ベスト10冊(活字)

ガブリエル・ゼウィン『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』

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ゲーム制作をめぐる、四半世紀に渡る男女の友情の物語。ゲームを人生に例えた作品はそう多くはないが、現実とゲームの決定的な違いをえぐり出すように描きつつ、それでもなおゲームのように人生を生きられないかと模索していくのが実にいい。特に良かったのは登場人物の一人であるマークスが「NPC」としての人生を愛おしく回想するパート。泣ける。

読んでいる時に連想していたのは、もちろんあのゲーム小説の名作、赤野工作先生の『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』である。

久永実木彦『わたしたちの怪獣』

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『七十四秒の旋律と孤独』で鮮烈なデビューを果たした久永実木彦先生による最新短編集。

叙情豊かな表題作も素晴らしいが、個人的な一押しは最後に置かれた「「アタック・オブ・ザ・キラートマト」を観ながら」。あの稀代のバカ映画『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を軸に据えているにもかかわらずここまで感動させてくるとは思わなかった。素晴らしいアポカリプスものであり、そして素晴らしい人間賛歌。

菅野賢治『「命のヴィザ」の考古学』

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一昨年の『「命のヴィザ」言説の虚構』は圧倒的な年間ベストだったのでもちろん今年も入れない訳にはいかない。

「命のヴィザ」シリーズの第2段となる本書では、「命のヴィザ」という物語が、メディアを通じてどのようにして形成されてきたのか、がテーマ。

例によって重箱の隅をつつくような話ですが、資料に真摯に向き合うという意味で歴史学をやっている学生さんとかは必読だと思います。オーラルヒストリーの危うさへの言及もあり、その意味でもかなり影響がありました。

ベンヤミン・ファン・ロイ/アダム・ファイン『人を動かすルールをつくる 行動法学の冒険』

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「法律を作ったけど人々に守らせるにはどうしたらいいだろう?」という観点の学問が「行動法学」。「行動」という単語からわかるように行動経済学を法学に落とし込んだような内容で、行動経済学の本を読むと載っている事例がわんさか出てきます。さて、その知見をどうやって実際の方の行使に落とし込むか、というのが肝ですが、このあたりは行動経済学よりも実践的というか、実際の会社の業務、特に制度設計まわりの実装で応用できそうなところも面白かったですね。

沓名健一『作画マニアが語るアニメ作画史 2000〜2019』

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いわゆるWEB系アニメーターの大御所である沓名健一さんがここ2000年からの20年間の作画シーンを縦横無尽に語るインタビュー集。インタビュアーはおなじみ「アニメ様」こと小黒祐一郎さん。

例によって前半の10年間で7割くらい使っていて後半駆け足ですが、それでも読み応えたっぷり。一年ごとに注目作品を追っていくというスタイルもいいですね。誰もが知ってる作画アニメももちろんおさえられているのはもちろん、やはりマニアックな作品が多数挙げられているのが嬉しい。ここに挙げられいてる作品を追っていくのは実に楽しそう。個人的に嬉しかったのが『SAMURAI 7』(2004年)の森久司さんの仕事の再評価のあたりですね。

ロバート・ダールトン『検閲官のお仕事』

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「検閲」という事象に対する解像度が爆上がりする本。「ブルボン朝フランス」「イギリス領インド」「東独」という時代と場所が異なる3つの状況において、検閲官という職業は何をしていたのか?という観点で書かれています。

検閲官のイメージ、流れてくる書類に「可/不可」のはんこをバンバン押していくしかめっ面のおじさん、というものがあるかと思うんですが、実態としてはそういう単純なものではないわけですね。いわば国家と著者との間でバランスを取る調整官、あるいは現代で言うところの編集者のような役割だったということが、当時の資料や実際の検閲官へのインタビュー(!)によって解き明かされていきます。国家(体制)と著者との間の綱引きに翻弄される中間管理職のようなものと言ってもいいかもしれません。

小野寺拓也/田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』

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Twitterでも話題になっていた本ですが、岩波ブックレットということで非常に読みやすいボリューム。ナチの発明した(と言われている)政策を一つずつ検証していくスタイルですが、①本当にナチの発明なのか ②ナチの国家政策の中でどのような位置付けだったのか ③本当に国民のためになっていたのか という3つの明快な観点が設定され、常にこの軸で評価されるのがとてもいいですね。定番のアウトバーンから経済回復政策、世界に先駆けて制定された自然保護政策に至るまで「ヒトラーが発明したすごい政策」と言われているものをバッタバッタと切り捨てていく様は痛快の一言。

キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』

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絶好調の韓国SFの旗手、キム・チョヨプによる素晴らしき「コロナ禍SF」。過去の大厄災を生き延びた人々が当時を懐古するというモキュメンタリー的な雰囲気の作品。解決の決定打を生み出した英雄的な人だけでなく、というよりもむしろ彼らを支え、人知れず世界を保っていたいわゆる「エッセンシャルワーカー」としての人々を称揚する、彼らの名誉を回復しようとする物語が実に良いです。

河野真太郎『はたらく物語』

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今年は河野真太郎先生の新刊・旧刊が大量に発売されてありがたい限りだったのです、ベストにはこの本を。タイトル通り「働くこと」をテーマにした物語を論じた評論集であり、同時に「物語が働く」ことを示したダブルミーニングなのがクール。

論調としてはいつもの河野先生と同様にポストフェミニズムと新自由主義がメインとなっていて、その意味でもこのテーマは親和性が高くて面白い。直近のタイトルとしては『機動戦士ガンダム 水星の魔女』をビルドゥングスロマンとデスゲームを絡めて論じたあたりが面白かったですね。

朝日新聞社編『危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』』

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18人の多種多様な人々が「ナウシカ」を語る一冊。とにかく語る人々があまりにも豪華。『銀河帝国は必要か?』でおなじみの稲葉振一郎先生、『映像研には手を出すな!』の大童澄瞳先生、アニメーション研究の大御所・叶精二先生、ウクライナ戦争で話題になった小泉悠先生、鈴木敏夫プロデューサー…とまあ話題の人々がてんこ盛りで、かつみんながみんな語るポイントがほとんど違うというのが素晴らしい。読んでいると「この発想はなかった!」という視点がバンバン出てきて何回も読んでいる作品なのにまた読みたくなってしまうこと必至。

ちなみに語られているのは映画版ではなく(もちろん映画版に言及する人も多いですが)、全7巻からなる原作の方です。まあ当然そうでしょうけれども。

ベスト10冊(マンガ)

とよ田みのる『これ描いて死ね』第3巻

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常にじんわりと面白い作品ですが、3巻の見所はやはり「凡人」赤福のエピソード。みながみな「何者かになりたい」と思っている現代で、「何者でもない」ことをそう捉えるのか!という発想の逆転。漫画というものを描く作品において、こういう視点は貴重であり、そして希望でもある。作中のもう一人の「何者でもない」人物である手島先生の存在も考えると、この物語の結末もぼんやりと見えてくるのですが、こういう物語はかなり自分好みですね。

住吉九『ハイパーインフレーション』第6巻(完結)

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最後までハイテンションすぎて最高だった。6巻という巻数もかなりちょうどいい。キャラクターの濃さが魅力の一つだったけれど、ほとんど誰も死なずにちょうどよ大団円に落ち着いたのは個人的にとても良かった。最後の最後まで逆転劇が繰り広げられるのも良いし、偽札が本物として流通して経済が回復するくだりなど、偽物と本物をめぐる物語としてレベルが高い。

推しの登場人物はもちろんグレシャム。最後まで全くブレずに元気で良かった。

たむらゲン『遥かなるマナーバトル』第2巻

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前半のメールマナーバトルも良かったけど、やはり見どころは「ラーメン二郎」マナーバトルでしょう。初心者が挑戦しているからこそ面白さが倍増している。あれは初心者殺しですよね。

ピエール手塚『ゴクシンカ』第2巻(完結)

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めちゃくちゃ好きだったのに2巻で終わってしまった…けどこれくらいのボリュームがちょうどいいのかもしれない。地味なスタンドバトルといった趣だけど、ワードチョイスがとにかくいい。後半の怒涛のバトルが素晴らしく、メッセージ性が非常に好みなのでオールタイムベストに入れました。

キザキ/渡辺こよ『ハガネとわかば』第2巻(完結)

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生身とサイボーグの甘々夫婦もの。なんでもないイチャラブがひたすら繰り広げられているだけなのになぜだか面白いという。漫画としての軸がしっかりしているからかなあ。キャラクターが極端に増えていくわけでもないし、二人の関係が変化するわけでもないし、世界が広がっていくわけでもないのだけれど、いつまでもこの世界に浸っていたいと思わせる不思議な漫画でしたね。

道満晴明『ビバリウムで朝食を』第2巻

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タイトル回収。想像の範囲内だけど、やはり世界の秘密が明かされるくだりはグッとくる。どうしてタイムマシンで直後の時間に戻れないのか、といったSFみの濃い伏線が回収されるあたりは、たぶんこういうことかな?と身構えていてもワッ!となってしまう。いつもの道満先生のノリだと次巻あたりできれいに完結する予感。「未来世界」の世界観が特にいい。京都なのもエモい。

速水螺旋人『スターリングラードの凶賊 』第1巻

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『大砲とスタンプ』の速水螺旋人先制の新シリーズ。1942年のスターリングラードを舞台に美形と詐欺師がふらふらとその日暮らしを送る物語。主役の二人がとにかく魅力的だが、激戦地として名高いスターリングラードという都市のグラデーション、戦場と日常の淡いを描いた場所の物語として実に良い。おそらく悲劇的な結末を迎えるであろう雰囲気もかなり好み。

panpanya『商店街のあゆみ』

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まさかのユリイカで特集が組まれるほどの大作家になってしまったpanpanya先生の最新作。表題作もいいが、「奇跡」「うるう町」が特にお気に入り。この「すこしふしぎ」感は癖になる。

九井諒子『ダンジョン飯』第14巻(完結)

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最終巻をまるまる後日談に使うという大胆な構成。飯作って食ってるだけでほぼ1巻使ってるんだけど、そこがまたこのシリーズらしくて素晴らしい。「毎日好きなものを食べられるわけではない」というわかりやすい人生訓も良いし、ひたすら食について描いてきた本作で語られると重みが違うなあ。ライオスの呪い、本人は不服なんだろうけど、王様としては理想的な能力という気がする。

やしろ学『戦車椅子』第5巻

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今一番脂がのってるマンガ。キャラの濃さとスタイリッシュな作画が魅力的。5巻は幽李の「おねがい攻撃」が良かったですね。あと鰐口くん含むA組メンバーが再集結のあたりとか。ヨミの精神体のくだりもこういうところで予想外のものをぶっ込んでくるのがかなり良い。それは予想できないって!

これもアニメ化したら映えそうですけどねえ。BONSEかMAPPAあたりでやって欲しい。きれいな『ドロヘドロ』枠というか…。

その他諸々

『黄泉のツガイ』

やっぱり荒川先生の漫画力は異常。面白すぎる。アニメ化…しますよね?

『今日から始める幼なじみ』

甘々すぎてこそばゆくなる。中学生らしい初々しい感じもいい。これもアニメ化してほしいなあ。

『日本アニメの革新』

もっと地味でありきたりなアニメ論だと思っていたらかなり本格的なアニメ史論だった。それでいて読みやすい。キーワードの「世界観主義」で括られているのが良いし、きちんと歴史学として因果関係に重きを置いているのがいい。

『終戦後のスカーレット』

第二次大戦後版『ゴールデンカムイ』っぽくてかなり好きなんだけど、3巻くらいで打ち切りになりそう。キャラクターのクレイジーさとヒロインのマキマさんみが魅力的。

『愛蔵版 国民クイズ』(上下)

オールタイムベスト漫画の一冊がついに復刊。愛蔵版と言うだけあってB5版でめちゃくちゃでかくて最高~!これを気に売れるかと思ったけど、全く売れてないっぽくて悲しすぎる。

『アニメスタイル017』

今回もマジで面白いアニメしか特集してなくて信頼感しかない。特に『モブサイコ100 Ⅲ』の特集は良かった。

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 3』

世界がぐんと広くなる第3巻。とんでもない真相が明らかになり、さらに世界が広がっていく予感。ペッシュの設定が良い。

『ソース焼きそばの謎』

めちゃくちゃ地味でめちゃくちゃ面白い!ソース焼きそばの起源がお好み焼きと同源とは…!さらに東武鉄道の発展やら戦前の中華事情やらが絡み合って、日常にある些細なものでも世界と繋がっていることが実感できる良書。

『アートとフェミニズムは誰のもの?』

アートもフェミニズムもわかりづらいのでこれ一冊でかなり解像度があがる。「アートは見るものではなく読み解くもの」というのはかなり納得感がある。アンチフェミにこそ読んでほしいけど、まあ読まないだろうなあ。フェミニズム×アートの部分も実例がかなり挙げられていて勉強になる。

『2020年代の想像力』

舌鋒鋭くてめちゃくちゃ笑う。タコピーとか水星の魔女の1期最終回の馬鹿騒ぎとかもボコボコにぶん殴っていて最高!!気持ち悪いなあと思っていたことがきちんと言語されていて良い。

『これで死ぬ』

ほぼ全部死亡する事故が淡々とかかれていて気が滅入る。どうすれば避けられるかがかかれているのは有用だけど避けようがないものもいくつかあってうーん、となってしまう。読んでおいて損なし。

『東京ヒゴロ』(完結)

今年のベストに入れるべきなんだろうけど良さが上手く言語化できず。めちゃくちゃ良いことはわかるのだけど。

『違国日記』(完結)

上に同じく。凄まじい完成度で終わったけど、咀嚼に時間がかかる感じ。