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喪われた過去を求めて
【映画レビュー】『海よりもまだ深く』

      2016/12/31

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 是枝裕和監督は過去を描かない。いや「描かない」というのは若干語弊があるのだけど、少なくともいわゆる邦画的な仰々しい「回想シーン」は画面に現れない。本作の姉妹作とも言える『歩いても歩いても』(2008年)にしても、「死んだ兄/息子」をめぐる物語であるにもかかわらず、彼にまつわる具体的な過去の情景描写はおろか、遺影すら画面には映らない。ただ、人々の口を介して、断片的な情報だけが語られるだけだ。

 阿部寛、樹木希林といったキャストを揃え、父の死を契機として始まる本作は、明らかに『歩いても歩いても』を意識して作られている。ちなみに、前作のタイトルがいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」から取られているのに対し、本作のそれはテレサ・テンの「別れの予感」の一節。『歩いても歩いても』で売れない絵画修復士を演じた阿部寛(役名も同じく「良多」だ)は本作では一発屋の小説家だ。作家としての再起を目指しつつも、雇われ探偵として糊口を凌いでいる。生来のギャンブル好きがたたってか、妻の響子(真木よう子)には愛想をつかされ、息子の慎吾(吉澤太陽)ともほとんど会えない。母・淑子(樹木希林)の住む団地を訪ねるかと思えば、財布から金を抜き取り、へそくりを漁る。そんなこんなで姉の千奈津(小林聡美)との仲は険悪だ。月一回の面会の日、良多と慎吾は淑子の団地を訪れるが、折しも大型台風の接近によって帰れなくなってしまう。慎吾を迎えに来た響子も合流し、図らずも3人はともに一夜を過ごすこととなる。

 是枝監督は過去を描かない、と書いたが、本作でも直接的な回想シーンは一切無い。にもかかわらず、画面に満ちるのは濃厚な過去の匂いだ。前作で中心となっていた「近親者の喪失」というテーマは、「ありうべき現在の喪失」へとシフトし、登場人物たちは過去を思い起こし、現在の自らの境遇を悔やむ。再び家族となることを願いながらも、過去の栄光に囚われている良多、息子がまともだったら今頃より良い家にいただろうと愚痴をこぼす淑子。しかし、是枝監督がつきつけるのは「覆水盆に返らず」という厳しい現実だ。だから、良多は結局ギャンブルから抜けられないし、淑子は薄いカルピスで手製のアイスを作り続ける。この映画が描こうとするのは「家族の再生」などではなく、後戻りできなくなってしまった彼らが現実のなかでもがきつつも前に進もうとする姿だ。

 物語の後半、慎吾と一緒に街に出た良多は宝くじを買う。彼は慎吾に「宝くじはギャンブルじゃない」と言う。彼は当たらないことを知っている。当たらないとわかっている宝くじを買う。それは、どうしようもない現実に対する彼らのささやかな抵抗なのだ。タイトルでありながら、一度も画面に出てこない「海」と同じように、本当のしあわせはどこかにあるけれど、手に入らない。登場人物たちが繰り返す口にする「あったかもしれない/ありうべき現在」はあたかもユートピアの如く、過去に溶けていく。物語の終盤、かつて家族であった3人は、風に飛ばされた宝くじを嵐の中で探し求める。どこかユーモラスに描かれるその情景に共感を覚えるのは、それが我々自身の姿と重なるからだ。喪われた過去を取り戻すことは出来ない。時はただ前に進んでいくだけだ。

予告編

基本情報

海よりもまだ深く  117 min

監督:是枝裕和

音楽:ハナレグミ

脚本:是枝裕和

撮影:山崎裕

出演:阿部寛/真木よう子/小林聡美/リリー・フランキー/池松壮亮/吉澤太陽/橋爪功/樹木希林/中村ゆり/高橋和也/小澤征悦/峯村リエ/古舘寛治/葉山奨之/ミッキー・カーチス

公式サイトhttp://gaga.ne.jp/umiyorimo/

公式Twitterhttps://twitter.com/umiyorimo2016

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