪術廻戦』第7巻

 あんだけ色々ゴタゴタしてガンガン人死んでんのに野球やってるのが最高にクール。エウレカかよ。ルール知らないやついるし、なんかすごいな。加茂くんとかかっこいいこと言いながら三振だし。メカ丸がピッチングマシーンになってるし、突っ込みどころしか無い…(最高だ)。

 後半は真面目なアクションなんだけど、敵兄弟の兄のおちゃめな服装、というか裸体が気になって集中できなかった…。背中、隠せばいいのにね…。いいキャラだけにすぐ死にそう(この作者はそういうことやるタイプだと思う)。吹っ切れた伏黒くんがいい感じですね。次巻も楽しみ。

瀬野反人『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~』第2巻

 唯一無二、という言葉が似つかわしい本作。第2巻も大変面白い。ミノタウロスの人(?)が実は同業で向こうも意思疎通を図ろうとしている、というのがわかるのがいいな。音声言語だけじゃなくて、身振り言語に重きを置いているのも大事なポイントだよね。モンスターとの意思疎通という感じが出てて。初見はいかにも不思議な風体なのに、話が進んでいくうちにどんどん「人間臭く」見えてくる不思議。

 2巻のハイライトはラミアとの会話のくだりでしょうか。小さい蛇っぽいラミアというイメージも新しいし、板をトントン叩いてコミュニケーションを取ろうとするのがどことなくモールス信号というかデジタルっぽさがあって面白い。結局よくわからん、というのも言語学的にリアルな感じがする。まあ専門外だからなんとも言えないけど。

 すごい地味だし、物語の終着点が見えない点は気になるけれども、あまりない種類、というかほぼ無いジャンルの作品なので応援していきたいところ。

小川哲『嘘と正典』

 『ユートロニカのこちら側』から早5年、小川先生もだいぶ遠いところまで来ましたね。SF大賞を受賞した『ゲームの王国』を読み逃してしまっているので早く読まねば。

 コミカルな(そしてシニカルな)ものからハードSF寄り(あくまでも「寄り」である)なものまで様々なテイストの6編からなる短編集。もちろん、どれもハイクオリティで、今回は「時間」に纏わる作品が多い印象。特に気に入ったのは以下の3編。

 巻頭に置かれた「魔術師」は「実現可能な」タイムマシンをめぐる物語。まさに人生を掛けることが出来ればマジック的な文脈で実現できそうだが、しかし本当にタイムマシンなのでは?という曖昧さが知的好奇心を掻き立てられる。そしてまた一つの家族をめぐる愛憎と執念の物語であることも世界に重厚さを与えている。

 「ひとすじの光」はSF的なギミックはないものの、これもまた家族についての物語だ。亡くなった父の残した競走馬とその馬に関する父の原稿。そこから主人公と父との思い出が展開されていき、さらに馬の血統図を辿って「馬たち」の物語が描き出される。全くSF的ではないのだけど、文字によって遥かな過去まで想像を膨らませられるという点では確かにこれもSFと言えるのかもしれない。

 そして描き下ろしの表題作「嘘と正典」。東西冷戦を背景に、CIA工作員が共産主義の消滅を目論む。…と書くと非常に凡庸な印象だが、偶然発見された時空間のコミュニケーション手段によって、エンゲルスを失脚させるという遠大なSF的背景が魅力的。実際の歴史的事実を下敷きにして丁寧に描写することで、非常に力の入った作品になっている。劇中のSFガジェットの面白さといい、共産主義の誕生の必然性について語るくだりといい、とても読み応えがある。

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