今月のベスト1冊

斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』

 ある日突然出現した「天使」たちによって「二人以上殺した者は地獄に引きずり込まれる」ようになった世界。探偵の青岸は大富豪・常木に誘われ彼の所有する常世島に訪れるが、そこで起こるはずのない「連続殺人事件」が発生する…。

 特殊設定ミステリは数あれど、これほどまでにスケールの大きい特殊状況も珍しい。もはや特殊設定ではなくて異常設定ミステリという方が正確なのではないか。これほどまでに大掛かりだと社会に与える影響も甚大なものがあると思うのだけど、そのあたりも抜かりなく描写されている。例えば、「良かれと思って毒薬を処方して死んでしまった場合」も地獄行きだし、逆に「一人までならええやろ」という免罪符が生まれてしまったため殺人が急増するといった状況が描かれていて、このあたりの世界の変容とその影響を描いたくだりはSF的でもある。作者が参考文献の項に記し、かつタイトルにもはっきり表れているように、この設定にはテッド・チャンの傑作短編SF「地獄とは神の不在なり」が強く影響している。そして、さらにこの異常な社会状況が主人公の探偵・青岸焦の人生にも深く影響を与えていて、本編の連続殺人事件へとなだれ込んでいく…。

 さて、物語の背景は以上のようなかなり異常な状況なのだけれど、物語の本編となる常世島での事件はかなりシンプルな連続殺人事件だ。ただしそこに「一人が二人以上殺すことはできない」という上記の制約がかかってくるので、話が異様に難しくなるのだけれど…。「これはあれやな、『オリエント急行殺人事件』と同じパターンやな。俺は天才なのでわかるんや」と思って読みすすめると、どう考えても人数が足りない…。かといって叙述トリックでもなさそうだし…うーん。異常設定ならではの本格的な推理劇も素晴らしいかったが、さらに青岸の抱えるトラウマをめぐるサイドストーリーや、「天使」が存在するにもかかわらず不条理なままである世界との対峙など、推理小説を超えた普遍的価値が刻み込まれた幕引きが実に素晴らしかった。今年ベスト級におすすめ!

おすすめの新刊

新刊の定義は過去3ヶ月以内くらいに発売された本でお願いします…

田島列島『水は海に向かって流れる』最終第3巻

 最高の幕引き!ぐるぐるぐるぐる自らの過去と未来と気持ちと周りの人々の気持ちと折り合いをつけて前に進んでいく姿が清々しく美しい。「最高の人生にしようぜ」の開放感がすごいいい。最後の大ゴマモノローグも最高。

 W不倫で駆け落ちした千紗の母親を糾弾しに小旅行に出た直達と千紗はついに彼女のもとへと辿り着く、というのが今巻の冒頭。すごく好きなのが、ここで過去のしがらみに決着をつけるわけではないというところ。愛憎渦巻く感情がこれくらいでさっぱりと流れ落ちるわけもなく。田島先生の人間の描き方がとても好きだ。コミカルな面もはさみつつ、深淵に潜むねっとりとした闇を爽やかに描き出す。今巻の中盤に置かれた直達と千紗が危ういところに入り込むや否やというバランス感覚もいい。ファミレスとカツアゲの場面とか好きすぎる。

 『子供はわかってあげない』も映画化するし、こっちも映像化してほしいなあ。この柔らかい絵柄はアニメでも観たい気がする。ワンクールでもいいし、映画1本にまとめてもきれいになる長さというのもちょうどいいね。

和山やま『カラオケ行こ!』

 和山やま先生、どれもこれも同じようなテイストなのに全然ハズレがないのがすごいよね。今回は中学3年生男子とバリバリ現役のヤクザがカラオケで歌の練習する話。ヤクザが中坊に教えを請うという逆転の構造も面白いし、例によって距離感のおかしさがいい。初見からめちゃくちゃ顔近いねんね。ヤクザの狂児(すごい名前)はコーヒーカップの持ち方リヴァイ兵長だし。

 全編通して笑えないところを探すほうが難しいんだけど、特にヤクザのカラオケ特訓会に参加して辛辣すぎるコメントをしていくくだりとかもう笑った笑った。強面のヤクザたちに対して真顔で「声が汚いです」とか「カスです」とか言っちゃうの最高。かと思えば後半のヤクザのカラオケ大会(本番)で聡美くんが熱唱する場面のエモさも素晴らしく、このあたりのバランス感覚はさすが。

 少年とヤクザの交流が主軸なのだけど少年から青年への移り変わりを描いている点もいい。変声期という肉体的な部分とヤクザとのふれあい(?)の中で揺れ動く典型的な優等生の心が絡み合いつつ描かれ、さらにそれがカラオケ=歌という表現を介して存分に発露されるクライマックスの展開が素晴らしい。エモーショナルでありつつ、終始声を上げて笑えてしまう。こんな漫画はそうそう無い。超おすすめ。

シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』

 舞台はヴィクトリア朝のロンドン。とある名家の令嬢メアリ・ジキルは母の死をきっかけに、謎の連続殺人犯「ハイド」と自分の母に関係があったことを知る。名探偵シャーロック・ホームズの力を借りて調査をすすめるうちに、父の関わっていた秘密組織〈錬金術師協会〉の存在が明らかになり、メアリのもとにはマッドサイエンティストを父に持つ娘たちが集まってくることとなる。

 ヴィクトリア朝を舞台にした様々なフィクションのキャラクターが大集合する、いわゆるパスティーシュ小説。主人公のメアリは名字からもわかるようにジキル博士の娘で、ここにハイド氏の娘であるダイアナ(つまり妹ですね)、ジャコモ・ラパチーニの娘・ベアトリーチェ、モロー博士を父に持つ猫娘キャサリン、ヴィクター・フランケンシュタインに作られたジュスティーヌらが集まり、名探偵シャーロック・ホームズ&ワトスンの力を借りつつ、陰謀に立ち向かっていく。

 彼女らはラパチーニであれば毒の身体、ジュスティーヌなら怪力と不老不死というように祝福とも呪いとも取れる能力が与えられていて、それゆえに自分たちの父親に対して愛憎渦巻く感情を抱いているのだけど、よくある「創造された者の悲哀」というよりは女子会での愚痴のようなあっけらかんとした雰囲気になっているのが面白い。彼女らは次第にメアリの家でともに暮らすこととなるのだけれど、この家を生活の場所とするシスターフッドとしての描写が物語の多くを占めている。そしてまた彼女らは(ヴィクトリア朝ロンドンでありながら)、職業を見出し、自らの生活を築いていく。このあたりからも明らかなように、この物語はパスティーシュ小説の体裁を取りつつも、フェミニズム的な視点によって現代にも通ずる普遍性を獲得している。もちろん、本筋のドッタンバッタンも非常に面白いのだけど、彼女たちの軽妙なやり取り(イチャコラともいう)だけでも読み応えがある。

 あ、そうそう、この小説の一番面白いところを言うのを忘れていた。本作は登場人物の一人であるキャサリンが後日書いたという体で書かれているのだけど、キャサリンの描く描写に対して登場人物たちが地の文でツッコミを入れているのだ。例えば冒頭はメアリの母の葬儀の場面から始まるのだが、当事者たるメアリが「ほんとにお葬式の場面から始めなきゃいけない?」という異議申し立てをしていて、こういう「楽屋落ち」とも言える部分も非常に楽しい小説だったりする。続刊もあるらしいので、期待してる。

ジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告』

 駆け出し歴史学者のマデリーン・マックスウェル(マックス)は恩師の誘いに応えて、セント・メアリー歴史学研究所に入所する。普通の研究所かと思いきや、そこは実際にタイムトラベルによって歴史的事実を調査する研究所だった。研究所の一員となったメアリを待ち受けていたのは厳しい訓練と、そしてタイムトラベル技術をめぐる陰謀だった。

 これね、あらすじだけ読むとまんまコニー・ウィリスの「オックスフォード航時史学部シリーズ」なんですよ。なもんで、読む前は「フン…二番煎じかよ…」と軽く見ていたのですが…。いやー、これは面白い。「タイムトラベルで歴史調査」という部分は確かに同じなんですけど、ぜんぜん違う。コニー・ウィリスは割と純文学的と言うか歴史的な整合性や異なる時空に放り込まれた人間たちの悲喜こもごもを描いていたのだけど、本作はエンタメに全振りという感じ。まずのっけから軍隊並みの訓練があってドン引きするんだけど、入ってくるやつみんな文系だからそこでまず脱落したりするわけ。「オックスフォード〜」を読んでる身からすると「いやこんなんいりますかね…」ってなるんですが、さにあらず。この話、調査員がバッタバッタと殺されてくんですよね。馬に蹴られたり、大海戦の只中に実体化しちゃったり、恐竜に食われたり…。おかげで研究所の研究員はいつも定員割れ。やっぱり社会人は違うわと謎の感想を抱いてしまいました。このあたりの「肉体派歴史調査」ってのがまず面白い。

 そして、この研究所に巣食う陰謀が次第に明らかになっていくのですが、このあたりのノリノリエンターテイメントな感じ、いいですねえ。単純に読みやすいし。陰謀に巻き込まれたマックスが研究所をクビになって、意外な線から逆襲を果たすあたりとか素直にめちゃくちゃ盛り上がる展開で、いやー熱い。コニー・ウィリスはコニー・ウィリスでもちろんいいんだけど、こっちのラインもありだな…。本国ではドラマ化されて続編がバンバン出てるらしんだけど、それもなるほどの出来ですね。謎な部分がまだまだあるので早く続刊読みたい!

ピーター・トライアス『サイバー・ショーグン・レボリューション』

 大人気歴史改変SFアクション大作の最終章。とは言え完全に独立した話なのでこれだけ読んでも楽しめる…と言いたいところなのだけど、前巻の久地樂も活躍するし、特攻の警視監にまで上り詰めた槻野さんは超重要な役どころだしで、さすがにこれは『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』から続けて読みたいところではあります。

 舞台は2019年ということで前巻の1990年からかなり飛んでるけど、相変わらず第三帝国と日本合衆国は緩衝地帯を挟んでにらみ合い、一触即発の状態。メカパイロットの守川励子は、腐敗した総督を倒すために作られた軍人たちの秘密組織<戦争の息子たち>に勧誘される。総督を倒す革命は成功するものの、「ブラディーマリー」を名乗る謎の暗殺者によって<戦争の息子たち>の会員たちが殺され始める…。

 前作の学園モノ+王道(?)青春メカアクションから打って変わって、タイトルにもあるように最終巻である本作のテーマは「革命」。テイストはポリティカルサスペンス。後半のメカアクションのてんこ盛りも素晴らしいし、ブラディーマリーの正体には意表を突かれた。苦味の残る結末からは「Fallout」シリーズの冒頭で語られる「人は過ちを繰り返す…」を思い出さずにはいられない。余韻を持った幕引きはシリーズの最終巻としてとてもいいのだけど、しかしまだこの世界の行く末を見たいと思うのは贅沢だろうか。

柴田勝家『アメリカン・ブッダ』

 柴田勝家先生はデビューからそれなりに追っていたので既読作品が多かったんだけど、それでもそれなりに忘れてしまっているので割りと新鮮な気分で楽しめた。生まれてすぐにVRヘッドセットをかぶって生涯を過ごす架空の民族を描いた星雲賞受賞作「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」、岩手県に設置されたILC(国際リニアコライダー)を巡り、民俗学と遠野の伝承を絡めて、さらに時間SFへと進化させた盛りだくさんの「鏡石異譚」、南方熊楠が大活躍する長編作品『ヒト夜の永い夢』の前日譚となる「一八九七年:龍動幕の内」と、どの作品も完成度が高い。

 未読だった「邪義の壁」が面白い。主人公の実家にある「ウワヌリ」なる謎の壁をめぐる伝記ミステリー…というかホラーギャグというか…。何の変哲もない白壁が崩れると白骨死体が出てきて、さらに掘っていくと家に隠されていた様々な歴史が出てくるという、「そんなに壁厚くねーだろ!」とツッコミたくなってしまうところもある傑作。「ウワヌリ」ってのが露骨に「恥の上塗り」なのが笑ってしまうのだけど、次にどんな秘密が出てくるのかが楽しい。隠れキリシタンというか異端信仰の家だったのだなあ、という。最後に壁が……となる場面は「そういうい壁だったんかーい!」とまた突っ込んでしまった。かなり好き。

 表題作であり最後に置かれた「アメリカン・ブッダ」は今年を代表するレベルの傑作。『ディアスポラ』か『楽園追放』かという典型的な仮想空間×ポストヒューマンものなのだけど、まさかのこのオチは予想できなかった。仮想空間で歴史を何回も繰り返し、時間を圧縮することでこんな奇跡が起きるとは!アメリカとネイティブアメリカンの歴史に対する態度も好ましく、とても好きな作品。壮大なスケールで短編集を締めるというのも上手いなあ。

『Genesis されど星は流れる 創元日本SFアンソロジー』

 定着し始めた創元の書き下ろしSFアンソロジー。今回も傑作揃い。『裏世界ピクニック』で人気沸騰中の宮澤伊織先生によるウルトラマンライクなミリタリーSFシリーズの新作「エレファントな宇宙」、オキシタケヒコ先生が描く経済原理が支配する新感覚スペースオペラ《通商圏》シリーズの前日譚的な新作「止まり木の暖簾」などなど、テーマもテイストも千差万別な6編の短編小説+第11回創元SF短編賞受賞作「蒼の上海」+エッセイ1編という充実の内容。

 特に良かったのは去年の『Genesis 白昼夢通信』で近未来アメリカと室町時代の遊女を繋ぐ異様な雰囲気の傑作「地獄を縫い取る」を書いた空木春宵先生による「メタモルフォシスの龍」。失恋を経験することで男は蛙に、女は蛇に変化してしまう〈病〉が蔓延した近未来。世界は細かな共同体に分割/分断され、恋愛が禁止されているというある種のファンタジックなディストピアで描かれるラブストーリー。失恋して発症者たちの街にやってきた16歳のテルミは、偶然出会った半蛇の女性ルイと共同生活を送ることになる。半蛇という幻想的な生物の生々しい生活ぶりやセクシャル/ジェンダーを考えざるを得ないテーマ、そしてそのテーマに深く関連しているテルミの抱える秘密が明かされるラストには驚かされる。〈病〉によって分断される世界という背景は明らかにコロナ禍の状況を反映している。

 同じくコロナによって分断された世界をより意識的に取り込んでいるのが表題作でもある宮西建礼先生の「されど星は流れる」。ちなみに、去年(2019年)の個人的な短編小説ベスト1は宮西先生が『宙を数える 書き下ろし時間SFアンソロジー』に書いた素晴らしい歴史改変SF「もしもぼくらが生まれていたら」。本作も素晴らしかった。感染症の流行により長期休校になってしまったとある高校の天文学部。彼らは自宅できる流星群観測を始めるが、次第にその世界が広がり始める。サイエンスフィクション的に飛躍したアイデアがあるわけではないのだけれど、分断された世界において次第に広げられていく人間のネットワークとその先に見据えられる宇宙への憧憬というテーマは、閉塞したこの状況における希望として描かれていて、読後には爽やかな感動がもたらされる好編。まあSFっぽさはほとんどないんだけど、それでも視線が宇宙に、未来に向けられているのが良かった。

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