『ラストマイル』の出来が良すぎる

『アンナチュラル』も『MIU404』も観てないのに、あまりにも評判が良くて観に行ってしまいました。

いやー、すごい出来ですね。前半と後半でこうも印象が違う映画というのも珍しい。景気の良い爆発から犯人探しのエンタメとして始まったかと思えば、最後は現実と地続きの物語として幕を閉じていく。満島ひかり演ずる舟渡エレナが序盤ではかなーり嫌なヤツとして登場し、最後には爽やかに物語から退場していく。このダイナミックな関係性の変化が見どころの一つですね。

タイトルである「ラストマイル」の意味がわかるくだりもかなり好きですね。中でも火野正平と宇野祥平のコンビがいい。この部分をタイトルに据えるというだけでもこの作品の立ち位置が見えてきて素晴らしい。最後は革命映画の様相を呈してきますしね。

それにしてもこれアマプラに来るのかな。

映画『ラストマイル』公式サイト

そうはならんやろ、と思いつつフランス映画というだけで真面目に見えてしまう変な映画『ACIDE/アシッド』

一昔前は環境破壊ものの映画って結構あったと思うんですが(『ゴジラ対ヘドラ』とか)、気候変動がホットトピックになった令和になって再びこんな怪作を観れることになるとは。

酸性雨ものなんですけど、まあ言うて大した酸性じゃないだろうと高をくくってたんですよね。フランス映画ですしね。で、蓋を開けてみたらこの雨がガチでやばい。ちょっと皮膚がぬるっとする程度から始まり、最後には家が崩落する…!そんなことあるかよ。傘させばええやんというレベルじゃない。車も走りながら腐食して走れなくなるのはすごい。中でも驚いたのは川の水が強酸性になっていて、落ちると数分で死ぬというくだり。さすがにそんなことあるかよ。

雨の設定はトンチキすぎるのに、物語的には親子の和解を描くものだから頭おかしなりますわ。主人公のおっさんはかなりダメな人間なんだけど、最後までヒューマニズムに目覚めることなくだめな人間のまま終わっていくのがかなり良かったですね。

映画『ACIDE/アシッド』公式サイト

山田尚子らしさ全開の傑作『きみの色』

映画らしいドラマは起こらないのに、全編多幸感に満ち満ちた奇跡のような映画。明らかに山田監督のたどってきた日常ものの系譜に連なっているのだけど、一つ一つの場面の豊かさはさすがに映画らしい。何も起きない(というのは言いすぎだが)のに全く飽きることがないのはさすがにすごい。登場人物の所作一つ一つに目を奪われる。個人的に好きなシーンは「水金地火木土天アーメン」を思いついたトツ子が歌いながらくるくると回っていくシーン。そしてもちろん、最後の「水金地火木土天アーメン」のライブシーン。このライブシーンは演奏する3人よりも、観客たちの高揚感が素晴らしい。特に踊りだすシスターたちのあたりとか。その中を一人歩み去る日吉子先生の芝居も上手い。

短期的には売れないだろうとは思うのだけど、後から振り返ってみたならば山田尚子のフィルモグラフィーの中でも最も重要な作品の一つになるのではないか。

映画「きみの色」

今年を代表する短編集の一冊『銀河風帆走』

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宮西建礼先生の待望の第一短編集。現代の少年少女が奮闘する3篇と遠未来&深宇宙を舞台にする2篇という全く相反するかのような作品群の取り合わせが面白い。特にいいのが冒頭に置かれた「もしもぼくらが生まれていたら」。これはもう何回も読んでいるんだけど、やはり個人的に短編小説オールタイムベストの一本。単に高校生たちが小惑星の衝突を回避しようと奮闘するというだけではなく、設定に仕込まれたいかにもSF的な仕掛けがいい。この仕掛けが存在することによって、物語は一層深みを増している。そして、さらに面白いのがこの小説の主人公たちが、物語の最後で「モブ」だったことがわかるというくだりだ。彼らの思いついた小惑星衝突回避のアイデアは別の人物によって先んじて世間に発表され、彼らは地球を救うヒーローになることなく物語は幕を下ろす。しかし、それでもそれを無駄だと断ずる視点は一切ない。この本に収められた5篇全てに通底しているのは、同じように「ヒーローではない者たちの物語」であるという点だ。そして、それはだれしもが何かをなしうる可能性を秘めているということでもある。それは市民科学者としての地道な活躍であるかもしれないし、あるいは深宇宙での人類存続の可能性のひと粒になることであるかもしれない。

宮西建礼の作品の根底を形作っているのは、そういった市井の人々、なんでもないふつうの人々に対する強い信頼感なのである。