はじめに

 米魂1発目の企画は片渕須直監督のトークショーと『アリーテ姫』上映回に参加しました。正直、ちょっと迷ったんですよね。『アリーテ姫』は先日、池袋・新文芸坐の大スクリーンで観てきたばかりですし1、初日の2コマが潰れるのはキツイ…。と思っていたのですが、結果としては、観たばかりのはずの『アリーテ姫』も最初から最後まで見入ってしまったし、片淵監督の素晴らしいトークに唸らされるSF大会らしい濃さの企画で大満足でした。

 録音等はしていないので、ザックリとしたメモ書きになります。

『この世界の片隅に』とコニー・ウィリス

短編『冬の記憶』上映
こうの史代さんの『この世界の片隅に』の最初のエピソード。
音楽は付いているが声はなし。今日上映するために監督のほうで字幕を入れて頂いたとか。時間は5分程度。

■ (原作から改変して)昭和8年12月22日にした。原作通り2だと皇太子が生まれているので、街の飾りが賑やかになっているため。街を歩く通行人も当時の写真を探してきてモブ(のモデル)にしている。

■ 戦争の時代を描くとき、平和主義のようなイデオロギーが先に立ってしまって、それはそれでいいんだけど、じゃあ実際どうだったのか、という問題がある。

■ 『ドゥームズデイ・ブック』3は中世のオックスフォード近辺に行くんだけど、行ってみたら事前に仕入れていった知識が全く違っていた、という恐ろしいお話。

『アリーテ姫』について

『アリーテ姫』上映
なんか解像度高いような気がして、「これはBlu-ray化の布石か!」とも思ったのですがただの勘違いでした。普通にDVDでしたが、何回観ても面白いですね。DVDももちろん持っていて事あるごとに流しているのですが、みんなで観るとなんだか違った感じに思えます。

■ 『アリーテ姫』も普通のファンタジーのつもりだったけど、生活感のようなものが出したかった。そのことを森本晃司4さんに話してみたら、「我々はアニメーションを作る仕事で学者のように調べる仕事でない」と言われた。フランスに持って行ったら、ちょうど向こうの担当の人が中世史の専門の人だったので標章などがそれらしいと褒められた。

■ 動機を自分で作り出すところが『マッド・マックス 怒りのデスロード』5と似ている。

■ 人工衛星と保守のくだりはラリー・ニーヴンの『リングワールド』6から。魔法使いボックスのモデルは、あるSF小説7に登場する文明に寄生する異星人で、その異星人自体にはほとんど知性がない。

■ 後半部分は自分の読んだSFの影響を受けている。

■ ボックスに対するアリーテは自分で実験を繰り返している。フラスコがボン!というような科学実験ではなくて、何を検証するかがはっきりしていた方がいいと考えて、後半の「水蛇の小石」の場面につながっている8

■ ヨーロッパが舞台のようですが、モデルは南米です。ほらね(黄金の鷲のいた山のモデル)9。音楽もフォルクローレを入れてくれと言って、婚礼のシーンに入れてもらった。山はかっこいいので入れたらたまたま南米だった。

(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4#/media/File:Fitz_Roy_Chalten_Argentina_Todor_Bozhinov_2013.jpg)

(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4#/media/File:Fitz_Roy_Chalten_Argentina_Todor_Bozhinov_2013.jpg)

■ 一応、ちゃんと中世のヨーロッパを描こうとした。城の地下の金貨作成、染物屋、仕立屋などは石版の画に残されている。当時描かれていたものを調べないと面白くない。

『この世界の片隅に』と時代考証の話

■ 戦時中の作品を書こうとした時に、参考にしようとするとテレビの戦時中再現ドラマになってしまって、色々と疑問点がある。例えば、服に付けられた名札には血液型と住所と氏名が書いてあるんだけど、本当に血液検査をやっていたのか、とか。やっていたのだったらいつからか、とか。

■ とにかく写真をいっぱい集めて年代順に並べていく。昭和何年にはどういう服装をしていたのか。セーラー服が何年から着られていたのかは最近解明できてきた。最初から膝丈ですね。今和次郎10の考現学が参考になる。「身許票」11ついての通達が昭和19年4月12日に発令されているので、昭和19年の夏以降でないとおかしいということがわかる。国民服は勅令が出ているからわかるけど、一般人がゲートルを履いているのはいつからか、ということは通達が出ていないので分からない。家の窓ガラスにテープを貼るやつは家の写真を集めてみたけど見当たらない。婦人向け雑誌に記載があるけど。あってもイゲタ(井)かバツ(☓)。よく描かれるコメ(米)はほぼない。

■ 『この世界の片隅に』の『冬の記憶』で、ノリを干している場面の画を広島に持って行ったら、研究者から「広島のは6段ではなく7段」だと言われる。原作の昭和9年1月は皇太子のお祝いがまだ続いているので、映画は(皇太子が生まれる)前日の昭和8年12月22日にした。呉の段々畑も原作では上に家が描いてあるんだけど、当時はなかったという証言があるので絵にならない。

■ 大和も「当時の機密だから一般人が知ってるはずがない」と実しやかに言われているけど、当時の学徒動員の中学生の日記とか見ると「大和のてっぺんまで言った」とか普通に書かれている。

■ 当時の日記はリアリティの宝庫。秋水12の設計も、「20時まで残業させて欲しい」「お茶は飲みに行くのではなくてテーブルまで持ってきて欲しい」「打ち上げのすき焼きのためにまつたけを取りに行く」とかいう記述がある。いかに現代日本の労働環境が劣悪かということ(笑)

■ 原作の『この世界の片隅に』はリアルタイム連載でそれが面白かったので、もう一度連載をやり直して欲しい!

■ 1919年4月に呉軍港に大和は入港しているか?リストはないので、全艦艇のリストを作成。19年4月時点ではすでに入港していて、19日に出港している。17日は大和を目標にして急降下爆撃の訓練をしていた防空隊が海に落ちたので救助活動をしていて呉に入港。17日は高曇りという記載がある。

■ 気温がわかると色々なことがわかる。15度を超えるとモンシロチョウが飛ぶとか。

■ 呉軍港に入る大和という画は描けるのだけど、その時に旗はどうだろうとか、何番ドックに入港するかとか、いろいろとハードルがある。

『この世界の片隅に』特報PV上映
上映されたものは通常特報よりも長いバージョンでした。youtubeで探したけどなかったですね。防空壕のシーンと座礁した艦艇のシーンが追加で観れました。

■ 大和はああいう感じだけど、途中の対空砲の部分はちょっと問題があって、実際はああいう色じゃない可能性がある。米軍のレポートでは赤・白・黒・青・黄・オレンジという報告がある。戦後すぐに書かれた資料で、色素が記されている。実際に当時使われていた12.7cm高角砲は着色砲弾があるんだけど、どういう頻度で使われているかわからないこともあって、カット決まるまでは黒でいこうということになった。ちょうちょが飛んでいる良いシーンができたんだけど、あの日は(気温が)15度ない!(笑)つくしも15度でないと芽吹かない。

■ 最後のシーンで子どもたちに縄跳びをさせちゃったんだけど、縄跳びさせるとなると、縄跳び歌の収集をしないといけない(会場笑)。それで広島の人に聞いてみたんだけど、「終戦直後はそれどころじゃない」と。調べてみると本当に縄跳びしてない率が高いかもしれないことがわかって、じゃあ呉以外から来たおかあさんから教えてもらったことにしよう、と。当時は、「郵便屋さん」じゃなくて「郵便さん」なんですね。

■ 呉は機密エリアだったから写真が本当に無くて、その中でなんとか色々集めて分類した。(劇中に)出てこない通りとかもあるんだけど、そのエリアが映画に出てこないエリアでないことがわからないといけない。年代が違う写真だとネオンがついていたりするけど、戦争が始まるとどのくらい外されていたのかがわからない…。そうして調べていくと、通りに何があったのかがわかってきて、当時の呉の土地勘ができてくる。今ではもう変わってしまってるので今行くと迷います。タイムマシンがあれば…。爆弾がどこに落ちたのかカウントしてるので、生き残る自信があります13

■ やればやるほど足りない細部が出てきて調べたくなるけど、そこまでいくと一般の人には関係ない部分になってくる(笑)

まとめ

 『アリーテ姫』はとばして2コマ目だけ行こうかとも思っていたのですが、やっぱり通しで参加しておいて良かったです。特に最初に上映した掌編の『冬の記憶』がとても素晴らしく、『この世界の片隅に』のPVと合わせて来年の公開が楽しみになるクオリティでした。

 それにしても片淵監督の時代考証への情熱的とも言える取り組みには驚かされました。語り口は淡々としているのに、重箱の隅をマチ針で執拗に突き続けるねちっこさがありますね…。ああ、今更だけど、『この世界の片隅に』のクラウドファンディングに出資して、何回か開催していたトークイベント「ここまで調べた『この世界の片隅に』」にも参加しておけば良かったなあ、と後悔しきりでございます。

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 公開された『この世界の片隅に』の感想を書きました!

関連リンク

■トップページ|第54回日本SF大会 米魂 2015.8.29-30 (現在は閲覧不能)

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NOTES

  1. 2015年7月11日の「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol.70 アニメファンなら観ておきたい200本 知る人ぞ知る傑作編」
  2. 原作では(昭和)9年1月となっている
  3. コニー・ウィリス、1993年。「オックスフォード大学史学部」の長編第一作。過去へのタイムトラベルが可能になった21世紀中盤と14世紀のオックスフォードを舞台にした作品。史学生のキヴリンはペスト到達前のオックスフォード近郊の村へフィールドワークに行くが…。タイムトラベルものでもあり、パンデミックSFでもあり…。最後は泣けます。
  4. 1959-。スタジオ4℃の創設メンバーの一人。原画マン・監督。最近のだと『SHORT PEACE』のオープニングアニメーションが印象的。
  5. 2015年。ジョージ・ミラー監督。V8!V8!
  6. 恒星を中心に幅約160万キロ(地球40周分)・全長約9.6億キロ、恒星側の表面積が地球の300万倍にも及ぶ帯状の人工天体「リングワールド」を舞台にした(一応)全4作のSF小説。リングワールドの居住者の一種族である「都市建設者(シティビルダー)」はかつて高度な科学文明を築いていたものの現在では没落している。生き残った科学技術を使って原始的な種族に対して神のごとく振る舞うさまなどはまさに魔法使いボックスを連想しますね。
  7. タイトル仰っておられたのですが聞き漏らしました…。特徴的には同じくニーヴンのノウンスペースシリーズの長編『プタヴの世界』に登場する「スリント人」かな?…と書いていたら、山本弘先生がブログで書いてらっしゃいました。『プタヴの世界』ですね。「山本弘のSF秘密基地BLOG」http://hirorin.otaden.jp/e427199.html (現在は閲覧不能)
  8. 無限に水を生み出す「水蛇の小石」を手に入れたアリーテは水筒・鍋・飛行機械の瓶の部分に対してその効果を検証する。
  9. モデルとなったのは南米パタゴニア地方にあるフィッツ・ロイ。標高3,375m。
  10. 1888-1973。民俗学研究者。彼の提唱した「考現学」は同時代の風俗に着目し、組織的な調査・分析を行うというもの。
  11. ちなみに「身許票」でgoogle検索すると片渕監督のコラムが2番目に出てきます笑 http://www.mappa.co.jp/column/katabuchi/column_katabuchi_03.html (現在は閲覧不能)
  12. 三菱航空機設計の局地戦用ロケットエンジン戦闘機。1945年7月7日に初飛行。
  13. まさにコニー・ウィリスの『ブラックアウト』『オールクリア』の世界!