「美し」と書いて「うまし」と読む
『肉は美し』はアルゼンチン発の「人肉SF」。家畜が全滅したパンデミック後の世界では人が家畜となり、屠殺場では食肉用の人が飼育されている。主人公は食肉加工工場の重役で、人を屠殺する退屈な毎日を送っていたが、ある日取引先から一頭の美しいメスを送られる。
衝撃的なのが、現在日常的に行われている食肉加工のプロセスを人間に当てはめるだけで、ここまでグロテスクな物語が出来上がるということ。著者はヴィーガンで、現在の食肉加工に対する批判精神がこの物語を描かせたらしい。作中では食肉用の人間は声帯を除去され、熟練の職人によって頭を叩かれて気絶させられたうえで喉を切られて血抜きをされ、解体されていく。微に入り細を穿つ執拗な描写は、小説でありながら目の前にその現場を見ているような強烈な映像喚起力をもたらし、読んでいて本当に気分が悪くなってしまう。食事中(特にステーキなど)に読むものではない。
そしてこの作品は「言葉」をめぐる物語でもある。人肉食の合法化は〈移行〉、家畜化された人間は〈頭〉、人肉は〈特級肉〉と呼び替えられるが、このあたりはディストピアSFの古典『1984年』が想起される。物語は主人公のマルコスが贈られたメスの〈頭〉に情を移し、孕ませる展開へと移っていくが、結末は全く予想できないものだった。言葉というものがいかに人の認知を構成しているかを示す結末は衝撃的であるとともに、我々が生きる現在の言論空間もまた、このようなディストピアと直線上に並んでいることに気づき、慄かされる。
着ぐるみは世界を救えるか
ジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』はとても変わった小説。第二次世界大戦末期、広島への原爆投下を止めるために特撮俳優ががんばる話なのだけど、その背景がかなり込み入っていて面白い。米海軍が遺伝子操作によって密かに作り上げたゴジラを彷彿とさせる怪獣たちだったが、制御ができないため実戦投入は難しい。そこで日本からの使節団の前で着ぐるみを使った日本への攻撃を模倣し、降伏を決断させようという、なんとも迂遠な作戦。ではあるのだけど、B級モンスター映画界のスターである主人公シムズはこの難題に果敢に挑んでいく。随所に仕込まれた怪獣映画や怪奇映画のネタもさることながら、根底に流れている反戦のテーマが良い。もちろん、こんな遠回りの作戦がうまくいくわけもないのだが、物語の本質的な部分はむしろその後から始まる。物語は主人公シムズが数十年後に事件の回顧録を執筆するホテルでの一夜を舞台として進行していくが、この一夜の間にシムズの元を訪れて交流していく人たちのエピソードも素晴らしいし、彼が抱える後悔の念がしだいに明らかになっていくくだりもいい。
こういう本が読みたかった
アニメ業界での「様々な属性の作り手たちの「声」を集め」るプロジェクトのZINE『コマ送り』の第1弾で副題は「アニメ業界とフェミニズム」。アニメ業界に籍を置いているフェミニストたちが書いているのでとても安心感がある。「アニメ業界とフェミニズム」というテーマでは、アカデミズムや批評の領域においてはしばしば取り上げられることが多くなってきた分野だけれども、中の人達が自ら批評的に声を上げることは珍しいように思われるので、その意味でもこのZINEが出版されたことの意義は大きい。Vol.1はできたばかりということもあって、わりと雑多な感じというか悪く言えば洗練されていない感じなのだけど、それゆえにこの本を出すに至った業界への不平や不満が小さく爆発している感じでむしろ良い。自分も「アニメは大好きなんだけど男性目線の描写が多すぎてキモいんだよな」とは常々思っていたので業界の中の人でも同じような感覚を持っている人がいるというだけでなんだか安心感を覚えました。Vol.2にも期待!
マンガのようでもあり絵画のようでもあり…
めちゃくちゃ判型が大きな本、『趣都』。日本画家の山口晃先生が「モーニング」で連載していた街歩き…というか街考察マンガ?マンガというには情報量が多いんだよな…。ところどころにお得意というか本業の鳥瞰図が入るのも楽しい。中盤に置かれた「日本橋ラプソディ」が圧巻で、「前編」「中編」と来て「後編」が4回もある笑 描いているうちに筆が載ってきちゃったことがわかる楽しい構成。しかもこの6編1回でやるのは日本橋とその上にかかる首都高(日本橋の高島屋から三越に向かうとくぐるやつです)だけってのがまたすごい。そんなに描くことある??と思うんですが、これが都市景観論からアーチ橋の歴史まで縦横無尽で実に楽しい。個人的には「歴史的景観を破壊するとはどういうことか」のテーマが興味深かったです。「首都高が上をまたぐ事こそ歴史的景観の現出に他ならないよ」という「先生」の言に膝を打つ。
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